表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/58

第39話:アレシボメッセージ

 それは街路樹が色づき始め、秋が深まったある日の夕方のことでした。


 アンティークの店「蜃気楼しんきろう」のカウンターでは古い科学雑誌を読むワタクシと、棚の掃除をする兄のアレクサンドルの姿がありました。


「なぁ、ジェル。さっきから何読んでるんだ?」


「アレシボメッセージについての記事ですよ」


「あれしぼめっせーじ? なんだそりゃ?」


 ハンディモップで棚の上のほこりを取っていた彼の手がぴたり、と止まりました。


「一九七四年にアメリカが、宇宙人に向けてメッセージを送ったんですよ。地球のことや人間のことなどを信号にして電波で宇宙へ発信したんです」


 アレクにもわかるように簡単に説明したところ、彼は完全に掃除はそっちのけで興味津々といった顔でやって来て雑誌を覗き込みます。


「なんだこの絵……ちっちゃい四角がいっぱいだけど、これがメッセージなのか?」


「えぇ。千六百七十九個の小さな四角を七十三行二十三列に並べ替えると、意味のある図形になるんですよ」


 その説明に対し、アレクは軽く頭をかいて眉を寄せながら素直な感想を述べました。 


「よくわかんねぇなぁ。もっとわかりやすいメッセージにすりゃいいのに」


「そうですねぇ。魔術を応用したらもっとわかりやすい形でいろんな情報を送れると思いますが……」


 ワタクシが雑誌のページをめくりながら何気なくそう答えると、彼は玩具おもちゃを見つけた子どものような弾んだ声を出しました。


「え、マジで⁉ 魔術を応用したら……ってことは、ジェルも宇宙人にメッセージ送れるのか?」


「やったことはないですけど、たぶんできると思いますよ」


「すげぇな! 俺も宇宙人にメッセージ送りたい!」


「えぇ……? そんなこと言って掃除をサボる気じゃないんですか?」


 ワタクシの冷ややかな視線を軽く受け流して、アレクはニヤリと笑いました。


「ジェルだって本当に魔術で宇宙人にメッセージが送れるのか興味あるだろ? だったら今日の掃除はこれでオシマイだ!」


 彼は反論する余地を与えず、さっさとハンディモップを片付けてしまいました。


「しょうがないですねぇ……まぁワタクシも興味があるしやってみますか」


 こうしてワタクシ達は、実験も兼ねて宇宙人にメッセージを送る準備を始めたのです。

 アレクが見守る中、ワタクシは店の前で特殊に調合したインクで地面に魔法陣を描いていきます。


「魔法陣はこれでよし。あとはパラボラアンテナになる物があればベストなんですが、適切なお品がありましたかね?」


「パラボラアンテナ?」


「えぇ。ほら、このページにあるような浅い半球みたいな形の。形状が似てる物なら何でも構いませんが」


「あぁ、あるある!」


 雑誌に掲載されているアンテナの写真を見せると、彼は大きく頷いて店の奥へ何か取りに行きました。

 しかし、我が家にそんな物あったでしょうか……?


「おい、ジェル。これはどうだ?」


 彼は家から大きな鉄製の中華なべと自撮り棒を持ってきました。


「……意外とありかもですね」


 中華なべをスタンドに傾けて立て、中央に伸ばした自撮り棒を貼り付けますと、見た目は残念ですが一応形状としては問題ないような雰囲気となりました。


「さて。あとはどんなメッセージを送るかですが。とりあえずメモに書き出して、後でまとめて信号に変換しましょう」


 ワタクシは、店のカウンターの上にあったメモ用紙とペンをアレクに渡しました。


「何を発信しようかなぁ~」


「そうですねぇ。まずは、本家のアレシボメッセージを参考に内容を考えましょうか」


 アメリカが送ったメッセージには一から十までの数字に、水素・炭素・窒素・酸素・リンの原子番号や、デオキシリボ核酸のヌクレオチドに含まれる糖と塩基の化学式やDNAに含まれるヌクレオチドの数……といったことが書かれているのですが。


「ヌクレオチド……? そんなよくわからん話はいらねぇな。それよりお兄ちゃんオススメのハンバーグのレシピ入れとこうぜ!」


 アレクが一蹴いっしゅうしたことにより、我々のメッセージには『合びき肉三百グラムたまねぎ一個』といった内容が記載されることになりました。


「他にはどんなこと書いたらいいんだ?」


「そうですねぇ……人間がどういう姿かわかる資料でしょうか」


「俺の写真でいいか?」


 そう言いながら彼はズボンのポケットからスマホをサッと取り出し、腕を伸ばして自分の姿を手際よく撮影しました。


「よし、せっかくだからアプリで盛ろう。美白MAXにして、目もキラキラにでっかくして……」


 写真を撮るのは上手いのに加工は苦手なのか、アレクがアプリをタップするたびにアゴが異様に細長くなり目が巨大化して彼の顔がどんどん人間離れしていきます。


「うわ、気持ち悪い」


「加工すんのって案外難しいもんだな……」


 現時点で、宇宙へ発信するのがハンバーグのレシピと気持ち悪いアレクの写真だけなんですが、これでいいんでしょうか。――いや、絶対よくない。

 これじゃ「アレシボメッセージ」じゃなくて「アレクショボイメッセージ」じゃないですか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ