悪事の結果
※ ユリオス・ブランドン視点
―王城の夜会から6か月後―
「ユリオス様、遠征お疲れさまでした。お怪我もなくお戻りになって、嬉しいです」
遠征帰りの俺を、とびきりの笑顔で出迎えてくれたマーガレット。妻の顔を見ると、屋敷へ戻ってきたのだと実感する。
「マーガレット! やっと戻ってこれた。俺がいない間、変わりはなかったか?」
すかさずマーガレットを、抱きしめると頬にキスを落とした。
慣れたはずのキスなのに、妻は、相変わらず頬を微かに染め、照れ臭そうにしているのが、なんともかわいくて仕方ない。
「あっ、私、ユリオス様がいない間に診療所へ行ってきました。医師のお仕事が楽になったお陰で、新しく医師が集まって、ますます楽になったと言っていました。午後にも診察が受けられるように改善したんですよ」
何食わぬ顔で話しているが、全てはマーガレットの功績だろう。
自分の作る薬は趣味の閾値を超えていないと信じるマーガレットは、「素人の薬で良ければ」と、領地の至る所で薬を配っているようだ。
そんなマーガレットがかわいくてたまらないのだが、危険な話に妻が巻き込まれやしないかと、俺は内心気が気ではない。
マーガレットの薬の噂を聞き付けた人々が、領地の外からも、それを求めてやって来ているらしい。
その反響で、元々宿が多い辺境地にもかかわらず、領内の宿は、予約が取れないと耳にする。
「元々、患者の多くがうちの兵士だったからな、マーガレットのお陰だろう。それにしても、仕事が減ったのに、医師が増えたって、奴らはそれでいいのか? まぁ、それは、今考えることではないな。それより、3日後の用意は大丈夫か?」
「はいっ。私がボケッとしている間に、従者の皆さんがパパッと用意してくれたので、多分、大丈夫ですよ。あのぉ~、私、少し変わりましたか?」
マーガレットは結婚式に向けて何か特別なことをしたのか? 髪を切った? いや違うな。
俺と結婚して1年が経つのに、素朴な少女の姿は、何も変わったようには見えない。俺は何かを試されているのか?
「変わったと言いたいところだが、すまん、分からん。だが、俺にはマーガレットが一番かわいいのは、変わらんからな」
「まだまだ変わっていませんか。あっ、ユリオス様は、遠征からお戻りになったばかりで忙しいと思いますので、私、ベンさんと少し出掛けてきますね」
「叔父上と? 危険な所には行くなよ」
薬草でも採りに行くのか? まぁ、叔父上と一緒であれば問題はないだろうが。
「大丈夫ですよ、では、行ってきますね」
はしゃぎながら出ていったマーガレット。薬草を採りに行くにしては、随分と洒落た格好に見えたが、気のせいか。
****
「ニール、俺が不在にしていた2か月に変わったことはなかったか」
「マーガレット様が、診療所へ行ってきまして……」
「その話はさっきマーガレットから聞いた」
「あっ、そうですか。それで、マーガレット様が薬草採りを、お困りになっていました。こちらが欲しい薬草の一覧です。ユリオス様は、これからしばらくお時間もできますし、屋敷で一番体力もありますから、薬草採りの依頼を受けています。マーガレット様のお陰で、これまでずっと悩んでいた肩の調子も良くなったのですから、ここは、ユリオス様しかいないと思いまして」
「マーガレットはどうして直接俺に言わないんだ。ん? マーガレットは叔父上と今、何処へ行ったんだ?」
「あー、それはカフェですよ。カフェにいる少女に相談すれば薬を貰えると、各地に伝わってしまったので、ベン様は護衛です。マーガレット様はご自分の噂を知らないので、毎回、メイドたちに付き合わされてお茶を楽しんでいるだけですけど」
「馬鹿なっ。せっかく俺が帰ってきたのに、何故、叔父上が一緒に行くんだよ!」
「ユリオス様は、別の仕事があるからです。ご不在中に届いた手紙は、あちらにありますから目をとおしてくださいね」
「あー。また随分と届いたもんだな」
箱いっぱいに詰まった手紙を見て、思わず遠い目になる。
「お2人で目立つことをしてくるからですよ。半分は、あの伯爵に恨みのあった方々からのお礼状です。ですがマーガレット様の弟子希望や、怪しい招待状もありますね。あっ、あと、1か月前にマーガレット様のご両親がお見えになっていましたよ」
「結婚式で会えるだろう。どうしてわざわざ」
「リリー様の件があるので、華やかな席にしばらく顔を出せないからとのことで、マーガレット様と楽しそうに過ごされていました。ユリオス様へのお礼の手紙を預かっています」
「あ、ああ。……マーガレットに薬の価値を、知られてしまっただろうか」
「いえ。何故か、ユリオス様が適当に社交辞令だと言い張る薬の件を、子爵様は否定されませんでしたけど、脅したんですか?」
「おい、人聞きが悪いぞ。俺が誰かを脅すわけないだろう」
「はい? マーガレット様が絡むと見境無く、ベン様まで恋敵だと騒ぎ立てていた方が良く言いますね。じゃ、僕はこれで」
「事実だ!」
返事もせずに、ニールは立ち去ってしまった。
陛下からの書簡か――。
はあぁっ。わざわざ俺たちの結婚式へ、招待もしていないのに来るだって。ぬけぬけとふざけるな。マーガレットを王城でこき使う魂胆が丸見えだ。
もう一つ手紙が入っているのか? これは陛下からの個人的な手紙だな。
ウエラス前伯爵が釈放されるのか。
以前被害に遭った若い令嬢たちが、噂を立てられるのを嫌い、結局被害報告が誰からも出なかったのか。
マーガレットの連れ去り事件。それだけの罪状で、こんなに早く釈放されるとはな。
伯爵位を継いだ息子が、あの男を屋敷で引き受け、実質、伯爵家の中で幽閉と言うわけか……。
まあ、令嬢たちが泣き寝入りしたとはいえ、貴族たちの恨みは大きいからな。
今はウエラス伯爵家の価値が落ちた上、周りは敵ばかりだ。
成人したばかりの息子では、ウエラス伯爵の名前も、屋敷も、いつまでもつか……。
随分と長い手紙だな。
……陛下は本当にリリーとウエラス伯爵を2人で牢にぶち込んだのか。
リリーが毎日うるさくて敵わなかった、って、俺に文句を言うな。
これが、マーガレットの父親からの手紙か。
リリーに関する謝罪……。リリーは投獄中に妊娠して、結局、そのまま結婚するのか。
リリーが釈放されると聞いて、マーガレットが悩んでいないか、それをわざわざ心配して来たのか。
でも幸せそうだから来る必要は、なかったって。
まあな。あの直後、別の事で気が逸れたマーガレットは、事件をすっかり忘れているからな。
嫌な出来事を思い出させたくない俺は、あの日に関することは伏せたままだ。
子どもか……。
俺にもいつか、その知らせが届けば嬉しいが、こればかりは授かりものだ。
しばらく先の話だろう。
次回、最終話になります。
最後までよろしくお願いします。






