逃げる妻と追うもの①
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視野狭窄で、勘違い、鈍い×鈍いでは伝えられないストーリーを、舞台を変えて拾い集めにいきます。
上手くやろうと無駄な奮闘をするマーガレットと、ユリオスの心が繋がる最後のときまで、お楽しみください。
※マーガレット視点
相当に信用のならない私は、ユリオス様に連行されるように部屋まで向かっている。
「ユリオス様。私だって手を引かれなくても、ちゃんとついて行きますよ」
「分かっているが、マーガレットは俺の妻だと、屋敷の人間に知らせておかないと、俺が不安で仕方がないんだ」
「ふふっ。心配なんてしなくても、皆、良くしてくれていますよ」
「それは分かっているさ。あのメイドたちも、マーガレットを心配して待っていたんだろう」
「あれ? ユリオス様が声を掛けていたんじゃなかったんですか」
「俺が応接間に着いたときには、あの3人は既に立っていたからな」
「そうだったんですか。優しいお姉さまたちで助かっています」
「あのメイドたちを、そんな風に言えるとはな……。当主の俺のことさえ平気で脅すような奴らだぞ」
まさか、私に親切なメイドのお姉様たちが、そんな命知らずなことをするわけがない。
「ご冗談が過ぎますよ。人を切らないと生きていけない『血を求める辺境伯』様と有名なユリオス様にそんなことをしたら、血の海だって分かっているから、誰もしないでしょう」
「はっ? 人を切らないと生きていけない? 血の海? なんだそれ。……マーガレット、もしかして俺のことを勘違いしていないか?」
「えっ。実家の従者から聞きましたよ。気に入らない人物を容赦なく斬りつける方だって」
「社交界の噂を従者が知っているわけないだろう。まあ、今ならその元凶は誰なのか、想像はつくが」
「あれ。でも、その2つ名は父からも聞いたんです。父の言葉は信用していたので、てっきりそうだと思っていました。私、騙されやすいので、結構用心深いんですよ」
「確かに、この国の領地を取り返すのに我が軍が動いているから『地を求める辺境伯』と、欲深い男だと噂されている」
嘘でしょう。まさかの勘違い?
そう言われて思い起こしてみても、山で常に私を気遣ってくれていたユリオス様が、そんな恐ろしい方には見えなかった。
もしかして、この半年間、私の盛大な思い違いだったのか。
え〜、それだと私がユリオス様から逃げ回っていたのは、無駄だった、ということなの。
「ユリオス様のこと……、私、凶悪な方だと思い違いをしていました。今まで、失礼なことをした記憶があります。なんだか申し訳ありませんでした」
「……だとしたらマーガレットは、俺が恐ろしい人間だと思っても、嬉しそうに嫁いできてくれたのか。……まずい、やはり駄目だ。俺は先を歩くから、マーガレットは俺の後ろを歩け」
そう言うと、ユリオス様は私の前を1人でズンズンと歩いて行ってしまった。
お馬鹿な勘違いをしていた私は、また、ユリオス様を怒らせてしまったようだ。
……でも、これくらいでめげちゃ駄目よ。私は妻なんだから、しっかりしないと。
気を引き締めた私が、ユリオス様を追いかけ行くと、当主の部屋の横にある扉を開けて待っていてくれた。
失礼な話を怒っていないかと気になって仕方がない私は、ユリオス様の顔を覗き込んでみたものの、顔をプイッと背けられしまう。……やはり不機嫌にさせてしまった。
「ほらっ早く入って、俺の顔より部屋の中を見た方が良いだろう」
「ごめんなさい。そうしますね」
その部屋の中を見た途端、見間違いではないのかと、何度も確認した。
机とソファー、小さなチェストしか置いていない広い空間。隣の部屋には、1人で眠るには大きすぎる天蓋付きの豪華な寝台がある。
「うわぁー」
何もないのが丁度良い。
こんなに広い空間であれば、薬草も干し放題で、私の趣味には最高の空間である。嬉しさと驚きで思わず声が出た。
「急で悪いが、近々毎年恒例の陛下との謁見がある。マーガレットも同行して欲しい」
「へっ、陛下との謁見!」
聞き捨てならない言葉に、心臓がドキリと跳ね上がった。
部屋に草を干すことしか考えていない私を、そのような場に連れていくなど問題はないのか。
いや、どう考えても私には無理だ。
思い留まって貰おうと、縋るような目でユリオス様を見詰めてみた。
「大丈夫だ、心配はいらない。俺1人で行くなら碌な休憩も取らずに馬で行くが、マーガレットと一緒であれば、そういうわけにはいかないのは分かっている。だが、それだと明日にでも出発しなければ間に合わない。王家主催の夜会もあるから、そのつもりで準備をしてくれ」
私の無言の訴えは、旅の行程ではなかったけれど、ユリオス様は、至って真面目な顔で答えている。
……どうしよう。
「ユリオス様、私、ドレスを持ってきていないんです……。ごめんなさい」
どうしよう。正式な妻になってから、1時間も経っていないのに、既に何度目の謝罪だろう。
「ニールが半年前に揃えているはずだ。あいつの仕事だから正直怪しいが、流石に1つくらいは気に入るのがあるだろう。マーガレットと、ゆっくり話もできずに悪いが、俺はこの後直ぐにニールとギャビンの元へ行かねばならない。急遽予定が変わったことを伝えてくる。まあ、なるべく早く戻るつもりだ」
辺境伯領であれば、派手な舞踏会への出席はないと思い込み、ドレスも持たずに嫁入りしてくる令嬢。
こんな私は端から妻として失格だと自覚した。
正直なところ、リリーのために用意したドレスを、私が着こなせるか自信がない。
ドレス問題を1人で考え込んでいるうちに、ユリオス様が部屋を出ようとしていた。見送りをせねば、せっかく手違いの妻を卒業したのに、これでは早々に妻失格だ。
「行ってらっしゃいユリオス様。帰ってくるの、待っていますね」
「ああ。行ってくる」
ユリオス様は大袈裟なくらい笑顔で返事をしてくれて、まさに、これが夫婦の会話だ。
そうだわ。私、やっと本当の妻になったんだ。暗くなってちゃ駄目よ。
私が誰かと幸せになる。そんなことはもう諦めていたのに、こんな日がくるなんて。未だに信じられない。
改めて、部屋の中をぐるりと見渡すと、ユリオス様は何も説明をしなかった、立派な扉がある。
隣はどこに繋がっているのだろうか?
あっ、そうだ。
この扉を開けるとユリオス様の部屋だろうから、私たちの部屋は繋がっているのね。
アレッ。と言うことは、さっき見た1人で使うには大き過ぎる寝台の意味ってもしかして、2人で使うのか。
待って、「なるべく早く戻る」って……。
もしかして。そうだ、そういうことだと断言できる。
私ったら、気が付かずに、「待っている」なんて呑気なことを言ってしまった。
半年前は、そのつもりで来た。それなのに、すっかり関係ない話だと油断していたのだ。
待って、まさか急にユリオス様と、初夜……。
……ど、ど、ど、どうしよう。
この年齢の私が、何も知らないと伝えたら、ユリオス様に笑われるかもしれない。
そもそも、それを伝えるのは、どのタイミングなんだろう。分んない、分かんない。
ユリオス様のお胸を見ただけで、卒倒しかけているのに、私はどうすればいいのよ。
……怖い。ちゃんと、妻として頑張れる自信がない。
こんなことなら、メイドのお姉さまたちに聞いておけば良かった。
そうだ、それを教えてもらうまで何とか先延ばしにすればいいんだ。
そうよ、その手があるわ。
ある名案が私の頭の中に浮かんだ。
こんなことで自分の趣味が役に立つなんて、捨てたもんじゃないわね。
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