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第9話:アレク、大スターの予感

 それはコスモスの花が咲き、心地よい風が吹き抜けるとある日の出来事です。


「……ふー、やはり甘いミルクティーにスコーンの組み合わせは最高ですね」


 ワタクシはリビングでソファーに座り、テレビを観ながら優雅にアフタヌーンティーを楽しんでいました。

 するとなぜか兄のアレクサンドルが、突然パンツ一丁でワタクシの目の前を鼻歌交じりで行ったり来たりし始めたのです。


「フフ~ン♪ フンフンフン~♪」


 ちょうどテレビの前を横切る感じで往復するので嫌でも視界に入りますし、彼が歩く度に中身がこぼれそうなきわどいデザインのパンツがギラギラ光り、非常にうっとおしくて仕方ありません。

 アレクは下着の趣味が最悪で、いつもこんな下着を愛用しています。


「フンフンフン~♪ ……フンフン♪」


 彼はどうやらワタクシに話を聞いて欲しいらしく、時々こちらをチラチラ見てくるのです。あぁウザい。


「フンフンフンフンフン~♪ ……フン♪」


「――あぁもう! さっきから何なんですか⁉ 紅茶が不味くなりますから言いたいことがあるならさっさと言ってください!」


「え、ジェルちゃん聞きたい? やっぱり聞きたい? どうしようかな~!」


 アレクは、うれしそうにパンツ一丁のまま近寄って来ます。

 正直、話しかけたことを後悔しましたが、とりあえず話を聞いてみることにしました。


「……それで、何があったんですか?」


「いやさぁ、こないだニューヨークに買い付けに行っただろ?」


「えぇ」


「その時にお兄ちゃん、モデルにスカウトされちゃってさー! なんと春夏コレクションのファッションショーに出演することになったんだよ!」


「えっ、アレクがファッションショーのモデルに⁉」


「そうなんだよ、すげぇだろ!」


 アレクは背も高いし顔も良いですから、声をかけられることがあるのはわかりますが、いきなりファッションショーのモデルなんて彼にちゃんと務まるんでしょうか。


「だからお兄ちゃんさぁ、舞台で歩く練習してるんだよ」


「それでさっきから無駄にうろうろしてたんですか?」


「それもあるんだけどな……えへへ」


「なんなんですか、気持ち悪い」


 ワタクシが冷ややかな視線を送ると、アレクは少し照れたような顔でもじもじしています。


「いやいや、ほら。俺のパーフェクトボディは最高にセクシーでイケてると思うんだけど……あとちょ~っとだけ背が伸びねぇかなぁって」


「はぁ。背を伸ばしたいんですか」


「あと五センチでいいんだよな~。ジェルの錬金術でちょちょいっと俺の背伸ばせす薬とか作れないか?」


 ちょちょいっとって……まったく、アレクは錬金術を何だと思ってるんでしょうか。


「そんな簡単にできるなら、ワタクシだってあと十センチくらい伸ばしてますよ!」


「じゃあ、できねぇの?」


「できなくはないですけど……急激に骨をメキャメキャッと無理やり伸ばしたりしますから、ものすごく痛いですよ?」


「擬音が不穏すぎるだろ。拷問ごうもんかよ」


 アレクは、顔をしかめて腕組みしました。


「じゃあさ。背はこのままでいいから、もうちょっと痩せようかなと思うんだけど、ジェルも協力してくれないか? 野菜中心で痩せるメニューとかにしてさ。ジョギングしたりとかさ」


「それぐらいならいいですけど」


 せっかくのアレクの晴れ舞台です。家族としてできる限りのサポートはしてあげないとですよね。


「それで、何キロぐらい痩せたいんですか?」


「十キロぐらい」


「……ファッションショーはいつですか?」


「一ヵ月後だな」


「はぁ……⁉」


 思わずふざけんな、と言いかけました。

 さすがにそれは無茶じゃないでしょうかね。元々そこそこ引き締まっている体なのにそんなに落ちるわけがない。


「いくらなんでも出来ませんよ。ボクサーの減量じゃないんですから」


「そこをなんとか! 頼むよジェルちゃ~ん」


 渋るワタクシに、アレクは両手を合わせて頼み込みました。


「そんなこと言われても、出来ることと出来ないことが……」


「いやいや。――いいか、ジェル」


 アレクはパンツ一丁のままワタクシの隣に座り、大きく両手を広げて語り始めました。


「もし俺がファッションショーで偉い人の目に留まったりなんかしてな、映画出演とか決まっちゃってハリウッドスターになったら、プール付きの豪邸に住めるんだぞ!」


「プール付きの豪邸……?」


「そう、豪邸だ! 今よりでっかい書庫も作ってさ、ジェルは何も気にすることなく、好きなだけ本を読んで優雅に暮らせばいいんだよ!」


「でっかい書庫に優雅な暮らし……」


「あぁ、そうだ! それに、高級食器も宝石も美術品も何でも買い放題だぞ!」


「そういえばウェッジウッドの新作のティーセット、欲しいんですよねぇ……」


 ワタクシがそう呟くと、アレクはソファから立ち上がりワタクシの方を見て宣言しました。


「よぉし、わかった! 未来の大スターがそれも買ってやろうじゃねぇか!」


「ふふ、そういうことでしたらダイエットに協力いたしましょう! ――ただし、ティーセットは先払いでお願いいたします」


「マジかよ。俺より先に財布が痩せちまった……」


 ――こうして、アレクの減量大作戦が始まったのです。

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