癖の強い使用人? わたしから辺境伯様の陣地へ行くなんて無理なんですけど
ブックマークと評価、いいね! を頂き、ありがとうございます。
とても嬉しいです。
最後までよろしくお願いします。
「はぁ~、今日も辺境伯様は、いらっしゃらないわね……」
窓の外を見ても、ブランドン辺境伯様の汗を流す姿は見られない。
安心すべきなのに、どうしてか、もの寂しい気持ちになる。
昨日から分かっていたことだが、私は朝から既に手持ち無沙汰だ。
朝食を済ませると直ぐに作業着に着替えた私は、部屋を後にした。
厨房はまだ忙しい時間だろうかと、内心冷や冷やしながらやって来た。
私は、遠慮がちにうっすらと扉を開け、そろりと覗く。
すると即行、にぱぁと笑ったイーノックさんと目が合う。
昨日とは、まるで別人。
その変貌にギョッとし、後ずさる私。
そんな私の心情は、全くお構いなしのイーノックさんが、犬のように駆け寄ってきた。
「マーガレット様っ! 昨日塗ってくれた軟膏のお陰で、火傷を負ったのが嘘のように過ごせています。厨房で作業をしていれば、火傷はよくありますが、痛みがここまで良くなる薬は初めてです。医者から貰った薬でも、ここまで効きませんからね。何てお礼を言えばいいのか」
昨日はだんまりを決め込んでいたイーノックさんが、打って変わってよく喋る。
元気になって何よりだ。そういう事にしておこう。
「効果があったと聞けただけで十分だから気にしないで。今日は早く治すために違う薬を持ってきたのよ。火傷の部位を診せて貰ってもいいかしら」
イーノックさんは大人しく、いや違う。
私が話し終える前から積極的に、火傷の部位を出している。
うん。見立てどおりの状態だ。
わたしは彼に細胞の再生を促す効果の高い軟膏を塗り、あとは、イーノックさんが自分で塗れるように、小さな瓶に詰めた軟膏を渡した。
私がすべきことは、これでやりきってしまった。
「なんか、凄い薬を碌な礼もせずに貰ってしまい、申し訳ないです」
「そう思ってくれるなら、私が厨房でお手伝い出来ることをさせてくれない? 暇で困っているのよ」
「恩人のマーガレット様に、させるわけにいきません。そういえば、さっき菜園で野菜を作っていらっしゃる方が、蜂に刺されたから、何か冷やすものはないかと厨房に来ていました。もし、それに効きそうな薬も持っているなら、彼に塗ってくれると助かります」
「そう、分かったわ。ちょっと覗いてみるね」
丁重に厨房から締め出された私は、彼から大袈裟なほどの見送りを受けている。
いい年のおじさんが、尻尾を振る犬のように手を振り、とても可愛く見えてきた。
何と言っても今日は遠慮はいらないのだ。
屋敷中どんなに自由に動き回っても、辺境伯様に遭遇することはない。
こうなれば、鬼の居ぬ間に思う存分、好きにさせてもらう。
思わず笑みがこぼれる私は、早速、イーノックさんから教えてもらった菜園へ向かうことにした。
聞いた名前は、ベン。1人でいる中年男性。
畑に立っている、いかつい体格のあの人で間違いないだろう。
「ベンさんで合っているかしら? イーノックさんから、ベンさんがハチに刺されたと聞いて、薬を持ってきたけど」
「はて? 見ない顔だが新しい使用人が入ったのか? 儂のために、高価な薬を用意するなんて、イーノックも随分と気が利くようになったもんだ」
「いえ、薬は私が煎じて作ったものです。効果は保証できますが、素人が作った趣味の品です。ですから、ベンさんが嫌でなければ、ですが」
「まぁ何でもいい。3日腫らしておけば、自然と治るもんだ。端っから医者に行く気もないしな。お宅の作った軟膏を試しに塗ってもいいだろう。効果がなくても、恨まないから安心しろ。もし、悪化すれば切り付けるかもしれんがな、ガハハハッ」
そう言うと、私の手に持っている小瓶を、彼にバッと奪われた。
しげしげとその瓶を見ているが、余りにも目つきが鋭い。
「あははっ、そうですか」
適当な相槌を打って見たものの、明日の私は大丈夫だろうかと、遠い目になる……。
「そうだ。せっかくだから、私も畑仕事を手伝いますよ。こういう仕事は少々自信があります」
「いやいや。これは儂が楽しんでやっておるから、気にするな」
「じゃあ、何か私にできる事はないですかね……。厨房から追い出されてしまって」
「お前さんに、打って付けの仕事があるぞ!」
「何ですか!」
私は目を輝かせ、食い気味にベンさんの提案に耳を傾けた。
「兵士の宿舎に行ってくれ」
ハイ論外。
問答無用に聞く価値なしのやつだ。
「あらゆる方向から却下します! ではっ!」
踵を返そうとしたところ、私の手を、ビクともしない力で掴んでくる。
「明日兵士たちの宿舎に、あんたの作った薬を持っていってくれないか? 儂のせがれもそこにいるんだが、明日演習から帰ってくる。稽古で負傷したやつらの薬が足りないのが実情だ。掠り傷程度の者は我慢するしかないと、ぼやいていた」
「いやいや、そんな恐れ多いことは出来ませんので、ご遠慮いたします」
心臓がバクバクと、大音量で鳴らし始める。
敵地に乗り込む依頼を、易々と受けるわけにはいかない。
「お前さん、儂にくれた薬の効果は、保証すると言っていただろう。噓なのか?」
「薬に問題はありませんが。……それって、今、ブランドン辺境伯様が行っている演習ですよね」
「明日、当主も屋敷にお戻りになるだろう」
「宿舎でバッタリと、ブランドン辺境伯様に遭うってことはありませんか……」
「ガハハッ、隊長様が宿舎に様子を見にいくことはない。マーガレットが屋敷の仕事をサボッているのがバレないように、宿舎へ行っている間は、菜園の手伝いってことにするから、大丈夫だ」
違ーう。私の問題は、そこではない。
今回は演技ではなく、本当に瞳を潤ませ、泣きそうな顔になっている。
そんな私の様子に動じる気配のないベンさん。彼の気迫と勢いに完敗した結果。
私の宿舎訪問は決定事項になってしまった。
万が一、あの「血を求める辺境伯」と呼ばれる方に、私なんかが、彼の仕事場まで押しかけているのが見つかれば、問答無用に切られてしまう。
ベンさん、違う意味で大丈夫じゃないです。
少しでも先が気になる、面白いなど、気に入っていただけましたら、ブックマーク登録や☆評価等でお知らせいただけると嬉しいです。読者様の温かい応援が、執筆活動の励みになります。






