コミカライズ配信記念SS▶庭師のベンさんと過ごす、平和な一日
2026年4月3日に『手違いの妻』のコミカライズが先行配信されました!
これまで応援くださった読者の皆さまへの感謝と、コミカライズを記念して、SSを投稿いたします!
手違いの旦那様の率いる軍が出陣し、かれこれ一か月以上経つため、しばらく鬼の顔を見ていない。
ニールさん曰く、戻る前には必ず連絡があるとのことだが、その知らせはまだ届いていないみたいで、彼の身を案じてしまう。
無事でありますように、と願ってみたけれど、手違いの妻のくせにおこがましい心配である。
そもそも神に祈る以前の問題だ。
現実は、ブランドン辺境伯だけに、お守り代わりの薬を渡しておらず、彼以外の兵士の皆様に「かすり傷でも侮ってはいけない」と、傷へ塗る薬を渡しているのだから、夫を心配できる立場でもない。
とはいえ、この屋敷の主の留守が続くのは嬉しい。
ブランドン辺境伯には申し訳ないが、手違いの妻としては自由に伸び伸びできるのだから、最高である。
ここしばらくは、平穏を絵に描いたような日々を過ごし、ブランドン辺境伯がいるときにはできないことを堪能中だ。
今は、ベンさんの元へとやって来た。
鬼がいないのはいいわねと、背後にある建物の窓をちらっと見る。
ここへ嫁いで来た当初は気づいていなかったが、ベンさんの畑は、鬼の執務室から丸見えだったのだ。呑気にここにいれば、鬼に見つかる可能性が大きい。
それを知ってからというもの、手違いの旦那様の在宅中は、警戒心MAXにしながら、ベンさんの畑に来ていたのだから。
けれど今は不在中のため、青空の下、ベンさんの畑で薬の材料を物色させてもらう。
そう思っていると、まさに欲しい材料が目に留まり、歩みを止めた。
真っ赤に熟れ、地面に落ちたばかりのトマト。それが、そのまま放置されていたのだ。
生っている実をもぎ採ると、「儂の仕事だ」と怒られそうだけれど、拾うならいいわよね、と頼んでみっることにした。
「ベンさ~ん。ここに落ちているトマトをもらってもいいですか?」
「ああ構わんが、何もわざわざ落ちているのを欲しがらなくてもいいだろうに」
そう言いながら彼は、トマトを拾い上げた私の横に並んできた。ベンさんは怖い顔をしているけど、案外優しいから、私は嫌いじゃない。
ベンさんの顔を見ながら、思わず笑みがこぼれた。
「乾燥させて薬の材料にするんですが、しっかり熟した実ほど、薬効成分も多いので、これが丁度いいんですよ」
「ははっ、マーガレットから見れば何でも薬の材料なんだな」
「まあ、そうですね。植物を見ると『何に使えるかなぁ~』って、いつも考えてしまうので」
「へぇ~、やはりお前さんは、大したもんだな」
と言って、ガハハッと笑っている。
だが、笑いつかれたのか? 急に真剣な表情に戻ったベンさんが、不思議そうに首を傾げて続けた。
「ご当主がマーガレットを嫁にしない理由が、儂にはさっぱり分からんな」
「そうですか? 冴えない私なんかが妹の代わりに嫁いで来たら、嫌だと思いますよ」
「マーガレットの妹は、もっとすごい薬草師なのか?」
「ふふっ、まさか令嬢がそんなことをするわけないでしょう。妹は植物に触るのも嫌がるから、薬なんて作りませんよ」
「それなら断然マーガレットの方がいいだろう」
「ベンさんはリリーに会ったことがないからそんなことを言えるんですよ。妹は美人だし、私とは違って本当にモテるから」
それを聞いたベンさんは、目をパチクリさせると、驚きを隠せないと言いたげに口を開く。
「当主は薬草師のマーガレットより、美人が好みなのか? 儂なら断然マーガレットを選ぶけどな」
「本当ですか!?」
「ご当主は、女を見る目がないな」
と訝しむベンさんを見て、喜んでもいいかしらと勘違いしかけたが、そうではなかった。
「お前さんは、その辺の雑草を刈ってくれるし、子うさぎみたいで可愛いだろう。儂が傍に置いておくなら断然マーガレットだな」
薬草を持って嬉しそうに歩く姿を、うさぎにたとえられてしまったのか……私。
子うさぎですか……。
がっかりだ。ベンさん。それは妻ではなく「ペット枠」だからと、肩を落としながら真面目に反論する。
「仕方ないですよ。大半の紳士は綺麗なリリーを選びますし、私はそんな妹にちっとも似ていませんからね」
「な~んだ、ご当主は、若い美女にべた惚れなのか」
呆れ口調で言ったが、実際、ブランドン辺境伯はリリーにべた惚れなのだろう。
私が嫁いで来たあの日。リリーが来ると思い、エントランスで待ち構えていたブランドン辺境伯は、キラキラと輝く笑顔だった。
彼はリリーに会えるのを、余程楽しみにしていたはずだ。悲しいせいかな? 胸がチクッ痛い。
そんなことを考えていると、ほんの少しだけ寂しく思えてきた。
「なぁにマーガレットなら、せがれに頼めば嫁にもらってくれるだろう。そんな暗い顔をせんでも心配はいらん」
「ははっ、まだそんなことを言っているんですか? 息子の結婚に口出しする野暮なことをしていたら、カイルに怒られますよ」
「あ、まあ、そうだろうが、マーガレットがいなくなると儂が寂しいからな。このまま辺境伯領に残ってくれる方法を、老いぼれなりにいろいろ考えているんだ」
かつてないくらい真剣な口調で言い切った。
ベンさんよ。剣を握った手違いの旦那様が、私の元へやって来たときは、熊のようなお宅様を頼るので、今の言葉は忘れないでくださいねと、縋るような目で見つめた。
このときの私は、何も気づいていなかった。
まさか……遠征中の旦那様が、自分だけ私の薬をもらっていないことを知り、涙目になっていることなど、知る由もなかった。
お読みいただきありがとうございます!
なお、コミカライズは、コミックシーモア様で先行配信されています。現在第1話を無料で読めますので、河原シノ先生の元気いっぱいな手違いの妻の世界観を、ぜひ、お楽しみください。
作品を通して出会った全ての方に、自分ができる精一杯の御礼が、物語を届けることなので、これからも、頑張りますので、応援よろしくお願いいたします。
2026年4月4日 瑞貴







