取引
せっかくレオンの気持ちを再認識できていいところだったのに、視線の先には魔王ギルがいる。あの男、何度邪魔しに来れば気が済むんだろう。カレンには怒りにも似た気持ちが沸々と湧き出ていた。
「きっ、貴様、カレンから離れろ!!」
ギルが慌ててレオンに叫んでいるが、知ったこっちゃない。しかしまたレオンが狙われるのは困る。そう思ってそっとレオンから離れると、レオンは名残惜しそうな顔をしてカレンを見た。
(やだ、子犬みたいで可愛い……!)
思わずときめいてしまうが、カレンから魔王へ視線を変えたレオンの表情は厳しい。
「……部下まで引き連れて何の用ですか。また国を荒らしに来たんですか」
ギルを睨みつけながらレオンはカレンを守るようにして手をかざす。
(さっきまで自分のことを弱いと言っていたのに、こういうところがやっぱり強いじゃない!あぁどうしようかっこいい!って、いけない、今はそういう状況じゃなかった)
「私もいるのよ、大人しく帰ってちょうだい」
「いや、別に国を荒らしに来たわけじゃないよ、取引をしに来た」
取引?なんだろう、嫌な予感がする。
「この国を攻めていたことは実は俺は知らなかった、部下が俺のためにと勝手にやっていたことだからな。一国を差し出せば俺が喜ぶと思ったらしい。だが、これはかえって好都合だ。国を攻めない代わりに、カレンを俺に差し出してほしい。カレンをくれるなら俺はこの国から手をひこう」
ギルの言葉に、そばにいた部下が慌てている。せっかく滅ぼして手柄にしようとした国を魔王は簡単に手放そうとしているのだ、そりゃ慌てるに決まっている。
「カレン、お前が俺のところに来るというならこの国は見過ごしてやろう。この国からも、その男からも一切手を引く。二度とその男の前には現れないし命も狙わない。だが」
スッと目を細めてレオンを見つめるギル。その瞳には禍々しい殺気が含まれていた。
「お前が俺の元に来ないというのであれば、俺はその男を絶対に殺す。お前達が結婚する前にその男を殺してしまえばその男の願いが叶うことはないのだろう。お前がいないところで八つ裂きにして、心臓をお前に差し出そう。お前がいなければその男はただの弱い人間だ。たとえお前がどんなにその男と一緒にいたとしても、一瞬の隙を見逃さない、俺は言ったことは絶対にやり遂げる、絶対にだ」
ギルは確かに有言実行の男だ。一瞬の隙をついてレオンを殺すなんてことは造作もないだろう。だが、そんなことはさせないとカレンは思う。そして同時にもう一つ、何よりも一番良い方法を思いついてしまった。
(もしも私がギルのところに行けばレオンもこの国も無事でいられる。大好きなレオンが、そしてそのレオンが大切に思うこの国が、それで魔王の脅威から解き放たれるなら……)
それはカレンにとって苦渋の選択であることには間違いない。だけど、それでたった一人の大切な愛する人を、そしてその人が大切に思う国を守れるのなら。
「断る」
カレンの思考を打ち消すように、キッパリとレオンが言い放った。
「俺は、どんなことがあってもカレンをお前に渡したりしない。カレンもあんな奴のところに行こうなんて絶対に考えたりしないでね」
レオンはまるでカレンの気持ちを察しているかのようにカレンの手をぎゅっと握って離さない。
(レオンは私の考えていることがわかるのかしら?いつからテレパシーを使えるようになったの??)
思わずうっとりしながらレオンを見ていると、その様子にギルは余計怒りをあらわにする。
「ほう、それではその男を殺すことになるな、それでいいんだな、カレン」
ギルがそう言ってカレンをじっと見つめた、その時。
ヒュン!!!!ドオオオオオン
ギルの背後から斧が振り下ろされ、ギルはそれを間一髪で避けた。ギルが避けた地面は風圧のせいか大きくえぐられている。
「遅くなってすまない」
「師匠!!」
そこには、一人のメイドが大きな大きな斧を構えていた。




