書籍化感謝SS▶手違いの旦那様とのかくれんぼ
書籍化を記念してSSを投稿いたします。
読者様の応援によって本作が書籍化されることになり、感謝しかありません。
本当にありがとうございます。
このSSは、エピソード13・14のころの裏話です!!
きらきらと眩しい太陽の光が部屋に差し込み、いつもどおりの清々しい朝だ。
急いで身支度を済ませた私は、客間の窓から優雅に鬼の観察を始めた。もうすっかり定着した朝の日課である。
今日の彼は、剣を一振りするたびに、何かを考えているようだ。次に剣を振り下ろすまで、いつも以上に間を置いている。
なるほどね。一つひとつの動きを振り返っているのだろう。真面目な彼らしいわね、と呑気に考えていた。
すると突如、どうしたことだ⁉︎ その鑑賞対象が、いつもとは違う動きを見せ始めた!
なんと前兆もなく全力疾走を始めたのである。
あれれ⁉ 急にどこへ行くのかしら、と彼の背中を見つめ、姿が見えなくなった……そのときだ──。
コンコンと部屋にノック音が響く。全身の身の毛がよだつ私は、鬼が攻め込んで来たのだと確信する。
それと同時に思わず「キタァアーー」と、漏れそうな声を喉の奥で押し殺し、怯えながら扉の方向へと振り返る。
だがしかし、私の心配は無用だった。その音の主は、「入りますね」と聞き馴染のある女性の声で、ホッと胸を撫で下ろす。
訪ねて来たのはメイドのお姉様だ。
「マーガレット様、何かお困りのことはありませんか?」
と言いながら、一番年上のメイドが、楽しげに部屋の中へと入ってきた。
以前のメイドたちであれば、私の部屋など必要最低限しか訪ねて来なかったのだが、お茶会を開催して以降、高頻度に世話を焼いてくれる私の味方だ。彼女たちの手が空けば、ちょいちょい私の部屋に立ち寄り、御用伺いをしてくれるのだから、ありがたい。
何より、この絶体絶命の窮地に、願ってもない救世主の登場である。
突然、猛ダッシュをした鬼の姿が、再び庭に戻っていることを期待し、窓の外を見やる──。
だが私の期待も虚しく、やはり鬼の形相をした手違いの夫の姿がない……。
その事実から身の危険を察した私は、メイドへ泣きそうな顔を向ける。
「たたた、大変だわ」
「どうかされましたか?」
「ブブブ、ブランドン辺境伯が、私を仕留めにここへ来るかもしれないわ!」
「ふふっ、またまた朝からご冗談を仰って」
「ち、違うわ。手違いの旦那様の殺気が、尋常じゃなかったのよ」
「当主の殺気がダダ漏れなのは、いつものことですけど」
「そうだけど……。少し前になぜか、血相を変えて突然走り出したのよ。きっと、ここに来るわ……」
「ふふっ、どうしてマーガレット様の元へ、ご当主がいらっしゃるのですか? あり得ませんよ」
私が必死に窮地について訴えかけたものの、冗談半分に笑われ、真剣に取り入ってくれない。
だが、次の瞬間──。
ドンドンッと扉を叩く衝撃音が、耳を塞ぎたくなるほど、大きく響く。
もはやそれはノックではない。そんな可愛い範疇を遥かに超えている。客間の扉を破壊する勢いで、誰かが扉を叩く。
それは誰の仕業だろうか? なんて、わざわざ音の正体を考える必要もない。間違いなく鬼しかいないだろう。屋敷を破壊しても咎められることのない人物は、一人しかいないのだから。
冷たい汗で背中を濡らす私は、小声で「ほらね」と、メイドのお姉様へ伝えた。
そう言われたメイドも、ゴクリと唾を飲むと、この異様な状況に驚愕し、両手で口を覆った。
目と目を合わせてくるメイドは、私の訴えが真実であると理解したようだ。
恐怖で肩をすくめる私はメイドと共に、今にも外れそうな扉を、ビクビクとしながら見つめる。
間もなくあの扉が破られるわね。そう確信し、生き延びる手段を模索した結果、窓からの逃走を考えつき、慌てて窓の鍵に手をやる。
すると、それを開けるより先に、頼もしいお姉様が胸に手を当て、ふんと鼻を膨らませた。
「マーガレット様、わたくしにお任せください。当主なんて、ちゃちゃっと追い払いますわ」
「そ、そんなことができるの……」
「心配はご無用でございます」
「私はどうしたらいいかしら」
「マーガレット様は声を出さずに、ひっそりと身を潜めていてください」
「で、でも、部屋の中を覗かれたら見つかるかもしれないわ」
「それでしたら、化粧室へ隠れているとよいですよ。中で音を立てずにいてくださいね」
背中をぐいぐいと押され誘導された化粧室で、息を殺してうずくまる。それと同時に手違いの夫の声が聞こえた。
「マーガレットに話がある」
でたッ! 鬼が語気を強め、早く出てこいと急かしているじゃないか! 衝撃的事実に動揺してしまい、後ろに倒れるように尻もちをつく。そのせいで背中がガンッと壁にぶつかった。
音を立てるなと言われていたのに、やらかしてしまった。まずい、まずいわと思う私とは裏腹に、お姉様は冷静だった。
「マーガレット様は、今、この部屋にはいませんよ。私共が掃除をするとお伝えしたところ、出ていきましたから」
声色一つ変えないお姉様の勇気に感動だ。咄嗟にメイド仲間がいることにしてくれた。
「嘘だろう。今の今までいたのにか?」
「タッチの差ですから、悪しからず」
そう言い切ると、バタンッと扉が閉まる大きな音が耳に届く。
それから少しして、扉をコツコツと叩く音がした。再び、ブランドン辺境伯が扉を開けろと催促しているのだろうと思ったメイドが、「だから、何ですか!」と扉を開けた。
そうすれば、お姉様の口から「あらっ⁉」と、気の抜けた声が漏れた。
たった今、控えめなノックをした人物は、どうやら鬼とは別人のようだ。
誰かしらと考えていれば、「当主はもういませんよ」と、イーノックの声が聞こえた。
廊下から来た彼が言うのだ。間違いないのだろうと安堵し、ゆっくりと化粧室の扉を開ける。
すると、にぱぁっと花を咲かせて笑うイーノックと目が合う。
「マーガレット様へクッキーをお持ちしました」
「まあ、嬉しいわ」
彼から差し出されたクッキーを素直に受け取ると、鬼の行方を尋ねる。
「ところで、ブランドン辺境伯はどこへ行ったのかしら」
「さあ? マーガレット様を探しに外へ行ったんじゃないでしょうかね」
「やっぱり私を探しているのね……」
「大丈夫ですよ。マーガレット様はなんの心配もございませんわ。わたくしたちが協力して、当主なんて追い払いますから」
「ありがとう。何から何まで助かるわ」
自信みなぎるお姉様が、私の返答を聞き、にっこりと微笑むと動き出す。
「さぁさ、クッキーも届いたことですし、お茶を淹れますね」
とはいえ、お姉様は仕事中よね? と思ったけれど、命の恩人に告げることでもない。いわば私たちは戦友ともいえる間柄だ。小さなことには、こだわらない。
窮地を一つ乗り越えた私は、頼もしいお姉様と、目を輝かせるイーノックと共に、楽しいお茶の時間を過ごした。
この日以降、鬼の襲来を目撃したお姉様と、それを聞きつけた他二人のメイドの訪問が、更に増えたのは言うまでもない。
お読みいただきありがとうございます!!
本作の第1巻が、2024年4月15日に一二三書房サーガフォレスト様から発売です!
書籍は、WEB投稿版からタイトルを改め、下記のとおりとなっております。
■タイトル■
妹に結婚を押し付けられた手違いの妻ですが、いつの間にか辺境伯に溺愛されてました~半年後の離婚までひっそり過ごすつもりが、趣味の薬作りがきっかけで従者や兵士と仲良くなって毎日が楽しいです~1
ちなみに、表紙やストーリーを彩る超絶美麗なイラストは、楠なわて先生が描いてくださいました!
広告バーナーの下に書影を貼っているので、画像だけでも見てください。
また、新作もぜひよろしくお願いします!
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私にだけ冷たい 最後の優良物件 から、〖婚約者のふり〗を頼まれただけなのに、離してくれないので【記憶喪失のふり】をしたら、激甘に変わった公爵令息から 溺愛されてます。
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