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第52話:インキュバスの店

「そういやさ、このフリーマーケットって俺らの世界の金って使えるのか?」


「いえ、魔界の通貨じゃないとダメですね」


「俺、持ってないんだけど」


「この日の為に、事前に百万円分ほど両替しておきました」


「奮発したなぁ」


「えぇ、こんな機会なかなかないですから。しかし何を買うか迷っちゃいますねぇ」


 あれこれ目移りしながら見て回っていると、金髪の派手な格好をした男性が座ったまま声をかけてきました。


「お兄さんたち、見ていかねぇッスか? 安くしちゃいますよ~?」


 並んでいるのは、紐がついた長い筒状の竹のような物や筒状のケース型の皮製品です。


「これは何でしょう? 水筒か何かですかね?」


「うーん。俺、これとよく似たのをどこかで見たような……」


「お兄さんたち、これ何か知らねぇッスか? これッスよ、これ!」


 そう言って男性は立ち上がると、大きな長い筒のような装身具に覆われた自分の股間を指差しました。


「すげー! チンチンでけぇなおい!」


「ちょっと、アレク! 失礼ですよ!」


「いやー、インキュバスならこれぐらい普通ッスよ。俺の仲間なんてもっとデカいやつがいて、あだ名が『オベリスク』ッスからね。マジぱねぇっつーか」


 ありえない股間の大きさに驚きつつも話を聞いたところ、インキュバスにはオシャレとして股間を装身具で強調させる文化があるんだそうです。


「つまり、ここで売られているのは股間を大きく強調させる為のペニスケースなんですね」


「そうッス。お兄さん達もどうッスか?」


「いえ、ワタクシ達は結構です。とても興味深いお話をありがとうございました」


 もっと話したそうにしているインキュバスの店員に礼を述べ、ワタクシ達は店を後にしました。


「あぁ……彼らが異様にすごいだけで、別にワタクシのモノが小さくて粗末だったわけじゃないんですね……」


「よかったな、ジェル」


 男としての尊厳が守られたことに安心したワタクシは、アレクと引き続き店を見て回りました。

 そして、そこで非常に貴重な品を見つけたのです。


「この本、すげぇ綺麗な表紙だな」


 アレクが指し示した本の表紙には、金泊で飾られた3匹のクジャクが美しく尾を広げ、無数の宝石が細かく埋め込まれていました。


「……これは『サンゴルスキー版のルバイヤート』じゃないですか!」


「なんだそりゃ?」


「世界的に有名な宝石本ですよ」


「宝石本って?」


「金箔や宝石で装飾されていて、美術品としての価値がとても高い本です」


「うちの店にもあったなぁ、そういう本」


 アレクの言うとおり、宝石で装丁された本というのは珍しいけど、無いわけではないのです。

 しかし、この『ルバイヤート』はそういう次元の話ではありません。


「この本は今までに三冊しか刊行されていないんです。その内の一冊は複製品でロンドン図書館にあります。しかし残りの二冊は現存するはずが無いんです」


「この世に存在しないってことか?」


「えぇ。複製されたもう一冊はナチスの空襲で焼失していますし、原本はタイタニック号と一緒に海の底に沈んでいるはずなんですよ」


「タイタニック号って、あの映画にもなったやつか?」


「そうです。氷山にぶつかって沈没してしまった、豪華客船タイタニック号。積荷の中にその本もあったのです」


 ワタクシは店主の許可を得て、本を手に取りました。

 鑑定に愛用しているルーペを取り出して調べてみましたが、疑わしい部分はありません。おそらく本物と思われます。


「あの、この本はどうしてここで売られているんですか?」


 ヤギのような角を生やした、見るからに悪魔といった感じの店主は気さくな口調で語りました。


「その本はなぁ、うちの親父が持ってたんだ。“綺麗だったからどさくさに紛れて持って来た”とは聞いたことあるけど、詳しいことはわかんねぇなぁ」


「ちなみに、おいくらでしょうか?」


「安くしとくよ。綺麗だけど中身は詩集で、魔術書でも何でもなかったしな。私には不要な物だ」


 店主は本が貴重品であることを聞いてもまったく興味が無い様子で、なんと二十万円で売ってくれました。

 本来はその百倍以上の値がつくはずの品です。

 しかし魔界の住民にとっては、人間界での希少価値など、どうでもいいことなのかもしれません。


「そういえば、ここは悪魔の不用品を売買するマーケットでしたねぇ……」


 興味深いものをたくさん見て回って、思いがけず貴重な品を手に入れることができて大満足な一日となったのでした。

サンゴルスキー版のルバイヤートは創作ではなく実在します。美しい本なので興味がある方は検索してみてくださいね。

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