第32話:バレンタイン防衛戦
あぁ……ついに今年もこの季節がやってまいりましたか。
今年こそは負けませんよ、アレク……!
朝方に降っていた雪も昼には溶け、日が射して寒さが和らいだアンティークの店の中。
カレンダーを見て意気込むワタクシと、その光景を眺める氏神のシロの姿がありました。
「……で、なんでジェルはカレンダーなんか気にしてるのさ」
「今月はバレンタインデーがあるからですよ」
「なんで?」
「ワタクシとアレクが日本に住んでからというもの毎年、毎年……」
「毎年……?」
「……毎年ワタクシが自分用に買った高級チョコレートをすべてアレクに略奪されているのです!」
シロは何だそんなことか、と言いたげな顔をしています。
――あなたは何もわかっていませんね。百貨店のチョコレートの催事は戦場なのです。ただでさえ混雑していますし、朝イチで行列に並ばないと売り切れてしまう物もあるのです。
人ごみが大嫌いなワタクシがそこへ行くのにどれだけの覚悟が必要か、ぜひ想像してみてください。
あの一品を手に入れるのにどれだけワタクシが苦労したか。それなのにアレクは容赦なく勝手に食べてしまうのです。
「アレク兄ちゃんに勝手に食べるなって言えばよくない?」
「甘いですよシロ。アレクは、してはいけないと言われた事は確実にやり遂げる男です」
「迷惑な人だね」
「もちろんワタクシも何もせず見ていたわけじゃないんですよ。どんなに隠してもすぐ見つけられてしまうので、とうとう魔術を使って障壁を張りました」
それは、ありとあらゆる物理攻撃を阻む魔術によって作られた障壁。弓矢はもちろんミサイルすら通さない完璧なバリアです。
「まさかアレク兄ちゃんは、ジェルの魔術に対抗できるってことなの……なんて力だ……」
「いえ、床に穴を掘られ、そこから侵入されました」
「床より下はバリア効果なかったんだね」
――そう、それは誤算でした。翌日、床に大きく空いた穴とゴディ○の空き箱を発見した時のワタクシの気持ちを察していただけますでしょうか。
「その次の年はスケルトンの宮本さんをチョコレートの護衛に召喚しました」
「スケルトンの宮本さん?」
「えぇ。剣の腕が立つという骸骨を召喚してチョコレートを守らせたのです」
「それでどうなったの?」
「翌日見に行くと、宮本さんは足を骨折してました」
「アレク兄ちゃん酷いことすんなぁ……」
「いえ、戦おうとして足が滑って転んで骨折したらしいです」
そう、ワタクシが見に行った時には、宮本さんの足には応急処置で添え木が当てられていました。
そして早朝からワタクシが並んで購入したマリ○ルのブルーボックスは跡形もなく消えていたのです。
後日アレクの部屋で箱を発見しましたけども……すでに空でした。
「兄ちゃんわざわざ手当てしてあげたんだ。宮本さんの骨折はどうなったの?」
「労災が適応されましたんで即、治療されたので大丈夫です。なんでも骨粗しょう症だったらしいですよ」
「骸骨が骨粗しょう症って致命的だよね」
「そうなんですよ、なのでその次の年はスケルトンではなく、ゴーレムを制作して守らせました」
「ゴーレム?」
シロは日本の神様なせいかあまりそういうことは知らないようで、聞きなれない言葉に首をかしげています。
「ゴーレムというのは魔術を動力とするロボットのようなものでして、防御力が高いので何かを守らせるには最適な存在なのです」
「へぇ、無敵だね」
「そうでもないですよ。ゴーレムの額にはemeth(真理)と刻まれているのですが、その最初のeの文字を消すとmeth(死)となるので、そのせいで体が崩壊してしまうんです」
ワタクシがメモ用紙に文字を書いて説明するとシロは納得しました。
「なるほど。一文字違うだけで壊れちゃうんだね」
「えぇ」
「それで、そのゴーレムにチョコレート守らせたの?」
「そうです。でも、翌朝見に行ってみるとゴーレムは粉々に……!」
「すごい! アレク兄ちゃんはゴーレムを倒す方法を知ってたの⁉」
「いえ、力任せに拳で粉砕したらしいです」
「よかった。いつものアレク兄ちゃんだったね」
シロは納得して、出されたお酒をくいっと飲みました。
「もちろんこちらも労災が適応されまして即、元通りになりましたよ」
「よくわかんないけど労災すごいね」
「それに傷害保険の保険金ももらえましてね。そのお金で今は宮本さんもゴーレムも魔界でのんびり暮らしているはずですよ」
そんなわけで防衛はことごとく失敗したのですが、今年もまたバレンタインデーは容赦なくやってくるわけで。
「今年はどうするの? 護衛に何か召喚するの?」
シロの問いかけに、ワタクシは自信たっぷりに笑みを浮かべました。
「いいえ。今年は今までのようにはいきませんよ……作戦は完璧です!」




