姉に押しつけたい縁談
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※ユリオス・ブランドン視点
マーガレットに着替えてくると告げた手前、軍服姿で戻るわけにもいかず、取り急ぎ自分の部屋へ寄ることになった。
迂闊なところのあるマーガレットだ。そんな彼女を訪問理由の掴めないリリーと放っておくのが心配で、僅かな時間も惜しくてたまらない。
とりあえず適当な服へ着替えた俺は、大急ぎで階段を駆け下り、応接間の扉を開けた。
「キャッ」
「マーガレット、待たせて悪い……」
ソファーに1人で腰掛けるリリーが、驚いた表情を浮かべこちらを見た。
だが、それ以外の人影は見当たらない。マーガレットがこの部屋にいないのは、一目瞭然である。……何だか嫌な予感がする。
「マーガレットは何処へ行った? もう、話が終わったというわけではないだろう」
それを問われたリリーは、悲壮な色を見せると、言いにくそうに口を開く。
「姉とは、まだ話の途中でしたが……。姉の縁談の話を伝えると、席を外すと言って、いなくなってしまいました」
「マーガレットに縁談? 聞き捨てならない話だな」
「まあ、そうですね。ですが姉宛てに、ウエラス伯爵様との縁談が届き、それをお父様がお受けになってしまった、とお伝えしたのです」
「……ウエラス伯爵」
その名前に、俺のこめかみがピクリと動く。
この国で古くから続く家柄で、社交界では相当に顔の利く重鎮だ。
影響力の大きいウエラス伯爵からの申し出であれば、ヘンビット子爵家では断れない。そんなところだろう。
だが、未婚の息子はいるものの、その息子へ爵位を引き継いだとは聞いていない。それとも、俺の知らない、この1年の間に当主交代があったのか?
それにしても話が腑に落ちないな。
マーガレットの父親はその分別がありながら、何故俺からの申し出は何も言わずにマーガレットを送って来たんだ?
俺がマーガレットのことを考え込んでいると、俺の近くまで来たリリーが瞳を潤ませていた。
そんなリリーの心境は、俺にはさっぱり意味が分からない。だが、気にせず話を続ける。
「あの家はまだ息子に爵位を継いでいないだろう。ウエラス伯爵の当主はまだ父親のはずだ」
「はい。ご子息の方ではなくて、ウエラス伯爵様ご自身の縁談です。前妻の奥様が亡くなってから、まだ1か月足らずですが、既に後妻を希望されているのです。我が家の父がウエラス伯爵様に大きな恩があるために、どうしても断れなくて……」
なるほどな。俺はやっと、不可解なリリーの反応の意味を理解した。
「それはひどい縁談だな」
「……そうなんです」
ウエラス伯爵は、相当に悪評高い男だ。
女狂い。屋敷へ女性を連れ込んでは酷いことをしていると、年に1度しか王都へ顔を出さない俺でさえ聞いた覚えがある。
若い後妻を欲しがるとは……。どれだけ好き者なんだ。
ヘンビット子爵家が、ウエラス伯爵家との姻戚が必要だとしても、マーガレットは駄目だ。
彼女には好きな奴がいる。
マーガレットが好きになった、カイルだから俺が身を引くのであって、他の男に渡す気はさらさらない。
……もしかして俺のせいか?
マーガレットが嫁いできた当初。マーガレットとは半年後に離婚すると書いた手紙を送った。
あれを、覆す手紙を俺が送らなかったから、子爵家の当主が、既に政略結婚を引き受けたと言うのか?
いや。まあ、どちらにしてもマーガレットは俺と別れなければ、誰とも結婚ができないのは変わらない。それを心配する必要はないだろう。
ふん。ヘンビット子爵家の令嬢を望むなら、リリーがいる。それで十分な話しだ。
「マーガレットは部屋へ戻ったのか?」
「いえ。外の空気を吸ってくると、出ていったきりですが」
「……分かった。1つ確認するが、俺はリリーへ結婚の申し出をしたが、何故かマーガレットがやって来た。リリーには恋人や婚約者がいたのか?」
「あのときは申し訳ありませんでした。父が別の縁談を願っていたのですが、結局のところ、まとまらなかったみたいです……。ですが今は、そういった話は特にありません」
「そうか。それは良かった」
嬉しくなった俺は、リリーへ笑顔だけ返しておいた。
何の問題もない。ウエラス伯爵の相手はリリーで良いだろう。
どうやら俺は、女性を見る目があまりにもなかったらしい。
白々しい嘘ばかり吐くリリーの、どこが良かったのか。
俺の元へ偶然、マーガレットが来てくれて本当に助かった。
結果として、マーガレットをカイルへ託すことになったが、それでもリリーを妻にすることは避けられたんだからな。
「とにかく関係を整理する必要があるだろう。俺はマーガレットを探してくるから、リリーはここで待っていてくれ」
「承知いたしました」
そう言ったリリーは、うっすらと微笑みを浮かべる。
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※リリー視点
あたしに婚約者はいないと伝えた途端。必死に笑いを堪えていたブランドン辺境伯様が、この部屋を出ていった。
ちょっとやだ。ブランドン辺境伯様ってば単純すぎるわ。相変わらず、何でも簡単に信じちゃうのね。
「ふふっ」
そんなに慌てて向かったところで、外へお姉さまを探しにいったんじゃぁ、見つかりっこないわよ。
いくら間抜けなお姉さまでも、もう少しで、ここへ戻ってくるはずだもの。
怖い顔で入ってきたから驚いたけど、ブランドン辺境伯様ってば、あたしに婚約者がいないと聞いたら、あんなに嬉しそうに笑っちゃって。余程あたしを気に入ってくれたのね。
「あー、失敗したわ。やっぱり、初めからブランドン辺境伯様を選んでいたら良かった」
公爵家の方が爵位が高かったから、あっちの方が良く見えたけど、屋敷も調度品の豪華さも全部が全部、ブランドン辺境伯様の方が凄いじゃない。
公爵家の大きかったお屋敷でさえ、こっちを見たら小さく感じちゃうもの。
取り柄のないお姉さまの癖に、わたしのお陰で半年もいい暮らしができたんだもの、感謝して欲しいわね。
それに、騙されたお姉さまが真っ直ぐウエラス伯爵様のお屋敷へ行ってくれれば、あたしとウエラス家の婚約も白紙になる。
そもそも我が家に縁談を持ち掛けられたのは、ボケッと適当な返事をしていたお姉さまのせいなんだから、自分で責任を取るべきよ。
あたしは、あんな変態なんて絶対に嫌だから。
それにしてもお姉さまってば遅いわね。ブランドン辺境伯様が戻ってくる前に、薬を受け取りたいんだから、さっさとしてよね。相変わらずグズね。






