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第19話:魔人のジンちゃん

 以前にワタクシ達の店に氏神のシロが来店して友人になったことはお話ししたかと思うのですが、また奇妙な縁ができましたのでお話ししましょう。

 アラビア半島を旅行していた兄のアレクサンドルが、急にいかつい男性を連れて店に帰ってきたのです。


 男性の身長は百九十センチ近くありそうで、筋肉の盛り上がりがたくましく、何か格闘技でもしているのでしょうか。道で出会ったら避けて通りたくなるような体格です。


「あら~! ここがアレクちゃんのお店なの~⁉ かわいい! 超かわいい~!」


 男性は野太い声で姿に似合わぬ話し方で「かわいい」と連呼しています。

 何者なのかわかりませんが、華やかなピンク色に髪を染め上げ、宝石と豪華な刺繍で飾られたアラビア風の服を着ていることから察するに、富裕層なのは間違いなさそうです。


「……アレク。そちらの方は?」


 隣でぼんやり突っ立っていたアレクは急にあたふたしたかと思うと、いきなり突拍子もないことを言いだしました。


「お、おう! 紹介する、こちらランプの魔人のジンちゃんだ。えっと、ジンちゃん。こいつが俺の婚約者のジェル……ジェル子だ!」


 ――え?


 すみません、理解が追いつかないのですが。ランプの魔人に婚約者にジェル子?

 よくわからない状況に困惑していると、魔人が一気にまくしたてました。


「んまぁ~、アレクちゃん。婚約者がいるってホントだったのねぇ~! あんらぁ~アナタ、なかなか可愛いじゃない~! 綺麗な金髪にお人形みたいな大きな青いお目目! 嫉妬しちゃうわぁ~!」


 魔人は両手を握り締め、ワタクシを見て大げさに感動しています。


「なぁ本当だっただろ? だから俺のことはあきらめてくれ!」


「あら? ジェル子ちゃんって女の子なんでしょぉ? なんで男物のお洋服なんて着てるの~?」


「いや、それはその……そういう趣味なんだよ! だから、なっ。もう、ほら、もう帰ってくれよ……」


 アレクはすっかり困り果てた様子で頭を抱えています。


 ワタクシが実は女性でアレクの婚約者で、男装が趣味。そんなバカな。

 そもそもジェル子ってワタクシ達はフランス人なのにありえないでしょうに。


 そう思っていると、アレクが近寄ってコソコソと耳打ちをしてきました。


「ジェル、すまん。付きまとわれて困ってるんだ。助けてくれ」


「なんですかあの人は」


「アラビアンナイトのランプの魔人だ。好奇心でランプを磨いたら出てきちまった」


「はぁ……魔人なんて初めて見ましたよ」


「俺だって初めてだよ。いいか、とにかく婚約者のふりしてくれ、頼んだぞ!」


「わかったから離れてください」


 ワタクシはすがり付くアレクを突き放し、魔人の方を見ました。

 ランプの魔人とはアラビアンナイトの「アラジンと魔法のランプ」という物語に登場する、願いを叶える能力をもつ魔人のことです。


「あなた、本当にランプの魔人なんですか?」


「えぇ、そうよぉ~? アタシのことはジンちゃんって呼んでねっ! 悪い奴に誘拐されてランプで封じ込められちゃったんだけどぉ~、アレクちゃんが助けてくれたのぉ~!」


「それは大変でしたね」


 アタシを封じ込めたランプがこれなのよ、とジンは店のカウンターに古びた金色のランプ置きました。


「なるほど。そのランプをアレクが手に入れた、というわけですね」


「そうなのぉ~! アレクちゃんってば超ハンサムだしぃこれは運命だわ~って思ったんだけど、おうちに婚約者が居るからあきらめてって言うから」


 それで確認の為に家まで付いてきたというわけですか。まったく迷惑な話です。

 ワタクシは眉間にしわを寄せてため息をつきました。


「とりあえずワタクシは関係ないのでアレクと交渉していただけますか? ワタクシは錬金術の研究で忙しいんです」


「おい、ジェル! じゃなかった、ジェル子! 俺を見捨てるのか⁉」


「慰謝料はあとで請求しますね」


「なんでそっちが慰謝料請求するんだよ!」


「あらぁ! じゃあ可哀想なアレクちゃんはアタシがもらっていくわ!」


「嫌だ~!!」


 魔人のジンがアレクの肩をむんずと掴んだその時でした。

 店の入り口から、ごめんくださいと若い男性の声がしたのです。


「あの、すみません。こちらで古いランプを見かけ……ジンちゃぁぁぁぁん!!!!」


「ダァ~リ~ン!!!!」


 スカーフを頭に被った白い服を着た若い男性が両手を広げると、魔人はアレクを放り出してすぐさま駆け寄りました。

 どうやらこの魔人、既に恋人がいたようです。


「よかった。無事だったんだね、ずいぶん探したんだよ!」


「ダーリン、逢いたかったわぁ~! 誘拐されて怖かったし、アタシ淋しかったのよぉ~!」


「ごめんよ、僕がランプから目を離したばっかりに。じゃ、うちに帰ろうか」


「えぇ、もう離さないでねぇ~」


 突然の出来事にポカンとしているワタクシ達の前で、ジンはこれ見よがしに顔を伏せて大げさに泣き真似をし始めました。


「うぅ……アレクちゃん、ごめんなさい! あなたがアタシを愛してくれる気持ちはうれしいんだけどぉ……しくしく。アタシ、ダーリンがいるからアレクちゃんの愛には応えられないの! 可哀想だけど、縁が無かったとあきらめて美しい思い出にしてね。サヨナラ~!」


「――あ、あぁ。よかったな。いや本当によかった……」


 アレクはそう言うと、気が抜けたのかその場にへたりこみました。


「それじゃアレクちゃん、ジェル子ちゃん、ありがとうね。アタシ実はいろいろ商売してるから、今度は取引先としてここに来させてもらうわね」


 こうしてアラビアンナイトのランプの魔人は恋人と一緒に仲良く帰っていきました。

 彼の中でアレクのことはおそらくモテ自慢の一(ページ)として刻まれたことでしょう。


「はぁ。とんだ茶番に付き合わされたものです」


 そんなわけでとんでもない出会いでしたが、ジンが最後に言った「今度は取引先として来る」と言ったのは嘘ではなく、この後も彼はいろいろと難題をもってくることになるのでした。

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