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第43話:クーちゃんありがとう

 俺は床に寝そべっているクーちゃんを監視しながら、ハンバーグを食べた。

 いつまた触手を出してくるかもしれないと気になって、大好物なのにちっとも美味しいと感じなかったのが悔しい。


 夕食後、ジェルは魔法陣を描いた羊皮紙と魔術書や色とりどりの宝石が入ったケースを、リビングのテーブルに並べていた。


「なんだ、自分の部屋で作業しないのか?」


「それだとクーちゃんをほったらかしになってしまいますし。せっかく預かったんですから、ワタクシだって可愛がりたいじゃないですか」


 ジェルは何も警戒することなくクーちゃんを膝に乗せて、ふわふわの毛を撫でて喜んでいる。

 俺もさっきの光景さえ見なければ、同じようにその毛並みを堪能たんのうしていただろう。


「そういえば壊れた結界の様子を見ておかないと。今度はもっと修復が楽だといいんですが……」


「外に出てくるのか?」


「えぇ、すぐ戻りますから待っててください」


 ジェルはクンクン甘えるクーちゃんを床に降ろして、リビングを出て行った。


 そういや前に結界が壊された時も、ジェルが地面に宝石を埋めていろいろしてたっけ……すげぇめんどくさいってぼやいてたなぁ。


 ソファーに寝転がって過去の出来事をあれこれ思い出していると、すぐ近くでハッハッハッと呼吸音がする。

 俺は音のした方に目をやって、思わず声を上げた。


「あっ、おい! それ触ったらマズいやつだから!」


 いつの間にかクーちゃんがテーブルの上に乗って、羊皮紙に書かれた魔法陣に顔を近づけている。

 俺はとっさに起き上がって手を伸ばし、クーちゃんをそこから降ろそうとしてうっかり足を滑らしてテーブルの角に体をぶつけた。


「いてっ!」


 その衝撃でテーブルが傾いてケースの蓋が開き、キラキラ輝くたくさんの宝石が魔法陣の上に散らばった。

 クーちゃんは何事も無かったかのようにサッと飛び降りて、床に着地する。

 体勢を立て直そうした俺は、思わず羊皮紙の上に手をついた。


「あっ……」


 その時、何がどう作用したのかはさっぱりわからない。

 ただ言えることは、魔法陣が発動してしまったということだ。


 テーブルの上に黒いモヤのような物が浮かんで、それはすぐに濃くなっていく。

 地の底から湧き上がるようなうめき声と共に、巨大な角と牙を持つ牛の化け物みたいなのが魔法陣から姿を現した。

 異様に殺気立っていて、俺に襲い掛かる気満々という感じだ。


 ――これはヤバイ。絶対ヤバイやつだ。


 俺はベストの内ポケットに仕込んであるナイフを取り出そうとしたが、化け物の咆哮に飲まれ、思わず手が止まってしまった。


 化け物は俺に向かって大きな口を開けて――


 もうダメだと思った瞬間。


 薄茶色の毛玉が俺の前に飛び出して、化け物の鼻先に体当たりした。


「クーちゃん……⁉」


 犬とは思えないしなやかな動きで床に着地したクーちゃんは、俺を守るように前に出て化け物に向かってグルル……と唸って警戒している。


 すると信じられないことに、その小さな背中がぱっくり割れて、中から巨大な触手とコウモリのような翼を生やした緑色のタコみたいな怪物が現れた。

 その姿はどんどん大きくなって、あっという間に天井に頭が付きそうなサイズになる。


 そして粘液まみれのヌラヌラ光る太い触手で化け物を締め上げたかと思うと、それを魔法陣の中に押し込んで元の世界に返したのだ。


「クーちゃん、すげぇ……!」


 俺の声に巨大な怪物はゆっくりと振り返った。その姿は……今日ジェルが見せてくれた本の挿絵の――。


「言い表せない恐怖……」


 そのまま俺の視界は暗くなって、スーッと意識が遠くなっていくのを感じた。


「――アレク、大丈夫ですか?」


「ん……あ、ジェル? あれ?」


 目を開けると、ジェルが青い瞳を不思議そうにまん丸にして俺の顔を覗き込んでいた。


「床で寝ちゃダメですよ。風邪ひいちゃいますよ?」


 俺は床に倒れていたらしい。起き上がろうとしたら俺の胸の上に薄茶色の毛玉が乗っかってきた。


「うぉっ、クーちゃん⁉」


「どうしたんですか、アレク。そんなに慌てて」


「いや、別に……」


 そっとクーちゃんを抱きかかえて、毛を撫でるふりをしながらこっそり背中を確認する。

 そこには、ふわふわした感触があるだけで背中が割れた様子はもちろん、継ぎ目すら見つからなかった。


「夢……だったのかな」


「あー、もう。こんなに散らかして! 後が大変じゃないですか!」


「えっ……?」


 起き上がってテーブルに目をやると、羊皮紙の上に宝石が散らばっていて、端の方に少し液体がかかったような湿った跡がある。

 やっぱりあれは夢じゃなかったんだ。


「おや。この魔法陣、書き間違いしてますね」


「書き間違い?」


「えぇ。このまま発動したら魔界からとんでもないものを召喚するところでしたよ。何事も無くてよかったです」


 うっかりしていたと、ジェルはのんきにつぶやく。そのおかげでこっちはとんでもない目に遭ったんだが。


 ――次の日の夕方。宇宙人達は約束通り、クーちゃんを迎えに来た。


「いや~、たすかりましたわ~」


「これ、お礼の豚まん。温かいうちに食べてや」


 山田の手に下げられた白いビニール袋の中には、美味しそうな匂いのする赤い箱が見えた。


 ジェルはそれを受け取りながら「次は絶対に、結界を壊さないでくださいね」と念を押している。

 そんなこと言ってても、どうせまた壊されるような気がするけどな。


「兄ちゃん達、ほんまおおきに」


「ほな、どうも~。失礼しますわ~」


 キャリーケースの蓋が開いて、クーちゃんは銀色の腕に抱きかかえられた。


「ありがとうな。また遊びに来いよ?」


 俺がそう声をかけてふわふわの頭を撫でると、クーちゃんはとてもご機嫌な様子でハッハッハッと舌をだしたのだった。

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