仕組まれた罠
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※マーガレット視点
「お、姉さまっ! 来てたんですか!」
聞き馴染のある甲高い声。それが後ろから聞こえたかと思えば、力強く腕を掴まれ引き止められた。
「リリー。あなたも来ていたのね」
対面したリリーに当たり障りのない声を掛けたが、本音では会いたくなかった。
先日の騒ぎの後なのに、リリーは何事もない顔で、私に話し掛けてきている。この神経が、私には不思議でならない。
だって。私は、あなたがユリオス様にご迷惑を掛けたこと、まだ許せていないんだから。
目をキラキラと輝かせるリリーから呼び止められ、立ち止まったのは私だけであり、横を歩いていたユリオス様は、彼に向かって手を上げていた方に、誘われるようにして行ってしまった。
あーあ。
ユリオス様は、なんだかご友人と2人で楽しそうにお話をしていて、会話に交ざるタイミングを完全に逃してしまった気がする。
夫のご友人に、挨拶もしない妻だと思われている気がしてならない。
やはり間違いない。2人で私を見ているということは、話題は私のことだろう。
「お姉さまに会いたいと思っていたら、本当にいるんですもの。よかったわ~」
妙にテンションが高い妹。こんなリリーが私に会いたい理由など、十中八九悪巧み。それくらい鈍い私でもちゃんと分かる。
今度は私に何を押し付けようとしているのだろうか。
「つい先日会ったばかりでしょう、またどうして……」
「お姉様へ、あたしの婚約者のウエラス伯爵様を紹介できるんですもの。会いたがっていたのよ、今、連れてきて紹介するわね」
「ねえ待って。お父様は来ていないの? 気になることがあって話がしたいのよ」
「うちのお父様が来るわけないでしょう。あたしの縁談話を断るのが面倒だからって、夜会を嫌っているんだもの」
「……そ、そうよね」
ウエラス伯爵様……。先日リリーが言っていた、我が家に届いた縁談話。それは本当だった。
だとしたら、お父様が私を子爵家から追い出したいほどに、嫌悪していたのも本当の話なんだろうか。
どうしよう、このまま私の好きなことばかりしていたら、ユリオス様にも嫌われる気がしてならない。
「それにしても、お姉さまってば、相変わらず地味な恰好ね。まあ、それがお姉さまらしくて丁度いいけど」
派手好きなリリーには良さが分からないのだろうが、このドレス、グラデーションに染められた手間のかかった生地を使っている時点で、どう見たって安易に着られるものじゃない。
まあ、実家では無縁のものだし、作業工程に興味のないリリーなら知らなくて当然だけど。
「マーガレット、俺の傍を離れるな」
声のする方へ目を向けると、表情を強張らせ耳まで赤いユリオス様が、走り寄ってきている。もしかして、私は叱られたのだろうか?
今日は失敗しないように、頑張りたかったのに早速これだ。
「ユリオス様、リリーの婚約者を紹介してもらおうと――」
「マーガレットは俺の妻なんだ。リリーの婚約者のことは気にしなくていい。踊りにいくぞ」
それを言い終えるより先。既に動き出したユリオス様に手を引かれ、会場の中心に向かっている。
まずい。ここまで来て、まともに踊れないなんて言い出せない。どうしよう。
振りもステップも頭では分かるけど、いざ動きだすと体が伴わないのだ。
自慢ではないが、私と一度踊った方からは、二度目の申し出を受けた経験がない。熱烈に踊りに誘う割には、踊り終わる前に大半の方が止めようと言い出す始末。
「…………。ユリオス様は、やっぱり踊りが得意なんですね」
「悪い、過去に一度も踊ったことはない。あの場から連れだすために思いついただけだ。頼むから俺に足を踏まれないように気を付けてくれ」
「……私は踏まれても気にしませんよ」
心の準備ができないまま始まった、軽快な音楽。
それに合わせて体を動かしているはずだけど、全く合っている気がしない。慌てて動きを速めれば、ぎゅゅぅうっと足の裏で思い切り何かを踏んだ感覚がある。
大変だ。これは間違いなく、ユリオス様の足だ。
開始20秒で、既に不安が高まる。
難しいステップでも、速いテンポでもない。それなのに上手く出来ずに、絶えず、むぎゅっと何かを踏みつける感覚ばかり。
これだけ踏めば、さぞかし痛がっているだろうと恐る恐るユリオス様の顔を見るが、眉ひとつピクリとも動かず平然としている。取りあえず大丈夫そうだ。
だからといって、これ以上の失敗は許されない。そう思いながらターンをすれば、ザクッと、新たな感覚が伝わる。
まさかとは思うが、ピンヒールで何かを踏んだのだろうか。と、なればそこは深い傷を負っている気がしてならない。
正面からユリオス様の顔を見るのが怖くなり、流し目でユリオス様を確認すると、なんと顔色一つ変えていない。流石だ。
ユリオス様が日頃から鍛えていて良かった。心からそう思った瞬間だ。
どうやら私が足を踏んだくらいでは、全く痛くないようだし問題はないみたい。
あれほど俊敏なユリオス様なら、私の足くらい避けられる気がするのに、意外なことに、過去に踊った方の中で一番の記録を更新している。
あー、馬鹿馬鹿。こんなことを、感心してどうするのよ。
百面相をされる方が、むしろ、ずっと無表情になっているんだから、これは怒っているってことでしょう。
……どうしよう。
ユリオス様の横に並んでも、相応しい妻でありたいのに、少しも上手くできない。
挨拶の一つもまともにできない妻で、その上ダンスまでボロボロ。少しも良い所を見せられない私を、好きになる理由が全く分からない……。
****
※ユリオス・ブランドン視点
マーガレットは嫁いで来た初日の不満を、俺に直接言ってこないが、やはり怒っているのだろう。まさに痛感している。
マーガレットは、足を踏むくらい気にしないと宣言したから、俺も気にするなと言うことだよな。
俺の足を踏むのは、わざとだろう……。
つま先で思いっきり俺の足を踏み付けるのは、間違えただけ。そう理解しようと思えば出来なくない。
だが、尖った踵でどうやったら踏めるのだ? 今、わざと後ろを向きかけて、ピンヒールでぐっさりと、俺の足の甲を踏み付けただろう。どうやら俺への恨みは相当に深いと見える。
彼女から踏まれないように躱すくらいはできる。が、それでは彼女の気が済まないだろう。
これは、俺が彼女に酷い態度をとった、その罰だと甘んじて受けている。だが、日頃鍛えている俺でも、足の甲まで鍛えているわけではなく、痛いものは痛い。情けない顔をしないように、必死に耐えているが、そろそろ限界だ。
……や、やっと終わった。
すると、踊り終えた途端、真っ赤になったマーガレットは何も言わずにテラスへ逃げていった。
そんなことぐらいで、俺が怒るわけがないだろう。
危ないから俺から離れるなと言っているのに。
もちろん視線を外すことはないが、どこか抜けているマーガレットが心配でたまらない。
アンドリューの話では、俺の敵ばかりだからな。
テラスへ足を運びかけた、その時だ。聞きたくない声が耳に届く。
「ブランドン辺境伯様、先日は突然押しかけて申し訳ありませんでした。あたし、あれから、とても反省していて、もしよかったら少しだけお話ししませんか?」
「謝罪は受け入れたから気にするな。俺はマーガレットを迎えいくから忙しいんだ。悪いと思っているならこれ以上関わるな!」
「お姉さまは、ダンスの直後は決まってテラスで涼んでいるんです。ほら、ここからだと、窓の様子も見えますし、お姉さまが入ってきたら直ぐに分かりますから」
「そうだとしても、俺はマーガレットの元へ行くつもりだ。悪いが俺を掴むその手を離さなければ、立場も弁えず俺に気安く触れる無礼者だと声を荒らげるが、それでもいいのか?」
全く懲りた様子のないリリーに、当然のごとく、いら立ちは高まる。令嬢相手と分かっているが、切羽詰まった俺は口調を緩める気はない。
妙な胸騒ぎが止まらないんだ。
「あっ、申し訳ありませんでした。お姉さまのところへ早く向かってください」
****
※リリー視点
きゃぁー。
あの辺境伯様の目つき、本気だわ。これ以上引き留めるのは無理。
ここで食い下がらなきゃ、手を折られるところだったわよ。
後は上手くやりなさいよね。
あたしはもう知らないんだから。
「うふっ」
笑いが止まらないわ。これでお姉さまも痛い目に合えばいいのよ。
あたしがどんなに嫌がらせをしても、平気な顔をして、いちいち頭にくるんだもん大っ嫌いよ。
いつも能天気なことばかりして、我が家に迷惑を掛けていたくせに、あたしが譲った夫と嬉しそうに夜会にやって来て。
そもそも、あたしが譲らなかったら、根暗なお姉さまなんて相手にされるわけがないのに。
今回は、感度の悪いお姉さまでも、少しぐらいは落ち込むでしょう。
どうせ直ぐに発覚するんでしょうけど、そうなればあたしの婚約が消え去るんだもの、好都合ってもんよ。ウエラス伯爵なんかと婚約させられて、どうしようかと思ったけど、神様はあたしの味方だったわね。
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