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第41話:ポメラニアンのクーちゃん

 それは小雨の降る、ある日の夕方の出来事だった。

 暇を持て余していた俺は、することが無いのでリビングでだらだらとテレビを観ていた。

 すぐ隣で弟のジェルマンはソファーに体を預けて、さっきからなにやら分厚い本を読んでいる。


「なぁ、ジェル。その本、面白いか?」


「アレクにはちょっと難しいかもですねぇ。クトゥルフ神話の本ですから」


 ――クトゥルフ神話? 名前は聞いたことがあるけどよくわからねぇなぁ。


 俺の疑問が顔にでていたんだろう。ジェルは聞いてもいないのに説明し始めた。


「ラヴクラフトという作家が書いた小説が始まりでしてね。太古の地球の支配者である恐ろしい存在とか、言い表せない恐怖を書いた作品集なんです」


「言い表せない恐怖ってなんだよ」


「見ただけで発狂してしまうくらい怖いってことですね。たとえばこんな感じの……」


 ジェルは本をパラパラとめくって俺に挿絵を見せる。

 そこには、タコみたいに触手がいっぱい生えた怪物の絵が載っていた。

 たしかにちょっと不気味ではあるが、しょせんは絵だ。別にどうということはない。


「ふーん。そんなの見たって、お兄ちゃんは別に怖かぁねぇけどなぁ」


「そう言ってても、いざ目の前にするとわかりませんよ?」


「たかがタコのお化け相手にそんなわけねぇよ。大丈夫だって!」


 俺は笑い飛ばして、再びテレビ画面を見つめる。

 ジェルはしばらく本の続きを読んでいたようだったが、途中で眠くなったらしく俺にもたれかかってうとうとし始めた。


 その時、急に外でピシッと硬いものに亀裂が走るような音がして、ジェルがハッと目を覚まして叫ぶ。


「アレク、結界が壊されました! 侵入者かもしれません」


 この家と俺達が経営しているアンティークの店「蜃気楼しんきろう」は、空間を捻じ曲げた場所にあって、世間から存在を隠すための魔術結界が張り巡らせてあるのだ。


 そんなものを壊すなんて、侵入してきたのは相当の実力者に違いない。

 俺は慌てて、ベストの内ポケットに入れてあるナイフの存在を確認した。


「いいか、危ないからちゃんとお兄ちゃんの後ろに隠れてるんだぞ?」


 俺は緊張しながらジェルの前に立ち、家と店を繋ぐドアを静かに開けて、中の様子をうかがう。


 ――よかった。どうやら店の中には誰も居ないみたいだ。


 だが安心した途端、店のドアをドンドンと乱暴に叩く音がして俺達はビクッとした。


「お~い、開けてくれへんか~! 急ぎやねん!」


 あれ? この声には聞き覚えがあるぞ。


 誰だっけと思いながらドアを開けると、銀色の体にアロハシャツ着た二人組が、片手をあげて挨拶しながら店の中に入ってきた。


「どうも、山田ですぅ。いやぁ、兄ちゃん達、久しぶりやなぁ。元気しとったか?」


「上田ですぅ~。おじゃましますわ~、お~、この店こないなっとったんか。前に来たときは中見てへんかったからなぁ。物がようけあってすごいなぁ~」


「あんたらは、この前の!」


 こいつらは、以前に俺とジェルが宇宙と交信しようとして呼び寄せてしまった、犬好きの変な宇宙人達だ。


 山田と名乗った方は太っちょで、上田と名乗った方は痩せているけどひょろっと背が高い。

 上田は、両手に大きなペット用のキャリーケースを抱えている。


 彼らは大きな黒い目でこちらをじっと見つめ、前に会った時と同じように関西弁で気さくに話しかけてきた。


「おう、今日は兄ちゃん達にお願いがあって来たんや」


「……いらっしゃいませ。どのようなご用件でしょうか」


 背後にいたジェルが、俺の肩越しに少し警戒した様子で応対する。


「そないかしこまらんでえぇで~。あのな、お願いっちゅうのはこの子のことなんや~」


 上田がそう言ってケースを開けると、中からふわふわの薄茶色の毛に包まれた犬がひょっこりと顔を出した。


「ワンちゃんだぁ……!」


 俺は犬が大好きだから、見ただけでテンションが上がる。


「おや。これは、ポメラニアンですかね」


 ジェルも普段あまり好きとかそういう事は言わないけど、実はふわふわした可愛い生き物が大好きだ。

 冷静な表情をしつつも、愛嬌あいきょうを振りまく犬の姿にしっかり目を奪われている。


「どうや、可愛いやろ? うちのクーちゃんや!」


 山田は、自慢げに銀色の手で犬の頭を撫でた。


「実はなぁ。うちら今すぐ里帰りせなあかんくってなぁ。それでクーちゃんを一日だけでえぇから預かってほしいねん」


「え、このワンちゃんをか? ――わぁっ!」


 クーちゃんと呼ばれた犬は、ケースから飛び出して俺の体めがけてダイブした。

 とっさに抱きかかえると、洗い立ての毛布みたいなふわふわした毛の感触と、見た目の割に意外とずっしりとした重さが伝わってくる。


 俺の顔を見て、クーちゃんはまん丸な黒い目をキラキラさせてハッハッハッと舌を出してうれしそうな顔をした。めちゃくちゃ可愛い。


「おぉ、よかった。兄ちゃんのことが気に入ったみたいやな」


「明日のこの時間には迎えにくるから、すまんけど頼んだで~。エサはこのドッグフード食わしてくれたらえぇからな~」


「ほな、そういうことでよろしくな」

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