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第1話:ハッピー不老不死ライフ

「なぁ、ジェル。もし永遠に生きられるなら何がしたい?」


「ワタクシはこの世にある本を全部読みたいです。全部読んで世界で一番の物知りになってみせますよ」


「お兄ちゃんは世界のすべてをこの目で見てみたいな。俺も世界で一番の物知りになってみせるよ」


 ____________________


 ワタクシがヨーロッパから帰ってきた兄のアレクサンドルを迎えたのは、桜舞う春の日のことでした。


「ただいま、ジェル」


「おかえりなさい。……ふふ、アレクったら。頭に桜の花びらがついていますよ」


 玄関先でワタクシは微笑みながら、彼の黒髪に付いていた薄いピンクの花弁をつまみました。


「町のいたるところに桜の木があるのってやっぱり良いよなぁ。日本に住んで本当よかったって思うよ」


「ワタクシ達が日本に来て百年……いや、もっとになりますかねぇ。もう自分が何歳か数えるのも面倒になってきました」


 ――そう、ワタクシ達は不老不死が叶い、かれこれ三百年以上も生きています。


 錬金術師の家系に生まれたワタクシ達兄弟は不老不死を手に入れ、世界を転々としてから最終的に日本に移住して研究を続けていました。

 三百年も生きていると当然親しい人たちも亡くなり孤独になるものですが、幸い一番仲の良い存在である兄が一緒に永遠の時を生きているのでそこまで孤独を感じずに済んでいます。

 おかげでワタクシは好きなだけ知識を深めることができたのです。


「いや本当、日本はいい国だよな…………うわぁぁぁぁ!!!!」


 アレクがリビングのドアを開けると、目に飛び込んできた光景に驚愕の声を上げました。彼の青い瞳が驚きで見開かれ、形のいい口元はひきつっています。


 それもそのはず。そこには床に魔法陣が描かれていて、ワタクシが魔界から召喚してしまったスライムがうごめいていたのですから。

 三百年という長い時間はワタクシに錬金術だけでなく魔術という人並外れた知識をもたらしていたのです。


「いやぁ……召喚魔術でアレクを呼び出せば、帰りの旅費が浮いていいかと思ってやってみたんですが、失敗して魔界に繋がってしまいまして」


「今すぐ元のところに返して来い! うわっ、なんか分裂して増えたぞ!」


「いやぁぁぁ! 髪についた!!」


 スライムは急に跳躍してワタクシの長い金髪にベットリと絡みつきました。


「髪ごと切るぞ! 丸坊主か角刈り、好きな方を選べ!」


「絶対嫌です! アレク、何とかしてください!」


「そんなこと言われてもなぁ……あ、そうだ」


 アレクはワタクシの目の前から消えたかと思うと、台所から白い袋を持ってきて中身をまき散らしました。

 するとスライムの体がどんどん縮んでおとなしくなっていきます。


「何をしたんですか?」


「塩をかけてみた。ヌメヌメしてたから、ナメクジみたいに縮むかなぁって」


「そういえばスライムも体のほとんどが水分みたいでしたね」


 ワタクシ達は、スライムが縮んでおとなしくなっているうちに魔法陣に押し込めて、無事に魔界へ返しました。


「はぁ、疲れた。それじゃ、紅茶でもいれてきますね」


「まったくしょうがねぇなぁ」


 部屋の掃除が済んだ後、アレクは気を取り直して紅茶を飲みながら旅先の出来事を語りました。

 彼は珍しいものを見て歩くのが生きがいなので、日本に移住した今でもたまに海外旅行に出かけるのです。


「俺さぁ、向こうで逮捕されかけたんだよ。たまたま指名手配中のやつに背格好が似てたらしくてさ。警官に職業とか家族とか聞かれてマジで面倒だったわ」


「錬金術師と名乗るんじゃダメなんですか?」


「昔ならそれでよかったんだけど。今はそんなこと言ったら変な顔されるぞ」


「じゃあ、適当に社会的に信用がありそうな職業を言っておけばいいんじゃないですか?」


「社会的な信用って言うと医者か弁護士か?」


「それは無理ですねぇ」 


 ワタクシと二歳違いの彼も当然三百年以上生きていますが、見た目はせいぜい二十代半ば。ぼさぼさの黒髪に、黒のベストに紫のブラウス。これでは社会的に信用がありそうには見えません。

 ちゃんと手入れをすれば見栄えが良くなりそうなのですが、いかんせん素材は良いのに彼は無頓着でした。


「家族は? って聞かれたからスマホでジェルの写真を見せたけど弟って信じてもらえなくて。どう見ても女だろって言われた」


「ワタクシ、また女性だと思われたんですか……」


 アレクは実の兄弟なのですが、見た目は完全に正反対なのです。同じところと言えば青い瞳くらいでしょうか。

 ワタクシは彼に比べて骨格も華奢な上にサラサラの長い金髪なので、昔から兄弟と思われることはありませんでした。


「それで、えっと……何の話でしたっけ?」


「だから、職業だよ。表向きだけでいいから世界中を旅してても怪しまれないような肩書が欲しいんだけど何かいい方法ねぇかな?」


「それなら、輸入業者のバイヤーはどうですかね?」 


「それいいな! よし、実際にお店も作っちゃおうぜ。俺がバイヤーで、ジェルが店主な」


 アレクはずいぶん簡単に言いますが、錬金術と魔術の研究に人生の大半を費やしてきたワタクシが、いきなり商売なんてできるのでしょうか。


「あくまで表向きでいいから収支は気にしなくていい。ジェルの好きな物をいっぱい並べて、ジェルが理想とするお店にすればいい」


「好きな物ですか……そういうことなら、まぁできなくもないかと」


「よし、決まりだ! それじゃよろしくな、店主のジェルマン」


 こうして、兄とワタクシは日本でちょっと風変わりなアンティークの店「蜃気楼しんきろう」を始めることになりました。

 それが不思議な人たちとの出会いになるとは、この時はまだ知らなかったのです。

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