マーガレットの初めてのお茶会
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私が借りている客間に、不貞腐れた顔のメイドが掃除道具を持って、ズカズカと入ってきた。
「ねえ、ちょっと聞きたいんだけど、いいかしら」
「……」
私は至って真面目な顔、それも、偉ぶることなく優しい口調でメイドに話し掛けた。
……それなのに。メイドは顔をふいっと背け、あからさまな無視だ。
はい、またそれだ!
――そうですか。分かりましたと、私はすくっと立ち上がり、何事もなかったように、勝手にお茶の準備を始めた。
私は暇を弄び、何かしたいと意気込んだ、……はずだった。
けれど、この屋敷に来てからというもの、部屋に引きこもりの生活を続けている。
独り言をつぶやく毎日。それが、もう1週間以上になる。
その理由は、たまにしか訪ねてこない清掃係と配膳係のメイドたち。
彼女たちへ私が話し掛けても、彼女たちは、私の顔を見ることはないのだ。
もちろん、彼女たちから返事も返ってこない。
それでいいのか? と思わず言いたくなるが、この件に関しては、実家で経験済みだ。
従者界隈では馴染みのやり口なのだろう。
手違いの妻に向けて、従者たちが親切にするつもりも、仕える気もないのは分かっている。
それでも1人くらい、私の話に耳を傾ける従者がいないかと、諦めずに声を掛け続けた。
……その結果がこれだ。この1週間、皆、そろいもそろってだんまりである。
私は絶賛、メイドたちの完成度の高い無視を提供され、先に進めないのだ。
そもそも、ブランドン辺境伯様の情報がなければ、こんな危険な屋敷の中を歩き回れるわけがない。
結婚初日、ブランドン辺境伯様から、「俺の部屋には近づくな」って言われた。
もちろん、従うつもりだし、意識して近づきたくても、その場所を私は知らないのよ。
そんな私は、「意図的には絶対に行きません。ご安心ください」と、彼にはっきり言える。
……けれどそれが大問題。
私にとっては敵の陣地も知らないのだ。
私が迂闊に歩き回れば、うっかり地雷を踏みに行くようなもの。
キョロキョロと周囲を窺う私の姿を、ブランドン辺境伯様が発見すれば、彼からは不審者にしか見えないだろう。
……いや、間違いなく不審者確定。処刑対象。問答無用であの剣で一振りだ。
私が屋敷をうろつけば、「血を求める辺境伯」と大それた名前のある方に、あっと言う間に餌食になる。その自信しかない。
どんくさくて、間が悪い。それだけは自覚して生きているんだ。
地雷のある場所を確認したい。けれど教えてくれる存在が現れず、時間だけが過ぎていた。
私特製の花茶。ふぅ~ん、いい香り。いつもであれば、お茶の時間はまだ先だ。
でも今日は、毎日の日課が一つなくなり、独り優雅な時間が、いつもより繰り上がっていた。
今朝、ブランドン辺境伯様の汗を流す姿を見ようと、ここ最近の定位置となった窓の傍で待っていた。
……けれど、今日に限っては一向に現れなかった。
流石に今日の稽古はないだろうと思う雨の日も、辺境伯様は、休まず鍛錬をされていたのに、どういうことなのか。
その状況に、何だか、少しだけ複雑な心境の私。
ブランドン辺境伯様が見られなくて、少し残念だと思っている自分と、あの恐怖の塊を見ずにホッと安心するような気持ち。
今朝は、その2つの感情が入り混じっている。
ブランドン辺境伯様は、お屋敷を空けることが多いとは言っていたけど、もしかして今日は屋敷を空けているのだろうか。
辺境伯様が危険な場所へ行っていないといいけど……。
って、また何を考えているの!
私が軍を率いる隊長である辺境伯様を気にするのは、余計なお世話にも程があるし、おこがまし過ぎる。
馬鹿、馬鹿、馬鹿。
私なんかに心配されたと知られたら、侮辱したって、また逆鱗に触れてしまうわよ。
余計なことを考えず、お茶を飲んで気持ちを変えましょう。
「ねぇ、その香り。マーガレット様は何を飲んでいるの? 今までかいだこともない香りのお茶なので気になってしまって」
声のする方を見ると、私の握るティーカップに興味津々のメイドが、のぞき込むように見ている。
突然、珍しいことが起きた。
……と言うか、今、初めてメイドの声を聞いたのだ。
なんと、清掃係のメイドが、私へ声を掛けてきた!
それも、まさか、向こうから私に興味を持つなんて。その、たったの一言で感動した私の瞳が、思わず潤みだす。
メイドの興味の対象。それは、私の自信作だ。
茶葉に、花の香りを移した花茶だ。
この香りをかいでいると、気分も落ち着くけど、茶葉に使っているのは肌を美しくする薬草。
でも、この薬草の難点は、効果が高いけど、お茶にしても全然美味しくないこと。
その難点を解決するために、花の香を移しているわけだ。
「私が作った、肌にとてもいいお茶なんだけど、良かったら飲んでみる?」
薬草は私の得意分野。少々調子に乗った私は、誇らし気に言ってみた。
その途端、メイドから、ふんっと大きな鼻息が聞こえた。
怒っちゃった? と、ビクつく私。
……結局のところ、小心者な性格は変わらない。
だけど、私の感情とは裏腹に、メイドが花の咲いたような満面の笑みを見せた。
「休憩時間になったら、他のメイドも連れてくるので、是非お願いしますっ!」
食い気味に言い切ったと思えば、手際よく寝具を変えて立ち去っていってしまった。
……何あれ……。
**
そうこうしていると、メイドたちがドタバタと私の部屋を訪ねてきて、私主催の初めてのお茶会が始まった。
子爵令嬢マーガレットとしては、お茶会を一度も開いたことはなかった。
私にとっての初めての招待客。それが、この3人のメイドたちだ。他の令嬢からは、あり得ないと思われるかもしれない。
けれど、私にとっては十分だ。
「マーガレット様、厨房からクッキーをくすねて来たわよ。お茶と一緒に食べましょう。イーノックが作るのは、最高なのよ!」
「嬉しいわ。私、クッキーが大好きなのよね」
彼女たちの気遣いに、内心ホクホクと喜んでいる私。
お菓子ひとつで飛び跳ねそうなくらい、感情が高まったことは恥ずかしくて教えられない。
詰めかけるようにやって来たメイドたちのペースで始まったお茶会。
いつもは無口なメイドたちも、休憩になればよく話してくれる。
仕事中は、恐らく自分の仕事に専念していたのだろう。
それが分かれば、私が彼女たちを勘違いしていたことにも気付く。
何より、ブランドン辺境伯様は、兵士たちと3日間の演習に出ていると、朗報を手に入れることもできたし、当主の部屋の場所もしっかり教えてもらえたのだ。
どういう理由か分からないが、無理っぽいお願いごとは、当主のいないときに、執事のニールさんへお願いすると何とかなる。
おそらく、ベテランのメイドだから知り得る情報なのだろう。
私は、この屋敷の裏技を教えてもらうことに成功した。
……それを聞き、笑いが止まらない。だって、今は辺境伯様は不在だ。
こうなれば今が最大のチャンスなのだ!
私はメイドたちと話をするのが楽しく、つい時間を忘れて話しこんだ。
令嬢として参加した、これまでの舞踏会。どの令嬢たちも自分がいかに輝いているかを主張していた。それでは、私の出る幕はない。
だからいつも、彼女たちと、うまく会話ができなかった。
けれど、メイドたちは肌荒れがひどいとか、髪の潤いがなくて困るとか、自信満々に競っていたのだから、妙に話が弾む。
「皆、この薬草茶、持って帰ってもいいわよ。それと手荒れには……、あった、この瓶ね。髪には、……こっちの瓶ね。欲しかったらどうぞ。半年後に持って帰るのも、ただ荷物になるだけだから、荷物整理に協力してちょうだい」
それを伝えた途端、同じお仕着せによって、見分けのつかないメイド3人が、興奮気味に喋り出した。
「マーガレット様、私たちのような者に、いいんですか?」
「馬鹿! くれるって言ってるんだから、いいのよ! ……嬉しいわ。だって、マーガレット様の美しい手と髪って、これを使っているんでしょう」
「私たち、マーガレット様の味方ですから、何なりと言ってくださいね。執事長ニールの部屋に用事があるんでしょう。ご案内しますよ」
「足りなければ言ってちょうだい。これくらいなら、その辺の林で材料は直ぐに採れるから、簡単に作れるわ」
どうやら、何かを始めるなら今が絶好の機会らしい。こうなれば早速、執事のニールさんの所へ行くしかない。
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