陛下との謁見
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※ユリオス・ブランドン視点
1年ぶりの王都へ向け、日頃乗ることの少ない馬車で3日間掛けて移動しているが、横には俺の顔を見て笑うマーガレットがいるため、時間があっという間に過ぎている。
「まさか、叔父上までマーガレットに粉をかけているとはな」
「そんなんじゃないですよ、行く当てのない私を心配してくれただけです。だって、ベンさんは既婚者ですから」
「マーガレットは知らないのか、今は独り身だ」
「え~。庭師じゃないのも知らなかったけど、そっちも知らなかったです」
「どうして叔父上の言葉は、真に受けて頼ろうとしたんだ?」
「それは、私のことをよく知っているからですよ。会った初日に社交辞令を言う方とは違いましたから」
「なあ、マーガレットには、そんなに言い寄ってくる男がいたのか?」
「私だけじゃないですよ、リリーの方が多かったですから。でも、父から、会って直ぐに気のあることを言ってくる男の人は、社交辞令だから真に受けないように教えられていたんです。特に紳士的な方は挨拶代わりに言うらしいです。あれ? じゃあ、ベンさんの話は本気だったのかしら」
首を傾げるマーガレットに、迂闊な入れ知恵をしたくない俺は、黙っておくことにした。
叔父上のことは妻帯者だと重ねて勘違いしていたおかげで、本気にしていなかったようだが、おそらく叔父上は、甥の嫁を本気で狙っていたはずだ。全く何を考えているんだか。
「ユリオス様は、私なんかのどこを好きになったんですか?」
素直なところも、優しいところも、小さくてかわいいところも全部いいが、こういうのはどうやって言えばいいんだろうか。
「まあ、全部だ」
「……そうですか。これといったところがないんですね」
「ちっ、違う。本当に全部なんだ」
「ふふっ、そんなに慌てなくても、分かりましたよ」
「そうか、良かった」
マーガレットがカイルの告白を真に受けなかったのは、「よくある社交辞令」と言っていたが、夜会では社交辞令で軽々しく令嬢を口説くものなのか? 紳士は挨拶代わりに口説くって話は、聞いたことはないが、それが普通なのか……。
俺は相手を喜ばせる会話なんぞ、したことあっただろうか?
いや、ないな。俺には無理だ。
思いつく以上の話ができないから、マーガレットに上手い言葉を掛けてやれずにいるんだから。
急ごしらえで用意した道中2泊目の宿。
もちろん俺たちは夫婦だし、マーガレットを1人にするのは不安で仕方がない俺にとって、別の部屋を取る理由はない。
「ユリオス様。私、ドレスを着て歩けるか自信がなくて」
そう言うと、湯から上がってきたマーガレットは、水を飲み干していた。
「大丈夫だろう。マーガレットを心配するメイドが用意したんだから」
「……」
返事のないマーガレットは、ふらふらとした足取りで布団に潜り込もうとしている。
「マーガレット、具合が悪いのか?」
「……」
横になっただけで、既に深い眠りについているマーガレットに布団を掛けてやり、頬を撫でた。だが、少しも動じる気配はない。
昨日は椅子の上で寝落ちしており、寝台まで俺が運んでいた。
馬車での移動が相当体に堪えているのだろうか。昼間は至って元気に過ごしているが、意識を失うように眠る彼女の体が心配になる。
余裕をもった移動にしたつもりだったが、帰りは1日の移動距離を短くした方がいいだろう。
正直、遠征に慣れ過ぎている俺の基準は、世間とはズレているはずだ。自分の感覚は当てにならないからな。
****
陛下が面会に使用している、謁見の間に向かう。
「マーガレット、ちゃんと歩けるか?」
「心配はいらなかったみたいです。だって、このドレス、まるで私のために作ったみたいにピッタリなんですよ」
「そうだろうな。あのメイドの3人が、マーガレットのために用意したみたいだ」
「あー、そういうことですか。このシンプルな感じが、目立たなくて済むから良かったなぁ、って思っていたんですよ。でも、実家に帰るって知っていたのにどうしてだろう」
鈍感過ぎるマーガレットを、笑えない自分がいる。
「陛下がいるのはこっちだ」
「あっ、はい」
20年前に奪われた国の領地を取り返すために、繰り返し兵を出しているのだ。
現時点で、土地の3分の2まで奪還に成功している。残り3分の1。
後は、時間の問題で全ての領地を取り戻せると断言できる。
だが、マーガレットと過ごす時間を作りたい俺としては、さっさと面倒な領地争いを片付けたいところ。
即位2年目の年若い国王陛下。
俺より1歳年下の陛下は、軍服を着ているくせに、自分が軍を指揮する立場にあることを認識していない。
領地奪還の進捗状況を報告するが、返答の歯切れが悪い。
陛下が動かないのであれば、こちらから促すまでだ。
「陛下自らの軍も動かせば、一気に攻め込んで早期に解決できるが?」
すかさず俺から目を逸らした陛下。軍を動かすのは、余程、面倒と見える。声の調子も上ずっている。
「いやぁ~、国の軍を動かさなくても、ブランドン辺境伯に任せておけば十分だろうぅ」
「何も遠慮は要りません陛下。我が家には、陛下の率いる一軍を受け入れる準備はいつでもできています。援軍はいつでも歓迎します」
「あー、きっと、私が向かったところで足手まといになるだけだ。奪還した後に視察へ行かせてもらうとするから、そのときに頼むとする」
「承知しました」
取りあえず、承諾する振りだけをしておいたが、来なくて結構だ。
戦争が全て片付いてから、国王の御一行を出迎えるのは、ただの面倒事でしかない。そんな話は御免だ。
何の役にも立たない話を、ぬけぬけと言いやがって。
「ところで、ブランドン辺境伯は結婚したんだよね。ご夫人のことは噂でよく聞いていたが、面と向かって会ったのは初めてだ。今晩の夜会は2人で存分に楽しんでいってくれ」
「……はい」
陛下の言葉の意味が理解できない。
マーガレットが噂になっていた。それも、陛下がよく耳にするほど。
それなのに、どうして俺はマーガレットのことを全く知らなかった……。一体どういうことだ?
社交界の噂は、アンドリュー侯爵から俺の耳に入る以外、ほとんど届くことはない。
マーガレットに、どんな噂があるのか知らないが、害になるものではないのか?
あとで、アンドリュー侯爵に聞いておくか。
華やかな令嬢やご夫人たちの中で、ある意味マーガレットの素朴な雰囲気は、目立つと言えば目立つ。噂と言うのは、そういうことだろうか?
マーガレットは知っているのだろうか? そう思い横にいるマーガレットに目をやると、俺以上に不思議そうな表情を浮かべていた。
そうだろうな。マーガレットは、薬に関する知識が高いせいで、見落としがちだが相当に鈍いから、自分の噂は何も知らなくて当然か。
****
※マーガレット視点
先代の陛下には、デビュタントのときにご挨拶したけれど、現国王とこんなに間近でお会いしたのは、初めて。
この場にいるだけで緊張するのに、ユリオス様は陛下を相手に堂々と会話をなさっているなんて、私が思っている以上に、影響力のある方なのかもしれない。
どうしよう。私は妻なのにユリオス様のことを何も知らない。妻としてしっかりしたいのに、これでは全然駄目だ。
それに、陛下は私たちの結婚のことに触れている。けれど「私の噂」とは、どういう意味なのか、それもよく分からない。
私って、知らないところで変な噂が広がっていたから、誰からも真剣に見向きもされなかったのかもしれないわね。
横にいるユリオス様も、不思議そうな顔をしている。彼も私の変な噂は知らなかったんだわ。
困ったなぁ。どんな噂なのか、怖くて知りたくないし、ユリオス様には絶対に知られたくない。
私の好きなところを、慌てて「全部」と言うのは、社交辞令の方たちと同じなのに、どうして嫌われるようなことばかり出てくるのよ。
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