第38話:SAN値直葬!死ぬほど不味い
彼は細く白い指で瓶の蓋を開けて、液体を口の中に流し込みます。
いつも不思議なのですが、骸骨が飲食したものはどこに消えているんでしょうねぇ。
そもそも骨だけの存在が声帯も無いのに喋っている時点で、あまり細かいことは気にしてはいけないのですが。
「ぐぇぇぇえぇえぇぇぇぇええ~! み、みず……水!」
宮本さんは慌ててキッチンへ駆け込みました。水の流れる音に混じって吐いているのか、咳き込む声も聞こえます。
「大丈夫ですか?」
「……ジェル殿、これは腐っているのでは? ドブを煮詰めたようなエグい味がするでござる!」
「すみません。デフォルトでそんな味なんです」
「死ぬかと思いましたぞ」
「いや、死んでるでしょう」
宮本さんはゼイゼイと肩で息をしています。骨なのでいまいちわかりませんが、普通の人ならきっと顔が真っ青になっていることでしょう。
「いやぁ、これは恐ろしい。深淵を覗き込んだような味だ」
栄養ドリンクの感想とは思えないことを言われてしまいましたが、返す言葉もありません。
「すみません……」
「いささか驚いたが、ジェル殿の頼みとあらばこちらは預からせていただく」
人の良い宮本さんは、あんな目に遭ったのに残りのドリンクを引き取ってくれました。
でもたぶん彼の反応からして、あんな不味いドリンクを欲しいという人はいないような気がします。
「ありがとうございます。もし何かあればワタクシのスマホに連絡くださいね」
その後、お茶をいただいて軽く世間話などして、ワタクシは家に帰りました。
「はぁ……アレクの方だけでも上手くいっているといいのですが、きっと無理でしょうねぇ」
翌日、アレクが帰ってきたので結果を聞きますと、彼は顔をしかめながら首を振ります。
「やっぱりあの不味さはネックだな。試供品を配ったらテロと間違われて銃突きつけられたわ……」
「そうですか」
ここまでの段階でまだ一本も売れていない上に、試供品を配りまくったせいで百万円以上の赤字です。
もういっそ観念して、自分で飲むか廃棄するかしかないかもしれない。
そう思っていたのですが、後日ワタクシのスマホに意外な着信が入りました。
「もしもし。あ、宮本さん。先日はありがとうございました。……え、在庫ですか? えぇ、たくさんありますけど? ――えぇっ⁉」
それは栄養ドリンクの在庫を全部買い取りたい、というオファーでした。
まさかそんな。あんなに不評だったのに信じられません。
『それが“お手軽に死の淵を体感できる”ということで度胸試しの品として評判になったようで、皆欲しがっているでござるよ』
「えっ、そんな理由で……⁉」
自室を圧迫する山積みの在庫が無くなるのはうれしいけど、それはそれでちょっと心中複雑なのですが。
しかも全部買い取りするにあたって、ひとつ注文が追加されたのです。
「――はぁ。なんか屈辱ですねぇ」
「贅沢言うな、ジェル。ほら、さっさとシールを貼れ」
その後、ワタクシとアレクは約三千本の栄養ドリンクの瓶に『SAN値直葬! 死ぬほど不味い!』と書かれたシールをペタペタ貼る作業をしていました。
この屈辱的な売り文句が書かれたシールを貼って販売すること、それが買い取りの条件なのです。
「うぅ……次は絶対に美味しい物を作ってみせます!」
「そうだな」
やるせない気持ちになりつつも、在庫を売る為に黙々とシールを貼るワタクシ達なのでした。




