第20話:幻のキノコ、イケメンダケ
それは雨に映える紫陽花が美しいある日の出来事でした。
アンティークの店「蜃気楼」のカウンターでは、ワタクシと兄のアレクサンドルがとあるキノコについてあれこれ調べておりました。
「うーん。やはりエリンギに似てるけど違いますねぇ……。ねぇ、アレク。そっちの図鑑はどうですか?」
「特に何もねぇなぁ。おい、ジェル。見ろよ、このキノコ美味そうだぞ」
「それ猛毒注意って書いてるじゃないですか……」
カウンターの上にはガラス瓶がひとつ置かれていて、その中にはエリンギに良く似た太い軸のキノコが一本、標本のように入っておりました。
なんとこのキノコ、アレクが普段使っている枕に生えていたのです。
かさの部分にピンク色のハートの模様が入っていて珍しかったので、採取して先ほどから調べているのですがまったく種類が特定できません。
「しかしびっくりしたよなぁ、昨日の夜はなんとも無かったのに。キノコって一晩で急に生えるもんなのか?」
「急に生えるにしても、いきなりそんな大きさは有り得ないように思いますけどねぇ」
先ほど「エリンギによく似た」と言ったことからもわかるように大きさも立派なキノコでして、太いだけではなくボールペンくらいの長さがあるのです。
「やはりこれはエリンギなのでは……」
「じゃあ食うか。エリンギならバターと塩コショウで炒めると美味いし」
「いや、それは危険ですって!」
あぁでもないこうでもないと2人で図鑑を見て談義しておりますと、店のドアが開き、派手なアラビア衣装に身を包んだ大柄な男性が入ってきました。
「はぁ~い! アレクちゃん、ジェル子ちゃん! あらぁ、今日は2人そろってるのねぇ」
「おぅ、ジンちゃん!」
「誰かと思えばジンでしたか。いらっしゃいませ、何か御用ですか?」
ジンはかの有名なアラビアンナイトにも登場する魔人で、うちの店とは何かと縁があり、常連客でもあるのです。
「ううん、今日は行商で近くまで来たからお茶しにきただけなのよぉ~。外は蒸し暑いわねぇ~冷たいものくれない?」
ジンはそう言って、手でパタパタと顔をあおぐようなしぐさをしました。
「そうでしたか、ちょうどこちらも調べ物をしてまして、そろそろ一息入れてもいいかなと思っていたんですよ。アイスティーを入れて休憩しましょう」
「あらそうなの、うれしいわ~!」
ワタクシがアイスティーを用意すると、ジンはそれをいっきに飲み干し、ふーっと息を吐きました。相当のどが渇いていたのでしょう。
「あー、生き返るわねぇ、ジェル子ちゃんありがとう!」
ジンは、空のグラスをカウンターに置こうとしてガラス瓶に目を留めました。
「あら? その瓶、どうしたの?」
「正体不明のキノコでして。今朝、アレクの枕から生えてたんですよ」
「へぇ~、どれどれ……んまぁ!」
ジンは瓶を手にとって中を確認すると、目を大きく見開いて輝かせました。
「これ、伝説のイケメンダケじゃない! さすがアレクちゃんだわぁ~!」
「へ? イケメンダケ? なんだそりゃ⁉」
「ジン、あなたこのキノコを知ってるんですか?」
「えぇ。イケメンの傍にしか生えない貴重なキノコなの。図鑑にも載ってない超レア品だし高く売れるわよぉ~!」
高く売れる……! その言葉にワタクシは思わず食いついてしまいました。
「本当ですか⁉ ちなみにこのキノコ、いくらで売れるんでしょうか⁉」
「そうねぇ……これぐらいかしら?」
ジンは、車が買えるような金額を提示してきました。
超レア品といってもしょせんキノコですし、せいぜいトリュフや松茸程度かと思ったのですが。
予想外の高額にワタクシは驚きが隠せません。
「そ、そんなに貴重なんですかこれ……」
「えぇ。魔女の秘薬にも使われるから需要が高いのに、なかなか見つからなくてねぇ~。二人さえよければアタシが買い取るわよ?」
「それはありがたいですね、ぜひお願いします!」
こうしてワタクシ達は、キノコを売却して臨時収入を得たのでした。
「イケメンダケかぁ。へへ、あのキノコそんな価値があるもんだったんだなぁ」
「ラッキーでしたねぇ」
「なぁなぁ、この売ったお金でパン男ロボ買っていい?」
思いがけない収入にすっかり気をよくしたワタクシは、アレクの願いに二つ返事で答えました。
「えぇえぇ、いいですとも!」
「えへへ、やったー! どれ買おうかなぁ……!」
アレクは大喜びでスマホを取り出してパン男ロボの通販サイトを見ています。
今回儲けた金額から考えると、彼が欲しがったロボットの玩具など取るに足らない出費でしたからまったく気になりませんでした。
「ワタクシもせっかくなのでスーツを新調しましょうかねぇ……」
こうして臨時収入を得て大満足だったのですが、これはまだ物語の始まりにすぎなかったのです。
毎日更新で全58話で完結予定です。ブクマしてお待ちいただけると励みになります。
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