12話 真実と偽り、実と虚構
才能
与えられた
天恵
調べを結ぶ
才能屋
贖罪
そして
「晩ご飯って……それは才能と同列の価値なんですか?」
「我ながら絶妙なチョイスだとは思っているのだわ。知ってしまえば幸福も薄れるが、知らねば不安に苛まれる。才能とは、かくも矛盾に満ちたものなのだわ」
このなんちゃって占い師、献立の話してないか?
とにかく怪しい。怪しすぎて、怪しすぎて、勇者ちゃんが震える。
血の気を感じない病的なまでに白い肌。腰まで届く漆黒の髪と喪服のような漆黒のドレス。そして血色と空色のオッドアイ。総じて彼女を語るなら異端という言葉が最良だった。
俺がツッコむ間もなく、彼女は手元の水晶を指先でトン、と軽く叩く。
「して、どちらが先に視るのだわ?」
「え、あ、じゃあ……俺から」
勇者ちゃんの小さな手が、ぐいっと俺の服を強く握った。
指先が小刻みに震えているのが伝わってくる。無意識なのか、それとも止めたいのか。本人もわかっていないような力の入りかた。
「安心なされ、ソチら。視るだけなら痛くはないのだわ。少なくとも、視るだけならば」
含みをたっぷりに脅すような語り草だった。
勇者ちゃんの怯える姿が楽しいのか、やけに機嫌が良さそうに見える。
苦笑まじりにもう一歩踏み出す。彼女の前、天幕の下、低く置かれた台座の前に腰を下ろすと、すぐに目の前に水晶がすっと差し出された。
「(なんだこの水晶……なかに蜘蛛が映ってる?)」
ただの装飾玉かと思いきや。俺は僅かに目を疑った。
よく見ると球体の内部に、黒い糸のようなものが蠢いている。
幾層もの巣を閉じ込めたような、異様な模様のなかに蜘蛛に似た虫のシルエットがあった。
「名を教えてほしいのだわ。偽名でも通り名でもよいのだわ。そのソチの名が、才能を視る鍵となるのだから」
「えっと……朝倉苗です」
言いかけた瞬間、才能屋さんのシロツメの如き指がスッと空をなぞる。
暗がりのなかに花が開くかのよう。水晶が光沢をあふれさせて光を放つ。
その光は不気味なほど澄んでいて、俺の影だけが長く床に伸びた。
「ふぅん? これは、少し、複雑なのだわ」
でしょうね。なんとなくその言葉は予想の範疇というヤツだった。
創造者で、部外者で、世界の外の住人、それがこの俺。自分でも複雑すぎる設定で迷子になってる。
そうなるとここで眉を寄せる彼女は、しっかり才能屋をしているともいえた。
「とにかく俺の潜在能力の詳細を少しでもいいから知りたいんだ。いえることをなるべくでも多く訊かせてほしい」
彼女は静かに水晶を撫でながらつづける。
「ここに視えているのは、あくまで現象。言の葉に編み上げるには……少々、時間がいるのだわ」
「俺のは能力なのか、それとも後天的なスキル? その効果はいったいいつまでつづく? もしかして初回限定効果の付与だったり?」
冗談めかして笑ってみせたが、彼女はまったく笑わなかった。
ただ一瞬、水晶の中に浮かんだ模様が、ぴしりと割れたように見えた。
「言葉を弄ぶのはお控えなされり。ソチの口に宿る因子すらここでは響きとなりて力をもつのだわ」
「……お、おう」
2色の瞳に睨まれて、ちょっとゾクッとした……真面目にやろう。
俺が正面を見据え直すと、彼女の手がふわりと宙をなぞる。そうして水晶の内部に糸のような光が編み上がっていく。
「ふむ……これはやはり、在らざる存在の擬態。いや、世界外形態ともとれるのだわ……」
彼女は胸の膨らみから吐息を浅く逃がす。
呟くように言葉を重ねていく。
「ソチの才能は、根をこの世界にはもたぬ……つまり、影に似たものなのだわ。この世界に確かに存在してはいるが、いかなる記録にも定着せず、いかなる法則にも縛られぬ。ただしそれは同時に世界から排斥されるリスクすら含む、いわば変数」
長ったらしくて半分は聞きとれなかったと思う。
だけどなんとなく俺の頭には朦朧ととある言葉が浮かんでいる。
「(やっぱり俺自身がこの世界のバグだったか……)」
良し悪しはともかくとして、すっきりした。
世界とズレてる。居るようで居ない、というのが正しいか。
本当は死んでいるのだ。このヴェル・ヴァルハラに存在していること事態が異例で、例外。
「(でもそれって案外、悪くないのかもな)」
口の端が、自然と緩んだ。
まるで他人事みたいに、自分の存在が世界のルール外にあることを肯定している自分がいた。
なぜだか悩みが1つ解決されたようなすがすがしさだった。胸の奥が、妙に軽くなっている。
「なにやらすっきりとした顔をしているのだわ。まるでソチ自身の内側に思い当たる節でもあったかのよう」
不思議な目をした少女は、こちらをじっと見つめていた。
あいかわらずなにを考えているのか読めない。深い湖のような瞳だった。
「俺は、ここに居てもいいのかな? たとえ例外だとしても」
問いかけに、彼女は小さく首を横に振る。
否定、ではない。何か別の言葉を探しているような、そんな仕草だった。
「居てもいい、ではなく……在りうる、のだわ。だって例外とは誤りではないのだから」
静かにそう告げた彼女の声は、まるでこの世界の隙間から響いてくるようだった。
その一言が、俺のなかのなにを決定的に変えていくのを確かに感じた。
そして才能屋さんは再び水晶へと目を落として占いを再開する。
「ソチのもつ才の名は、再創世」
透明でありながら奥底が見えない、奇妙な球体。
その内側で淡く光が灯り、ゆっくりと揺れている。蝋の明かりが波打つなか、静寂が空気を満たす。
「定義されぬ才。満たされぬ器。ただひとつだけわかることとするならば……──才として未完成ということなのだわ」
「……未完成」
未完という言葉が脳裏に焦げ付くように反芻する。
このヴェル・エグゾディアという世界を書き上げず、放置した俺そのもの。
しかしその俺の罪が、この身に、死して生ける身体に宿っているということ。
「再創世。その才能って言うのはいったいどんなことができるんだ?」
「……フッフッフ」
意味深な笑みだった。
たまらず俺もごくり、と唾を飲み下す。
「ククク、フフフフフッ……――ハァーッハッハッハッハッハ!!」
狂気を描く高笑いが鳴り渡った。
同時に俺のなかの期待感も爆発的に上がっていく。
「ま、まさか、そんなッ!? そこまでの凄い才能なのか!?」
「こーんな初めて視る才能のことなんて詳しくわかるわけないのだわ」
才能屋さんはやれやれとばかりに黒のレースが添う肩をすくめた。
たぶん俺は、手元にハリセンでもあったら彼女を往復で殴っていた自信がある。
「おいこら。期待感高めるだけ高めてからはしご外すなよ」
「占いですもの当たるも八卦当たらぬも八卦。ソチってばもしかして占いで運勢最高とか言われたらその日に告白したり宝くじ買ったりしちゃうタイプの単細胞なのだわぁ?」
ぷーくすくす。じゃねぇぞこのインチキ占い師が。
情感たっぷりにしておきながら知りませんで済ませられるか。
しかし才能屋さんは、憤る俺を無視して、隣へオッドアイを滑らせる。
「次は、そっちのおちびちゃんを視ればいいのだわ?」
「なにひと仕事終えて次みたいな空気だしてんだよ。せめてもう少し情報をくれたっていいだろ」
「ツギハ、ソッチノオチビチャンヲ、ミレバイイノダワ?」
「急激なモブムーブ!? はいと答えるしかない実質無限ループモードに入った!?」
2色の瞳に見据えられた勇者ちゃんの肩がビクリと跳ねた。
俺の背後にいた勇者ちゃんがおずおずと顔を覗かせる。
でてきてくれたのは、勇気をだしたというより、観念したという表現のほうが近いかもしれない。
「それじゃあせっかくなので、レーシャ・ポリロっていいます! よろしくお願いしますっ!」
振り絞るようにたわわな実りの前で拳を握りしめた。
才能屋さんは、オッドアイを細めると、勇者ちゃんの様子を興味深そうに見つめる。
さっきの俺の時とは違う、どこか愉しげで、けれどもわずかに真剣さの混じった眼差しだった。
「ふむふむ、なるほどなるほど。レーシャ、レーシャ……」
うさんくさい手つきで水晶玉を撫で回しながら顔を近づける。
俺は、なんとなく嫌な予感がしていた。
「ちょっと待て、まさかとは思うけど、……楽しんでないか?」
「うふふ~、どうかしらぁ?」
「えっ……わ、私に……才能が?」
勇者ちゃんはというと、まっすぐに才能屋さんを見つめている。
顔は緊張で強張っている。まん丸くりくりした目の奥には、微かな希望の灯が揺れていた。
「(こいっ! こいこいこいっ! 勇者判定こいっ!)」
俺は心の中で念じるように祈りの手を結ぶ。
頼む、今度こそだ。俺のせいで潰したかもしれない勇者覚醒イベントをここで回収させてくれ。
才能屋さんは、そんな俺の祈りなんかまったく意に介さず。水晶玉に顔を寄せたまま、動かない。
「……ふぅ~む。なるほどぉ、なるほどなるほど、こりゃあちょっと……――むっ?」
「ど、どうなんですかっ!? 私の、その強いなにかってっ!?」
才能屋さんは、水晶玉から顔を上げた。
すると、鋭く澄んだ瞳が勇者ちゃんのことをじっと見据える。
整った顔立ちはまるで彫刻のようで、光の加減でほんのり透き通る白い肌が浮かび上がる。切れ長の目は深く、すべてを見透かすかのよう。
「ソチの才能は、断罪の覇者。これ以上は……言う必要もあるまい」
その言葉は冷たく、重さを帯びていた。
そしてあいた玩具を見るような、距離を置くように突き放すかのようでもあった。
近づきすぎることを戒めるかのように、口元には一切の温もりがなく、静かな断絶さえ感じさせる。
「月に2~3個くらい新しい才能が見つかるのが常、世にあふれる才に際限はない。だけど、こうして2人いっぺんにっていうのは初めてなのだわ」
「お、おいちょっと待てよ!? なにわけのわからないことを言うだけ言って終わらせようとしてるんだ!?」
このまま終わらせてたまるか。俺は台から身を乗りだし抗議した。
贖罪の勇者が、断罪の覇者。そんな無茶苦茶が認められるか。
「な、ナエさま?」
俺の急変に勇者ちゃんは青ざめる。
しかしそんなこと構っていられるほど冷静ではない。
「もう1回やり直せよ! この子はそんなよくわからないものじゃなくて贖罪の――」
「お黙りなさい」
才能屋さんの声は低く、鋭く、空気を切り裂くようだった。
まるで空間そのものが凍りついたような沈黙が訪れる。水晶玉の中の光が一瞬、妖しく揺れた。
「もう1度言う。お黙りなさい」
その目は、もはや俺を見てすらいない。
まるで存在ごと、とるに足らぬと断じられたような冷たさだった。
「ソチは白痴なのだわ。それも独りよがりのもっとも愚かなタイプで手の施しようがない」
「……なんだと?」
見つめ合うとは違う、睨み合う。
そして才能屋さんは早々に切り上げて椅子に座った身体を翻す。
暗にもうこれで終わりとでも言わんばかりだった。
「近くまたお会いすることになる運命が視えているのだわ。それまではせめて……白痴のままでおられなさい」
俺と勇者ちゃんは黙って見合い、その場を跡にする。
ここにくるよりも濃厚な、暗い気持ちを心に滾らせながら『Fortune Teller Maryden』を去るしかなかった。
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