11話 才能屋さん《Fortune Teller Maryden》
一難去って
固まる
絆
能力の解明
才能の追求
オッドアイ
運命鑑定
才能屋さん
町の通りは、活気に満ちている。
行き交う人々の足音が石畳に響き、肩が触れ合いそうなほどの人波が広場をうねっていた。
そんな雑踏のなか。勇者ちゃんは人混みに揉まれぬよう、肩をすぼめて歩く。
「さっきは私のせいであんなことに……」
足どりはたどたどしく、その表情もどこか不安げ。
眉根を寄せ、戸惑いの声を漏らしつつも、添うままに足を運んでいる。
「私のために酷い目に遭ってしまって……本当に、お怪我はないのですか……?」
「(これたぶん無敵ってやつだよな? 俺の能力に無敵チートが付与されている? それとも世界に俺が存在しないはずなのに存在しているというバグが起因しているとか?)」
「あ、あの……」
「(殴られたとき多少の衝撃はあった。だけどそれも軽減されていたし怪我もしてない。そうなると無敵というより極大軽減が自動的に行われているということに……)」
「~~~っ!」
思考の迷路にどっぷりと沈んでいた俺の腕が、突然強引に引っ張られた。
バランスを崩しかけながら顔を上げると、そこには頬を目一杯に膨らませた勇者ちゃんがいた。
眉をひそめて、ぷるぷると震えながら。いまにも爆発しそうな怒りを滲ませている。
「無視しないでくださいっ!!」
雑踏の喧噪を裂くような叫びだった。
「あっ。ご、ごめんつい考えごとしてて……」
しまった。うっかり勇者ちゃんを放置してしまった。
あんなことがあったのだから心のケアに励んだほうが良かった、と。後悔するも遅い。
「すごく、すごく心配だったんですから!! 私の代わりにナエ様が暴力を奮われて、なのに守ってくれて、辛くって怖くって!!」
彼女は小さな体いっぱいに、身振り手振りで不安と不満を訴えていた。
手をばたつかせ、胸の前でぎゅっと握った拳が震えている。
「私……っ!」
その言葉の終わりと同時に、ぽろり、と涙が一粒、頬を伝う。
「私のこと守ってくれるのは嬉しいですけど、あんまり無茶なことしないでください……」
か細い、乙女の懇願だった。
まるで百合の花弁を伝う一筋の雫。……なんだこの罪悪感。
しかも周りで足を止めた主婦たちの俺を見る眼差しは、軽蔑に近い。
「痴話喧嘩かしら?」「兄妹なのかも?」「あれいじめよきっと」「あんな可愛い子を泣かせて」「変態だわ通報しようかしら」「 ゴ ミ が 」根も葉もない仕打ちだった。
俺は、正気に戻ると、袖で彼女の頬を拭う。
「泣かないでぇ! 俺が泣かせたようなもんなんだけど! このままだと俺さっきのおっさんと同じところに放りこまれかねないから!」
「じゃあ無視なんてしないでくださいっ! ちゃんと謝れるときに謝らせてくれなきゃヤですっ!」
「そもそもそっちが謝る必要なんてないんだよ! 悪いのは昼間から酒飲んでるおっさんのほうだし、あれは俺が勝手にやったことなんだから!」
「勝手にやったとかそういうの聞いてないんですっ! だからナエ様は分からず屋さんなんですっ!」
「なんでさ!?」
ちょっと、今回の勇者ちゃんはかなりヒートアップしている。
かなり主張的というか……まったく引いてくれない。
「私だってナエ様のこと大切なんですよ!! ナエ様が私のこと思ってくれてる以上に私だって――」
うっぷす。落ち着け俺のロンリーハーツ。
急激な春一番が吹き荒れる。慌てて口元を押さえる勇者ちゃんをいまにだって抱きしめてしまいたい。
「い、いまのはそういうことじゃなくって言葉のアヤといいますか!?」
そんな可愛い物体が目の前にいて俺は、有頂天だった。
情熱的にかしずいて、勇者ちゃんの白くて小さな手に手をそっと掲げる。
「オーウマイヘニー……諸行無常の響きあり。どうか俺に勘違いをさせたままでいさせておくれぇ」
「だから違うんですってばっ!? あとマイヘニーってなんですか! そのテンションなんかイヤです! いますぐやめてくださいっ!!」
勇者ちゃんはもう爆発してしまいそうなくらい真っ赤っか。
耳まで染まった顔をぶんぶんと振り乱しながら、怒りと照れをどうにか押し込めようとしている。
「まったく照れ屋さんなフェアリーちゃんだぜぇっ!!」
「私の種族は人間ですっ!! フェアリーちゃんじゃありませんっ!!」
とりあえず暴漢に関してのひと幕は良い意味でなんとかなった。
俺が身を切ったぶん心が満タンになるという方向での決着だった。
… … … … … … … …
「御者のおじさん曰くこの辺に才能屋があるらしいけど……」
あれだけ賑わってた町中で人通りが唐突に途絶える。
閑散というか、質素というか。ともかく路地裏に入ると、空気ががらりと変わった。
「ちょっと冷えますよ? ここって本当に入っていいところなのでしょうか?」
勇者ちゃんも気が気ではないようだ。
先ほどからやたらに周囲を気にしては、草食動物のようにビクビク怯えている。
なにせここは町の外れも外れ。郊外どころか端っこのほう。賑わいも雑踏も昨日のことのように遠のいていた。
靴裏から砂の感触が伝わってくる。軋む石畳は清掃が施されていないのかやけに埃っぽい。
「しかも昼なのにやけに薄暗いし、どこからか油のような匂いまでしてきます……」
小さな手が俺の服の裾をきゅ、っと掴んで離さない。
どうやら無意識に掴んでいるようで、服の袖がシワになっている。
どうせなら手でも繋ごうか、なんて。言いかけて俺の足がとある店の前で、ふとして止まった。
そんな俺の背にぽて、と。勇者ちゃんが鼻をぶつける。
「わぷっ!? ど、どうなさったんですか唐突に立ち止まったりして!?」
「フォーチュン、テラー、メアリー……デン?」
すすけた看板に、寂れた文字。
看板には『Fortune Teller Maryden』と、そう書いてある。文字の一部は剥がれ、風雨に晒された木の板は半分腐りかけていた。
勇者ちゃんも爪先立ちになって看板を覗きこむ。
「……まさか、才能屋さんって占い師さんなんですかね?」
「フォーチュンテラーは占いだし、メアリーっていうのは名前か? デンはたしか在処的な詩の言い回しだった気がする」
「占い師メアリーの在りか、ですか。なんだか名前だけでもちょっと危ない感じの気配がしちゃいます」
自信はないが、不思議と惹かれる。
その店の前だけ、どこか空気が少し違う。
まるで時間の流れが少し滞っているような、不自然な静けさがある。
怪しい占いの館みたいな布の垂れ幕が、出入り口を覆っていた。
深い紫に金糸の刺繍で描かれた文様が胡散臭さを加速させる。さらには意味不明な紋章に、蜘蛛のような意匠が組みこまれている。
勇者ちゃんが、裾をつまんだまま。ぷるり、と震えた。
「こ、ここ……絶対、普通の占い屋さんじゃないですよぉ……」
「だろうな……でも行くしかない」
俺は深く息を吸い、紫の布をそっと押し分けた。
ここまできて引き下がるという手はない。一刻も早く能力を判明させ、己を明確にしなければ物語は進まないのだ。
俺の不可解な能力もともかくとして。当然のことだが勇者ちゃんの覚醒も最優先しなければなるまい。
「鬼が出るか蛇が出るか、だ。逃げるにしてもせめて正体くらいは明らかにしてからにしないとな」
「あっ! ちょっとナエ様待ってください!」
中は路地裏以上に薄暗く、湿気が多い。
しかも埃っぽさのなかに、どこか甘ったるい香が混じっていた。
垂れ下がった布が細い川のように流れる。蝋燭の灯りがぽつりぽつりと灯る。そして奥のビロードの向こう側から、かすかな声が響いた。
「ソチら、運命を、お探しなのだわ?」
「――ぴぇっ!?」
勇者ちゃんは、小鳥のように鳴いて俺の後ろに隠れる。
しかし構わず布向こうから透き通るような声は、紡ぐ。
「才能というのは、常に代償がつきまとうものなのだわ。知れば無謀に墜ちていく。知らねば安穏とした平穏のなかで無知な生に溺死する」
どっちにしろろくな未来じゃねぇな。
喉元まででかかって飲み下す。
「このへんに才能屋さんがいるって聞いてきたんですけど、もしかしてここだったりしますか?」
ええいままよ。怯えた勇者ちゃんに頼むわけにもいくまい。
俺は思いきって垂れ下がった布をひらり、と捲りあげて進む。
すると店の最深部には、黒いドレスを纏った、目の覚めるような美女が鎮座していた。
まず目を惹かれるのは、異様な白さ。蝋の橙でさえ染められぬ純白とした肌。
さらに深く引かれた黒のヴェールが口元を覆っているためか、まったく感情が読めない。
「ようこそ、ソチら。運命に導かれし者たちよ」
柔らかく、しかしどこか氷のような響きをもつ声だった。
しかもヴェール越しでも、彼女が笑っていることだけはわかる。
「運命か、才能か……あるいは喪失か。今日はどれをお望みなのだわ?」
「ちなみに喪失って選ぶと……どうなるんです?」
俺が吐息を吐くように問う。
すると彼女は、左右非対称な光彩を、線のように細めた。
そして情感をたっぷりに間を開け、卓上の水晶に手を添える。
「晩ご飯のメニューがうっすらわかるのだわ」
エグいところにきちまったかもしれない。
※つづく
(次話への区切りなし)
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6月1発目の更新です!!!
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