123話 強き者の楽園、顕彰領域《Vanguard AREA》
「ドラカシア・ルメルスからエルダーオースに誘われたですってぇ~!!?」
ナイスリアクション。
リアクション検定があったら問答無用で合格だ。
「ちょっとそれどういうことよ!? なんでアンタみたいなどこにでもいそうな凡人がそんなだいそれたことになってんのよ!?」
「自分で凡人と思うのは別によかったけど、人に凡人呼ばわりされるとなぜか腹立つなぁ」
キュニュは俺の合わせを掴んだまま揺すってくる。
しかし身長は俺のほうに分がある。背伸びしながら胸ぐらを掴まれたところでそれほど被害はなかった。
俺はいまレーシャちゃんに連れられて彼女の相部屋に案内されている。
ギルドでは一般的な下位ランクの部屋だが、ここには乙女の園という付加価値が存在していた。
内装はおおよそこざっぱりとしていて必要最低限の家具があるだけ。
剥きだしの石壁に、すえて染みついた家具が年季を臭わせる。
しかし少女が2名暮らしているため多少なりとも生活感が感じられた。
レーシャちゃんのベッド周辺はあんがいこざっぱり。対してキュニュのベッド周りにはぬいぐるみや忍具などが混然としている。
「聞いてんのって言ってんのぉ! いったいどんな卑怯な手を使ったら六冠のドラカシア・ルメルスに認められるのよぉ!」
「なんで卑怯な手を使うことが前提なんだよ。少しくらい実力とかを加味してもらっていいかな」
話してからというものの、ずっとこんな感じだった。
キュニュはよほど信じられないのか興奮を抑えらていない。
しがみつかんばかりの距離感にいることさえ意識の外。身を寄せるように俺への詰問がつづく。
しかしレーシャちゃんもそんなキュニュの行動が癪に障っているらしい。
「はーなーれーてぇぇ! そんなにナエさまに近づかないでぇぇ!」
先ほどから興奮状態のキュニュの腰にしがみついていた。
「レーシャだってなんか言ってやりなさいよ! アンタのパートナーが六冠のところに行っちゃうのよ!」
「そ、そんな!?」
その言葉にレーシャちゃんは、ぎょっと目を点にする。
「わ、私は別に……ナエさまと一緒に居るだけで、ぱ、ぱぱぱ、パートナーなんておこがましいですよぉ……」
指を絡めるように合わせ、頬を染めて俯いてしまう。
「やっぱりそういう密なご関係になるのであれば相応の信頼関係を育むところからはじめないとぉ……」
「こっちもこっちでめんどくさいことになってるわねぇ! 私だってそういう意味で言ってないわよぉ!」
この珍妙な状態をどうしたものか。
ひとまず俺はキュニュのベッドに飾ってあるぬいぐるみを拾い上げる。
おそらく猫をモチーフとしたものだろう。胸に抱きしめると綿の柔らかさと甘い香りが漂ってきた。
「俺は六冠のオースになる利点を聞きたいだけだ。突然すぎる誘いだったからオースになるかまだ決めあぐねてる」
「ああっ! うちのみゃーちゃんのことを勝手に愛でないでよ! 私のみゃーちゃんなんだから!」
残念。せっかく可愛がっていたのにキュニュに毟りとられてしまう。
どうやらあのぬいぐるみの名前は、みゃーちゃんというらしい。女の子がつけるにふさわしい可愛い名前だ。あとで隙を見てとり返そう。
「それで六冠に誘われてどうしたらいいのかわからないから私を頼りにきたってことね」
ひとしきり煮えたぎってから少しずつ落ち着きをとり戻していた。
キュニュは、両足を投げだすようにベッドの上にすとん、と丸い尻をおさめる。
「まずひとつ」
白く細い指が1本、ほど立てられた。
「上位ランカーのオースになると冒険者としての格が上がる。冒険もオースの許可を得さえすれば上位ランク専用窓口で受けられるようになるわ」
ぽかん、だった。
俺とレーシャちゃんは半口を開けたまま棒立ちになっている。
格が上がるというのはなんとなくわかる。六冠のオースに選ばれたということは最強に目星をつけられたということ。
「ところで……上位ランク専用窓口ってなんだ?」
「普段受けてる受付さんのところ以外にも窓口があるってことですかね?」
しかし後半がよくわからん。
俺とレーシャちゃんは完全に置いてけぼりになっている。
「はぁ!? アンタらまさか大ギルドの顕彰領域すら知らないわけ!?」
「う゛ぁんがーど?」
「えりあ?」
「ひと言で顕彰領域よッ!! まったく……田舎者とは聞いていたけどまさかここまでの脳たりんとは……」
どうやら虎の尾を踏んでしまったらしい。
キュニュはどっと前のめりに突っ伏してしまった。
しかしそれも束の間、彼女は疲弊したように頭を起こし、俺たちを睨みつけてくる。
「いい! 六冠はギルドで定められる最上のクラス、ソヴリンナイトに位置するわ!」
「あ、はい」
「そのひとつ下のドミニオンから上位ランカーという形に区分わけされているの!」
そんな設定あったっけ。
さすがの俺もそこまで細かいことは覚えていない。
つまりまとめると、こうだ。
大ギルドではない通常ギルドの冒険者は、イニシエイトからはじまる。
なおレーシャちゃんやキュニュはスタンダードであり、そのひとつ上。
俺はプライムのシセルとカイハの推薦をもらっているため、プライムナイトという位置づけとなる。
そしてそのうえにもう1つグランドまでが通常ランクということ。ドミニオンからソヴリンは上位ランクと区分けされる。
「ってことはイニシエイト、スタンダード、プライム、グランドが普通の冒険者になるのか」
「ドミニオンとソヴリンは上位ランクになるから難しいお仕事を許されるということですね」
反芻してようやくといったところ。
レーシャちゃんも指折り数えながらこくこくと頷いていた。
ようやく理解に至った俺たちを見て、キュニュは大きめの房を波立たせるようため息をひとつこぼす。
「ちなみに大ギルドには上位ランカーのみが立ち入れる専用の敷地が用意されているの。そこを私たちは顕彰領域と呼ぶってわけ」
「じゃあ俺がドラカシアのオースになったらそのう゛ぁんがーどえりあとやらにも入れるようになるんだな」
「ま、平たく言えばそうなるわ。あとドラカシア・ルメルスのもつ邸宅に招かれる可能性もあるわね」
この態度だけデカいちっちゃいくノ一は、いま邸宅と言ったか。
「邸宅って……上位ランクになると一戸建てもてるのかよ」
「ギルドの裏手にある修練場のさらに裏にある敷地ぜんぶ顕彰領域よ。私たちが普段立ち入れる場所は大ギルドの敷地のほんの数パーセントていどなんだから」
「……マジかぁ」
どおりで冒険者たちが血眼になって大ギルドを夢見るわけだ。
身分相応に辛い仕事を任される。しかしそれを補って余りある報酬が与えられる。
まさに顕彰領域とは強き者にのみ許される称号のようなもの。俺たちのような入りたての新人からすれば夢の園でしかない。
「(カールのやつやりかたがエグいな。実力主義の底上げにそこまでのことをやってるのか)」
あの男の辣腕がもたらした構造なのだろう。
きたるべき破滅を回避するために常識さえ改変する。
周回を繰り返しているからか、裁量も覚悟も段違いに優秀だった。
「このシステムは、まぐれ当たりの許されるワンナイトドリームじゃない。才なき者は一生底に留まり、才ある者だからこそ至れる聖域を構築している。そして上下格差を冒険者全体に徹底しているということよ」
これぞまさに統率だ。
キュニュの眼にも闘気のようなものが燃えさかっていた。
見事に根無し草で無頼漢な冒険者たちをまとめあげている。
「っていうかそもそも上位ランカーたちをロビーで見ないでしょ!」
「でも誰が上位ランカーだか私にはわからないよ?」
「見てないからわかんないのよぉ! アンタらが下位ランカーだからぁ!」
「ひはひっ!? ひはひからほっへひっはらないへぇっ!?」
レーシャちゃんとキュニュは、いつも通りだった。
ルームメイトであるからか、じゃれ合う姿に遠慮がない。年若く未熟な2人だからこそ互いに気心がしているように見える。
キュニュは怒りっぽいように見えるが、決して友をないがしろにしない。レーシャちゃんもまた敬語を使っていないあたり仲が悪いというわけではなさそう。
乙女たちが組んずほぐれつしているなか。俺のほうは奇々怪々な事態に眉間のしわが集まっている。
「(ドラカシアとの接点は扉の向こうにいたくらいでとくに目立つ点はない。創造主だってバレるような情報はなにひとつ漏れてないはずだが……)」
なんで俺なんだ。
大ギルドならば他にも忠実かつ優秀な冒険者ならいくらでもいるだろう。
ドラカシアにとって俺を選ぶ利点があるとはいったいなんだ。
彼女は見目麗しく長身の半龍半人。
妖艶ながらも龍の血を思わせる威厳をもった六冠の貴婦人である。そんな女性が唐突に男を家に招く。
「まさか……」
まさにいま、点と点が線で繋がろうとしていた。
これ以外にあり得ない。絶対的な自信が俺の脳内でプラモデルの如く完成する。
「(これはもうモテ期以外に考えられない!! 俺が勇敢に要救助者を助ける姿を見て身を焦がすほどの愛に目覚めたということか!!)」
「コイツ……絶対になんかヘンなこと考えてるわ」
「ううん、ナエ様はけっこういつもこんな感じだから大丈夫だよ」
モテ期の到来だった。
思わず立ち上がる俺を女子2人が絡み合う姿勢のまま見上げている。
「(だが俺だけ上に上がってもレーシャちゃんを置き去りにしちまう! もし俺と別の任務を受けているときにレーシャちゃんが危険な目にあったら助けに行けない!)」
そう、これは俺の物語ではない。
レーシャ・ポリロが紡ぐべき物語なのだ。
だから俺1人だけソロでのし上がっても効果的な進行は望めない。
今回は危険すぎるため彼女を冒険に連れだせなかった。しかしもっと経験を積ませればいずれ真の勇者に目覚めるはず。
「(となるとベストの行動はレーシャちゃんもドラカシアのオースにすること。だが俺に惚れてるドラカシアが女の子同伴を許すとも思えん)」
さあ、いったいどうしてくれよう。
俺だけが上昇街道爆進してしまうと、レーシャちゃんを置き去りにしてしまう。
もっとも忌避すべきなのは彼女が死亡すること。そうなった瞬間この世界のバッドエンドは間違いなく確定となる。
「(なにより俺はこの子と、それに連なる人々を、死なせたくない。いくら自分の造りかけた世界であろうといまここにある命を手放すのはごめんだ)」
不思議そうにこちらを見上げる2人を見返す。
2人の無垢な瞳にはこれから待つ絶望的な末路の影は微塵もなかった。
「(可能ならすべての苦痛は俺が受け皿となってとり除く。そして本来なら到達しなかったエンドを迎える)」
そのために俺はここにいる。
存在そのものがバグっている。だから既定路線へ収束する世界を歪ませられるかもしれない。
コン、コン、コン。
不意に部屋の外へ繋がる扉が規則正しい音を発した。
俺たちは無言でそちらのほうを見て、ほぼ同時に小首を傾げる。
「誰かしら? レーシャの知り合いとか?」
「んー……私の知り合いってキュニュちゃんくらいしかいないよ?」
「(となると俺の知り合いか? ……思い返すとこのギルドにろくな知り合いいないな)」
よくつるむのはモルグかエリンあたりだ。
次いでカイハかシセルの厄介組もいる。
「誰だかわからないけど鍵は開いてるわよー」
キュニュが扉向こうに呼びかけた。
すると取っ手が捻られて蝶番が軋みをあげながら開かれていく。
そして扉の枠に区切られるように。とある人物の姿が出現する。
「おぉ! ちょうどいいところにちょうどいいヤツもいるじゃねーか!」
扉の枠に収まるように現れたのは、年若い獣人の少女だった。
ふわりと立ち上がるライオンの耳がぴんと立つ。腰あたりで毛束の尾がぶらり、左右に揺れている。
口元には人より発達した八重歯が覗く。邪気な笑みをいっそう悪戯っぽく見せていた。
「トルパルメじゃないか。なんでアンタがこんなスタンダードナイトの部屋なんかに現れるんだよ」
「がおっ。そーいうオマエこそプライムナイトじゃん。女子の部屋に入り浸ってなにやってんだか」
六冠が凡人部屋にくることのほうがオカシイだろ。
そのせいも相まってかキュニュなんて石像のように固まっているじゃないか。
「ろっ、ろろっ、ろっかん!! ななな、なんでっこんあとこに!!」
「むっ。このあいだナエ様の部屋に押しかけていた人ですね……忘れていませんよ」
反応は様々だった。
が、意外という点ではおおよそ一致している。
この来訪はさすがの俺にも予測できていない。いったいなにを目的に現れたのか。
一室に動揺が広がるさなか。トルパルメは堂々と薄い胸をツンと張りながら屋内に踏み入ってくる。
そして。
「レーシャ・ポリロ、キュニュ・楓・レスティア! 六冠の栄誉を元に命じる! 両名はこのオレのオースになれ!」
舌足らずかつ気丈な宣言だった。
声の反響が消えてから数秒ほど。幾らかの時が無音のまま制止してしまう。
「がお? なんだぁ? 嬉しすぎて言葉もでねぇかぁ?」
「いや、オマエの到来と発言がイミフすぎて困惑してるだけだろ。だいたいなんでレーシャちゃんとキュニュをオースに指名してるんだよ」
「そりゃ決まってんだろ見こみがあるからだ! オレの目に間違いはねぇ! この忍びの2人はギルドにとって確実に超強力な戦力へ成長する余地がある!」
そういえばトルパルメは忍びという出生に興味を示していたような気がする。
レーシャちゃんとキュニュはお里が違いながらも、忍者というジョブに分類される。
「前々からオレは忍っていう身軽ですばしっこいヤツをオースにしたかったんだ! オレの最速で立ち回る流派とよく似てるしなー!」
たしかに。言われてみれば、そう。
トルパルメの戦闘は敵に先手を与えない獰猛な攻めにあった。忍びという職もまた彼女の素早さ重視の闘いかたと似ている点は多い。
とはいえあまりに唐突すぎやしないか。
「なんだってそんなに急ななんだよ? せめて2人には通達くらいだして公的な手続きをするべきだろ?」
「がおっ! 善は急げって言うじゃねーか! なによりオマエがトルパルメにとられたって知ったからこっちも急いだんだぜ!」
俺が起因かよ。
「まー、とにかくギルド長の親父からは許可が下りてるからな! レーシャとキュニュの忍びコンビは明日以降オレの管轄で使わせてもらう!」
ビシッと。指を差されてようやくキュニュの身体が大きく跳ねる。
「ええええええええええ!!? 私が六冠のオースになって――……ええええええええ!!?」
「ど、どういうことなんでしょう? それってつまり私もナエ様と同じ顕彰領域とやらに行けるということでしょうか?」
どうやらレーシャちゃんでさえ事態についていけないようだ。
あまりにも強引。おそらくギルド長のカールが裏でなにか糸を引いているとしか考えられない。
しかしこの降って湧いたイベントに乗じるのは、しょうじきやぶさかではない。
「(レーシャちゃんとライバルのキュニュがトルパルメのところで修行する、か。これってたしか……もっと先にある修行イベントの流れだったな)」
これは既定路線だった。
俺の記憶にもしっかりと、そのイベント内容は刻まれている。
ただやはり既定路線とはいえ、腑に落ちない点がかなり多く存在していた。
『ナエ様』
「(ああ、わかってるさ)」
俺の頭のなかに高く、そして鋭く、冷たい声が届いた。
姿形は見えないが俺の耳元にいるという確信がある。
『このイベント……発生するには時期が早すぎます』
「(そしてイベント終了と同時にカールの暗殺イベントが発生する。しかもさっきトルパルメはカールの許可を得たとも言っていた)」
『つまりあの男自身が自身の危機を知った上で、イベントを強引に進めようとしているということです』
カールは調子に乗るような男ではない。
創造主である俺が現れたからといって無茶無謀をするものか。
そうなると考えられるのは、イベントの発生を早めねばならぬ理由があるということ。
『しかもナエ様と私、カール・ギールリトンは、暗殺者の正体をすでに知っている』
「(ああ、そうだな、そういうことだろうな)」
これはメッセージだ。
転生者であるカールから俺たちに対しての重要なフラグ管理だ。
ワスレナイデ。
忘れるもんか。
忘れず、記憶に残したまま、ずっと先の未来へ連れていってやる。
『きっとあの男は自分を暗殺しようとする者を――』
「(暗殺を実行させずに仲間にしろってコトだ)」
怒濤の展開なんでもきたれ。滅茶苦茶な展開はいまさらだ。
俺は平に拳を叩きこむ。
「(その無理難題を絶対にクリアしてやろうじゃないか)」
物語を破壊する。
Chapter.5 人は誰しも秘密がある、しかもかなりエグめの END




