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客間から見える辺境伯の姿

最後まで、よろしくお願いします。

 私は、与えられた客間で、それなりに眠ったはずだ。

 ……けれど、何も考えずに意識を捨て去ることはできず、色々気になって早朝から自然に目が覚めた。


 朝日は既に顔を出し、窓から微かな光が差し込んでいる。

 それよりも……、不可思議な音が、私の心をドキドキと刺激する。それが、気になって仕方ない。


 ビュン――、ビュン――っと。それはまるで、私に起きろと言っているような、風を切る音だ。


 規則的なのに、私の胸をざわつかせ、不安を煽る。

 

 今、窓の外から聞こえる音は、子爵家の実家では見聞したことのない、初めてのものだ。

 けれど、ここで暮らす人物と彼の2つ名を知っていれば、何をしているか想像に困らない。


「……うぅ、嘘でしょう」


 鉄で作られた細長い板を振るだけで、よくもそんな大きな音が出るものだと、思わずうなってしまう。

 まだ、私は寝具に包まれて温かいのは間違いない。

 それなのに、その音を聞いてから悪寒が酷い。

「……」


 やめればいいものを、私は音に誘われるように、気が付けば、のそのそと、この部屋で一番大きな窓に向かってしまう。

 決して甘美な誘惑ではない。なのに、そうせずにはいられなかった。


 怖いものを見たい気持ちが半分、敵の力量を確認したいのが半分。

 そんな心境で、私は恐る恐る外へ視線を向ける。


「ギャッ!!」


 衝撃を受け過ぎないように、私はソレを見る前から想像をしっかりとしていた。

 ……にもかかわらず、背中に冷たいものがゾクッと走ってしまった。


「……はは」


 思わず私の口から、空笑いが漏れた。

 ブランドン辺境伯様の剣の素振り。


 それしかないと、勿論分かっていた。

 けれどだ……。


 すごいな。

 まさか、こんなに朝早くから、この屋敷の当主がいい汗をかいているなんて想像もしていなかった。


 もし目の前で、あの鬼気迫るブランドン辺境伯様にアレを一振りされれば、私なんかは完全に腰を抜かす凄まじい気迫だ。


 わたしは建物の壁に守られ、あの脅威とは相当に離れているにもかかわらず、……襲ってくる恐怖。

 殺気がダダ漏れだ。


 怖いのに目が離せないのはブランドン辺境伯様がしていることを、面白おかしく見ていていいことじゃないから。

 そんなことは、戦いを分かっていない私だって、分かっているもの。


 命を懸けて戦場に出るということは、鍛錬と言っても、あれくらい真剣になるのだと、背負っているものの重大さが伝わってきた。


 私なんて、貴族の社交界ばかりに気を取られ、世間を知らな過ぎたのかもしれない。

 私はブランドン辺境伯様のことを、少し勘違いしていた。

 生まれながらに、こんなに豪華なお屋敷にお住まいだから、努力なんてしていないと思っていたけど、全く違ったのだから。


 そう思えば思うほど、ヘンビット子爵家の対応が恥ずかしくなってしまう。


 こんなに、しっかりしている人に、我が家のやり方は卑怯過ぎる。


 常に国境を守って戦っている軍人。

 その彼を、だまし討ちをするような結婚。

 立場だって、ブランドン辺境伯様の方が子爵家の我が家よりも断然偉い。

 なのに、こんな大それたことをして……。

 お父様だって、それくらい十分に分かっていたと思うけど。


 リリーがお断りをすればいいものを、姉に押し付ける形で引き受けたのは、何か理由があるのかしら。


 両親は、私なんかが辺境伯様をたらし込めると思っていたのだろうか。

 いや、到底そんなことは思っていないはずだ。

 人々を魅了する妹のような才能。

 そんなものは、一欠片もないのは、知っているもの。


 ……辺境伯様を魅了する何てとんでもない。


 辺境伯様に結婚誓約書のことを、いけしゃあしゃあと伝えた私は、到着直後に処刑されるところだった。


 けれど、私のせいで今ごろ賠償金の話とか、大問題発展していたらどうしよう……。



 いやそれは半年後に、辺境伯様のご希望どおり、リリーが嫁いで来ればいいだけの話だ。

 何も知らないお金の話は、私には関係のないところでしっかりと解決してもらわないと、さすがに困る。


 それにしても、ブランドン辺境伯様は随分熱心に鍛錬されている。

 あの場所だけ、土が固まっているから毎日あの場所で鍛えているみたいだ。



 ……だけど。

 さっきからずっと、気に掛かる。

 ブランドン辺境伯様の左肩の動き。私から見ても、良くない。それどころか悪い。

 どこか怪我でもしているのだろうか。


 薬を塗れば治るものかしら……。もしかして、後遺症かなぁ。だとしたら、山に行って原料を採ってきて……。


 無意識って恐ろしい。

 辺境伯様に私なんかがそんなこと考えるなんて、余計なお世話だし、おこがましい話だ。

 はっきりと関わるなって言われたのに、私ったら馬鹿ね。


 私が、ぼーっと、何の薬が良いだろうかと考えていると、辺境伯様の動きが止まっていることに気が付くのが遅れていた。

 ハッとした私は慌ててしゃがみこみ、自分の体を窓の下に隠れさせることに成功する。


 あーっ、危なかった。

 どんくさい私は、かくれんぼはあまり得意ではないから、今の動きで心臓がバクバクしている。


 ブランドン辺境伯様が、こっちを見ていた気がする。

 顔は見ていないけれど、恐らく鬼のような形相だろう。

 明日以降も、のぞくときは細心の注意を払う必要がある。


 この客間。

 窓からすごいものが見られるとしても、1日中部屋に籠もっているのは、私には暇すぎる。


 こうなったら早く何か始めなくては、やっていられないわね。



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 この作品が新たな形になるために応援をいただきました、全ての皆様へ、心より御礼申し上げます。

■書籍タイトル
 妹に結婚を押し付けられた手違いの妻ですが、いつの間にか辺境伯に溺愛されてました~半年後の離婚までひっそり過ごすつもりが、趣味の薬作りがきっかけで従者や兵士と仲良くなって毎日が楽しいです~2

  WEB版の手違いの妻は、約11万2千文字で完結している作品ですが、書籍版の第2巻は、全編ほぼ書き下ろしです。

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 見てくださいませ!!
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