追い返されるリリー
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※マーガレット視点
別棟の使用人部屋を去るべく、扉のノブに手を掛けると、ふと思い出す。
この場所に突然、遠征帰りのユリオス様が百面相をしながら、出掛けると言い出したんだ。ふふっ、今、思い返しても笑えてくるけど、凄く幸せな時間だった。
……結局。ユリオス様がどうしてそんな心境になったのか、理由は聞けず仕舞い。
私は、体の向きを変えると、慣れ親しんだ空間に向き合った。
「お世話になりました」
小さな声で呟きお辞儀をすると、私は想い出の詰まった部屋を後にした。
荷物を抱えて従者棟の外に出れば、眩しいくらいの太陽の光を感じた。それに、目が開けていられなくなり、思わず目を細めてしまう。
私が初めてここへ来たときも、こんな晴れた日だった。
唯一違うのは、嫁入り道具がなくなり荷物が軽くなったことくらいだ。
旦那様とのかくれんぼと鬼ごっこばかりで、夢に見たお嫁さんにはなれなかったけど、私の人生で初めてと言える、充実した日々を送ることができた。
……間違いなく、楽し過ぎる最高の時間だった。
「おいっ、マーガレット。荷物を持って何処へ行くつもりだっ!」
背後から聞こえた、がなり立てる声。
その怒気の強さに既視感を覚える私は、恐怖におののいてしまい、ビクッと大きく跳ねる肩で返事をした。
出会った日のニールさんも、今の私のような感情だったのだろう。
今日のこの瞬間まで、心の中ではニールさんを、オロオロの彼と呼んでいたのを反省した。
背後から感じる殺気。私が何を言っても裏目に出た、結婚初日と同じ顔のユリオス様がいるはずだ。
半年もお世話になったくせに、お礼も言わず立ち去ろうとしているのが、完全にバレている。……これはまずい。
ご自分の部屋で着替えをされていたはずのユリオス様と何故、外で出くわすのか? 理由がさっぱりわからず、己の間の悪さに白目をむきそうだ。
「まさかとは思うが、馬鹿なことを考えているんじゃないだろうな!」
悠長に感傷なんかに浸っている場合ではなかった。
これはもう、身に染みた条件反射である。ユリオス様のお腰の剣を確認しようとした私は、踵を返した。
だが、何も目に飛び込んでこないと言うことは、セーフだ。
「ちっ、違います。じっ、実家で諸事情がありまして、今すぐ帰ろうかと思った次第で、いや、何も逃げようとか、そんな恩知らずなことは考えていないですよ。ちゃんとユリオス様へ、お伝えしてからと思っていましたから」
それを聞き終えたユリオス様は、大袈裟なほど顔を引きつらせており、どう見たって私に呆れたと言いたげな顔をしている。
「少しはリリーを見習ったらどうだ。マーガレットを見ていると、リリーと姉妹だというのが信じられないな。ほら、その鞄を貸せ。俺が持ってやる。そもそもマーガレットがいるべき場所は、ここじゃないんだ。丁度いいから戻るぞ」
片手に持っていたカバンを、強引なユリオス様に奪い取られてしまう。
私だって、リリーのようになりたいけど、どうやってもなれないから悩んでいるのに……。
「リリーと……」
そう言いかければ、ユリオス様に話を止められた。
「取りあえず話は後だ。リリーが待っているから早く急げ」
「……」
「――? 何を突っ立っている。ほらっ、ボケッとしていないで歩け。日が暮れれば令嬢が乗っている馬車など、狙ってくれと言っているものだ。まあ、そうなれば、うちの兵士を護衛に付けてでも出ていってもらうけどな」
そう言って、わたしの手をグイグイと引っ張ると、ユリオス様は猛烈なスピードで歩き始めた。
「ぅうわっ。待ってユリオス様! 分かっています。帰ります、帰ります」
「マーガレットの手を離したら、どこに行くか、分からんからな」
私は手を引かれなくても、大急ぎで帰れます。
手を引かれたら、むしろ転ぶっ。転んじゃいます。
ユリオス様! 私はそんなに速く歩けないから、お願いだから手を離してー。
遠征帰りのユリオス様は、いつも奇行に走るのは、どういうことだろうか。
****
※リリー視点
「お姉さま、戻ってきたのね」
ちょっと、どうして外へ行ったはずのブランドン辺境伯様と一緒に来るのよ。
相変わらず空気が読めない、どんくさいことをしているわね。
お姉さまがそんなんだから、いつもイライラさせるのよ。
お姉様が片手に持つ陶器の箱。アレが薬ね。こうなった以上、私が作ったと言うのは無理があるけど、取りあえず、受け取ってあげる。
それでブランドン辺境伯様に持たせているカバンを受け取って、早く帰ってちょうだい。その腑抜け顔を見るだけで、目障りなのよ。
ここが王都から離れているのだけ目をつぶれば、何の不自由もない。
辺境伯様はチョロいし、問題ないわ。
「どうしたのかしらお姉さま? さっき仰っていたお薬は、それですか?」
ほらっ。困った顔をしていないで、早く渡してよ。
「マーガレット! それはリリーへ渡すものなのか? そうじゃないなら間違って渡すなよ。部屋から荷物を持ってきたということは、既にリリーとの話は終わっているんだろう。それならもう用はないはずだ」
「そうですけど、これは……」
「マーガレットとの話は後でする、取りあえずリリーのことだ。この屋敷には客をもてなす部屋はいくらでもあるが、先ぶれもなくやって来る、非常識な奴に貸す気はないからな」
えっ、さっきと話が違う。
「ブランドン辺境伯様、それはどういう意味ですか? だって、さっき私へ結婚を申し込んだままだって、話していたではありませんか」
「そうだな。俺はお前に結婚を申し込んだときに、相当な結婚支度金を送ったきりだ。ヘンビット子爵家からは、返金の素振りもないが、返金は必要ない。その金は、マーガレットの幸せのために俺がくれてやったものだ。そうと分かったら、こいつに要らない縁談なんか持ってくるな! お前の父親へ伝えておけ。生憎、マーガレットは俺の妻のくせに、次々と男どもが寄ってくるくらいだ。女狂いの男の後妻にする気はない」
「でも、父は既に我が家とウエラス伯爵様との縁談を決めていて」
「さっき、言っていただろう、自分には相手はいないってな。妹が嫁げば良いだけだ。初めからその予定なんじゃないのか? もうマーガレットは売約済みだ。この話はヘンビット家の当主へ、正式に手紙で伝えておく。そうと分かったら、これ以上俺を不愉快にさせる前に、さっさと帰れ」
嫌よ。このお屋敷の暮らし、元々はあたしに届いたのに。どうしてあたしが追い出されるの!
それなのに、意味の分からない薬ばかり作って、お父様を困らせていたお姉さまが、どうしてブランドン辺境伯様に庇われているのよ。
その阿呆みたいな顔、あたしを馬鹿にして。ただじゃおかないから。
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