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第26話:アホそうなイケメンを襲うサメ

 ワタクシ達は慌てて立ち上がり、波打ち際へ走りました。


「アレク~! 早くこっちへ!」


「アレク兄ちゃんサメだよ!」


「うん? 雨? いや晴れてるぞ……?」


「あぁもう! 雨じゃなくて、サメですってば!」


 のんきに泳いでいる彼をどうやって助けようかと思ったその時――。


「ホッホッホ、お若い方。大丈夫じゃよ」


 後ろから声をかけられ振り返ると、地元の人と思われるアロハシャツを着た優しそうな老人が立っていました。


「ご老人、サメが出たのに大丈夫と言うのはどういうことですか?」


「あのサメは温厚なやつですからな」


「そうなんですか?」


 温厚なサメと聞いて、ワタクシは少しホッとしました。


「――ただ、光るものが好きでしてな。ギラギラのきわどいビキニでも着用してない限り襲ってきませんぞ」


「今まさにそんなギラギラのきわどいビキニの兄が海にいるんですが……」


「――ちくしょう! 水着を奪いやがった! 返せこのやろう!」


 波間でアレクの怒号が聞こえました。

 サメは彼の水着を奪って、口に咥えたまま悠々と沖の方へ泳いで行こうとしています。


「まてぇ! こらぁぁぁぁ~!」


 アレクは叫びながら全速力でサメを追いかけて泳いで行ってしまいました。


「これは……どうしたらいいんでしょうねぇ」


「アレク兄ちゃんが戻ってくるまで待つしかないんじゃない?」


 しばらくすると、アレクがげんなりした顔でこちらの方へ泳いできたので声をかけました。


「大丈夫ですか?」


「おう、水着は取り返したからだいじょ…………うぉっ!」


「アレク⁉」


 急にザブッと大きな水音がして、彼の姿が水中に消えました。

 まるで何かに引き込まれたように見えましたが、これはいったい……?


「あれ見て! ブクブク大きな泡がでてる! 水の中に何かいるよ!」


 シロが叫んだその時、海中から船にも匹敵する大きさの巨大なタコが浮上しました。


「なんですか、この規格外の大きさは。まるでクラーケンじゃないですか!」


「ホッホッホ、大丈夫ですぞ!」


 驚愕きょうがくしているワタクシの隣で、先ほどの老人がまた話しかけてきました。


「あのタコは男の好みにうるさくてな……」


「男の好み?」


「さよう。細マッチョと自称して中途半端に鍛えたひょろい身体でギラギラビキニを着て調子に乗ってるアホそうなイケメンでもない限り、襲ってきませんぞ」


「今まさに、そんなアホそうなイケメンが海にいるんですが……」


「あっ! アレク兄ちゃんがタコに捕まった!」


「おい、ジェル! シロ! のんきに見てないで助けてくれよ~! くそ、吸盤いてぇな!」


 アレクはタコの太い足に巻きつかれて必死でそこから脱出しようと、もがいています。

 その時、タコはその顔をアレクに近づけてジッと彼の姿を見つめました。


「……な、なんだよ⁉」


 ――そして。


 バシャン!


「……あ、タコがアレクを投げ捨てた」


「好みのタイプじゃなかったんだ、よかったね!」


 巨大タコは投げ捨てたアレクには目もくれず、沖の方へ泳いで波間に消えて行きました。


「ゲホッ! ゲホッ……!」


「大丈夫ですか、アレク?」


「くそ、なんかわからんが腹立つな……」


「ああっ、前! 前を隠してください!」


「兄ちゃん! パンツどうしたの⁉」


 浜辺へ上がった彼は全裸でした。

 周囲からキャーと悲鳴が上がり、視線がワタクシ達に突き刺さります。


「さっき海に落とされた衝撃で脱げちまったのか……」


「あっ! あの光ってるの、アレク兄ちゃんのパンツだ!」


 シロが指差した方向には波間でキラキラと輝くビキニパンツと、それを咥えたサメの姿が。


「おい! またオマエかぁぁぁぁぁ~~!!!!」


 アレクは再びザブンと水に飛び込んで、全裸のままサメを追いかけて行きました。


「あーあ、遠すぎて見えなくなっちゃった。またしばらく戻ってこないね……」


「――疲れたし、先にホテルに帰りましょうか」


「うん、そうだね」


 ワタクシ達は帰り支度を始めました。幸いホテルはビーチのすぐそばなのでアレクも適当になんとかするでしょう。


「海、面白かったね~! ぴちぴちぎゃるもいっぱい見れたし」


「ふふ、たまにはこんなバカンスもいいもんですね」


 その後アレクはずいぶん遠くまで行ったらしく、数時間後に腰に海草を巻きつけて股間を隠した姿でホテルの部屋に戻ってきました。


「アレク兄ちゃんおかえり!」


「結局、サメに水着盗られちゃったんですか?」


「うん」


「そうですか……」


 ――あぁ、よかった。明日もここに滞在予定だったんですが、あの下品な水着が無いのであれば、浜辺で妙な注目を集めることも変な生き物に襲われることも無くなるでしょう。


「明日はアレク兄ちゃんの新しい水着を買いに行こうよ!」


「そうですね。今度はもっと布が多めで、なるべく地味なのを――」


「大丈夫だ! 実はもう一枚ある!」


「えっ」


 アレクが愛用のトランクの蓋を開けると、そこにはギラギラと輝く青いビキニパンツがありました。


「どうだ! 明日は色違いのオシャレなビキニでビーチの視線を独り占めするぜ!」


「あー、うん。よかったね」


「そうですね……」


「じゃ、俺シャワー浴びてくるから、その後で飯にしようぜ!」


 リアクションに困るシロとワタクシを残して、彼は尻を丸出しにしたままバスルームに消えて行きました。


「アレク兄ちゃん、あんな目に遭ったのにまったく懲りてないね……」


「あのポジティブさ、ある意味うらやましいです」


 ワタクシ達は顔を見合わせ、ひそひそと話し合ったのでした。

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