書籍2巻発売記念SS▶ダンスの特訓
『手違いの妻』2巻が10月15日に発売されます。
発売は15日ですが、すでに書店によっては並び始めているところがあるようで、Kindleなどの電子書籍も予約がスタートしております。
2巻の発売を記念してSSを投稿します!
また、2024年10月19日まで、ライトノベル作家瑞貴主催の企画として、1巻のサイン本と私がイーノックのクッキーとしてイメージしていた北海道銘菓をセットにして5名様にプレゼントする企画を開催中です。
詳細はこのページの下に記載しておりますので、ふるってご参加ください。
よろしくお願いしますᐡ ̳ᴗ ̫ ᴗ ̳ᐡ♡
大広間へ来るようにと、ユリオス様から呼び出しがあった。珍しい。
一体なんの用事かしらと思いながら、大広間の中へ足を踏み入れると、ユリオス様とニールさん、そしてバイオリンを握る演奏家の視線が一斉に私へ向けられた。
私の到着を待ち切れなかったと言わんばかりに、嬉しそうな笑みを見せる旦那様が発した。
「体調は大丈夫か?」
「ええ、全く問題はありませんけど、何かありましたか?」
「隣国との領地争いに決着がついたことで、陛下が祝勝会を開くことになり、それに夫婦で出席しなければならなくなった」
「それはお断りできないのですか?」
「陛下の強い意向で、夫婦二人揃っての出席を命じられた」
「そうですか……それでは準備が必要ですね」
「いろいろ負担をかけて悪いな」
どういう意味かしら?
そもそもドレスや装飾品を準備するために、大広間に呼び出したのはなぜだろうと、小首を傾げていれば、ユリオス様が続けた。
「祝勝会では陛下夫妻と一緒に、一曲目のダンスを踊る必要があるんだ……」
それを聞いて、血の気の引く私は一気に青ざめた。
よりによって私の苦手なダンスを、観衆の注目が集まる中で踊る必要があるというのか⁉
駄目だ。私には到底無理だ。
大勢の中の一組として踊ることさえままならないのに、四方八方から向けられる視線の中で、平常心を保っていられるわけがない。
「も、もしかして、ダンスの特訓ですか……?」
「ああ、そうだ」
「お言葉ですがユリオス様……。私のダンスは、ちょっとやそっとの特訓では、どうにもならないと思います。改善できるものでしたら、さすがに今ごろもっと真面に踊れたはずです」
「大丈夫だ。マーガレットは心配しなくていいから。本番は俺がマーガレットに合わせてみせるから心配はいらない」
さすがユリオス様だ。
どんくさい私の動きなど、雑作もなく避けられるのだろうと安堵する。
だが、それならどうして私をわざわざ呼び出したのだろうかと、疑問が湧く。
じぃーっと彼を見つめていると、気落ち気味な彼が私の手を握る。
「ダンス中に足を踏まれそうになったら、俺が避ける方法で講師と実践してみたんだ」
「……そうですか」
「それだと、ダンスが不自然に見えるらしい」
「ということは、やはり私の特訓ですか⁉」
「まあ、マーガレットのためにも事前に練習をしておいた方がいいだろう」
ユリオス様と私が真剣にダンスについて語っていたのだが、その会話を横で聞いていたニールさんが、やれやれと言わんばかりに口を開く。
「まったく。ユリオス様はマーガレット様のことになると、いつも大袈裟なんですよ。ベン様がマーガレット様を狙っていると仰っていたかと思えば、今度はマーガレット様に足を踏まれて靴に穴が空いたなんて話を言い出すんですよ。そんな馬鹿げた話をどこの誰が信じるというのですか?」
「だから事実だと言っているだろう‼」
「必死に誤魔化さなくても、それはお二人のダンスを見ればすぐに分かりますよ」
そう言ったニールさんは、ユリオス様を訝しむような視線を向けながら、壁際へと避けていった。
「さあマーガレット。まずは音楽なしでダンスを始めてみるか」
音を立てないよう静かに唾をのむ私は、小さくこくんと頷く。
「ご期待に沿えるダンスはできませんが……」
「はは、大丈夫だから。マーガレットはいつもどおりでいいよ」
声に出して笑うユリオス様が、優しく髪をなでてくれた。
もうこうなれば、破れかぶれだ。
たとえユリオス様の足を踏もうとも、練習だから仕方ない。そう考え彼と向かい合った。
彼の「せーの」という掛け声で始めたステップで、開始早々、ユリオス様の足をむぎゅっと踏みつけてしまう。
焦ってユリオス様を見上げると、にこっと笑ってこう言った。
「気にしないでいいから、そのまま続けて」
「はい」
きちんと頭には叩き込んであるステップを順番に踏んでいるつもりなのに、なぜかうまくいかない。
私の超ド級に下手なダンスについて、始めは疑惑を向けていたニールさんが、目を丸くしている。
ユリオス様は大袈裟でもなんでもなくて、運動音痴の私が悪いのだと、状況を全て飲み込んだみたいだ。
そうなればニールさんの指導が飛ぶ。
「ユリオス様! 今、痛そうにしているのが顔に出ていました」
「悪い。そうだったか。さすがにヒールはきついな」
私ではなくユリオス様に指導……?
使用人から激を飛ばされ怒るかと思ったが、ユリオス様は前向きに受け止めているではないか。
そんな一言を聞いたにもかかわらず、またしてもぎゅっと彼の足先を踏みつけた感覚がある。
「ほら! また顔が歪んでましたよ。もっと笑顔で受け流してください」
「分かったが、同じところを二回踏まれるのは、我慢が難しいんだよ」
「言い訳してないで集中してください!」
あれ? っと思う私は、もしやと気がつく。
これって、ユリオス様の特訓なのかしら⁉︎
私のダンスのレベルを上げるより、彼の足の甲を鍛える方が早いと判断されたのか⁉︎
もう……。
なんだって私を一番に考えてくれる頼もしい旦那様なんだから……。
心の中でそう呟くと、優しい笑顔の彼が言った。
「俺の妻になってくれて、ありがとうな。この先もずっと愛してる」
踊りながら上手く言葉を返せそうにない私は、満面の笑みを彼に向けていればリズム感覚を完全に失い、ユリオス様の足を踏みつける回数が増えたのは言うまでもなかった。
本作をお読みいただきありがとうございます。
2024年10月15日に発売する2巻は、ほぼ書き下ろしの内容となっております。
気持ちが通じ合ったあとのマーガレットとユリオスの空白の半年を描いています。
お手に取ってお楽しみいただけると、とても嬉しいです。
これからも、本作ともども瑞貴をよろしくお願いします。(❁ᴗ͈ˬᴗ͈)。:.゜ஐ⋆*
2024年10月吉日 瑞貴