第36話:骸骨とクソマズドリンク
「皆、聞いてくれ。この船は今から俺がピカピカのカッコいい船にする。いいか、カッコいい船に乗っている男はカッコよく見えるしモテるんだ!」
謎の理論が展開していますが、骸骨達はモテに興味があるのかおとなしく聞いています。
「おい、そこのスカーフを首に巻いてるキミ! キミだってカッコよくなって女の子にモテたいだろ?」
アレクは近寄ってきた骸骨に、アメリカの通販番組のようなノリで話しかけました。
「え、オレ……? あ、うん。確かにモテたい、かな……?」
アレクは戸惑いながら返事する骸骨に対し、大げさにうなずきました。
「うんうん、そうだろう! だったら今がチャンスだ! キミがやるのは倉庫からデッキブラシを持ってくること、たったそれだけだ。そうすれば今日からキミは最高のイケメンになれる! さぁ、行って来い!」
イケメンになれると言われた骸骨は素直にうんうんとうなずいています。
たぶんイケメンの意味はわかってないでしょうが、それでも指示通り倉庫に走って行きました。
その光景を見てざわつく周囲に、アレクはどんどん話しかけてテキパキと用事を頼んでいきます。
「あ、そこのナイスガイはバケツとモップを。うん、そうそう、骨太のナイスガイの……名前なんていうの? え、ハンス? いい名だ。ハンス頼んだぞ。えっとそっちの小柄でキュートなキミは雑巾をだなぁ……あ、そうだ! おーい、船大工の経験あるやついるか~?」
指示を出された骸骨達が、ガチャガチャ音を立てながら次々と掃除道具を抱えて戻ってきました。
アレクの演説はまったく意味がわかりませんでしたが、皆勢いに呑まれて彼の言うことを聞いています。
こういうのは場の空気を支配した者勝ちなのでしょうね。アレクはそういったことは得意なのです。
そして一時間かけて全員で掃除や補修をした結果、汚かった甲板は見違えるように美しくなったのでした。
「よーし! 皆、お疲れ様~!」
「おーっ!!!!」
アレクの呼びかけに、集まった骸骨達が片手を上に突き上げて歓声を上げました。
すっかり謎の連帯感が生まれています。
「アレクって本当、どこでもすぐに馴染んでしまうんですよねぇ……」
――ワタクシには絶対無理ですが、と彼に聞こえないように小さく呟きました。
ガチャ、ガチャ。カタカタカタ……。
その時、急に背後から妙な音がしたので振り返ると、軍服を着て腰にサーベルをぶら下げ昔の海賊が被っているような帽子を身に着けた骸骨が、すっかり綺麗になって怖い雰囲気がまったく無くなった甲板を見て頭を抱えていました。
「……おい、オマエら! 何だこれは⁉」
「アンタが船長か?」
「そうだ。これは貴様の仕業か? よくも俺の幽霊船を――」
「おう、綺麗になったぞ! よかったな!」
「ぐっ……」
アレクの堂々とした悪びれない態度に、船長は言葉を詰まらせました。
「まったくとんでもない奴らだ……うん? 貴様、その荷物の中身は何だ?」
船長はワタクシの手にしていたトランクを指差しました。
「もし財宝ならおとなしくこちらへ寄こせ!」
「財宝ではなく栄養ドリンクですけど。どうせ商品にならなかったし、よかったら差し上げますよ」
「えいようどりんく? なんだそれは?」
アゴに手を当てて考え込む船長に、栄養ドリンクがどういう物かを説明しました。
「――というわけで、その飲み物はビタミンDをメインにたんぱく質とカルシウムたっぷりで、強い骨を維持するのに必要な栄養が詰まっているのです」
「なるほど。よくわからんが骨に良い飲み物なんだな」
船長は興味津々《きょうみしんしん》でトランクを開けてドリンクを取り出しました。
「たくさんあるな。よし、オマエらも一緒に飲め!」
「いえぇえぇぇぇい!」
骸骨達は大喜びでドリンクを次々と手にしていきます。
そして全員にいきわたり、乾杯の合図で一斉に飲んだ瞬間。
皆がブフォッと口から勢いよくドリンクを噴き出してもがき苦しみ始めました。
「ぐぉぉぉぉぉ! なんて不味さだ……」
「こんな不味いものを飲むくらいなら死んだ方がマシだ」
「いあ! いあ! くとぅ○ふ ふたぐん!」
骸骨達は床に倒れて錯乱状態になり、皆でガチャガチャ音をさせながら転げまわっています。
「そんなに不味いんですかね。ワタクシも味見を……」
「あ、おい。ジェル! 止めといた方が――」
隣でアレクが制止するのを聞かず、ドリンクを手に取って口に含んだ瞬間、ドブ川を煮詰めたみたいな生臭さと、遺伝子レベルで拒否したくなるような苦味とエグみが口の中いっぱいに広がり、ワタクシは床に倒れこみました。
あまりの不味さに冒涜的な何かに出会ったような精神的なショックを引き起こし、全身の毛穴がざわざわして変な汗がでているような不快感が襲いかかるので起き上がることもできず、為す術もなくのた打ち回るしか無かったのです。
「しっかりしろ、ジェル! ほら、水飲め!」
アレクに水を飲ませてもらい、正気を取り戻し立ち上がりましたが、まだ口の中にエグみが残っている感じがしてなんだか胃がムカムカしてくるような気分です。
しばらくすると、同じように倒れていた船長もよろよろしつつ起き上がってきました。
「くそ! 貴様らのせいで船も船員もめちゃくちゃだ!」
「はぁ……申し訳ございません」
「もういい、頼むからさっさと出て行ってくれ!」
「はい、すみません」
そう返事した瞬間、ワタクシとアレクは何故か港に立っていました。どうやら船に乗る前に居たアムステルダムの港のようです。
沖の方を見ると、幽霊船らしい船影が猛スピードで去っていくのが見えました。
「……どうやら追い出されたみたいですね」
「そうみたいだな」
その後、港周辺の船乗りの間で「もし幽霊船に乗ってしまってもクソ不味い飲み物を持っていれば助かる」という噂が広まったらしいですが、それが本当かどうかを知るのは我々だけなのでした。




