やって来た妹リリー
ブックマークと評価、いいね! を頂き、ありがとうございます。
読者様の応援、本当に嬉しく、感謝しております。
最後まで、よろしくお願いします。
※マーガレット視点
借りている使用人部屋は、お世辞にも広いとは言えなかった。
私の趣味を満足に楽しむには相当に狭くて、お姉様たちが気を利かせてくれ、ちゃっかり2部屋借りていたのだから。
そのうちの1つ。趣味専用の部屋に、カチャッンと、陶器同士がぶつかり合う小さな高い音が響いた。
この音を最後に、この部屋での作業、全ての終わりを迎えた。
上質な山茸を存分に採ってきたおかげで、自分なりに満足のいく薬ができた。
それは、ここで作った最後の薬が、これで良かったと思える出来栄えだ。
やっと彼の薬が完成したのだ。本当にギリギリだった。正直なところ、もう間に合わない気がして、途中で作業の速度を上げる羽目になった。
すぐに効く薬ではない。けれど、私との結婚生活を我慢できた期間位、この薬を塗れば、ユリオス様の左肩の調子は良くなると確信している。
ユリオス様であれば、気長に待てると分かる。だって、リリーとの結婚生活を、半年も先延ばしにできる程なんだもの。
私がユリオス様を好きな気持ちと、それを早く捨て去りたい想い。
リリーを望んでいると分かっていながら、彼を諦めたくない気持ち。
そんな未練がましい気持ちが、この薬を作っている間に、何度も自分の頭の中をグルグルと回っていた。
ユリオス様へのそんな恋心は、今、この箱の中の薬と一緒に閉じ込めて、完全に蓋をした。
ここに嫁いで来たときは、どうなるかと思ったけれど、充実した半年だった。
間もなくここを去る私は、この屋敷で過ごした日々。それを独りきりの狭い部屋で、心へ静かに刻んでいる。
乾燥中だった薬草も全部薬にした。みんなが使い慣れている薬は、兵士さんの宿舎に置いていけそうだ。
確かギャビンさんは、この薬がないと遠征には行けないと言っていたはずだ。
まあ、それは大袈裟な話で、私の趣味の薬よりも、医師や薬師から正規の薬を買えばいいだけなんだから。
この部屋には、もう何も残っておらず、全てが片付いた。
既に荷物もまとめ終えたことだし、後は、実家へ帰るだけだ。
いよいよ、この屋敷の人たちとお別れで、もう、お姉様たちとの、お茶会もできなくなってしまう。
実家へ戻れば、また独りきりに逆戻りで、ここでの賑やかな生活を知った後では、寂しい限りだ。
忘れ物はないかと、今一度思い返してみれば、すっかり忘れていた。
お姉様たちが言っていた、カフェへ行きたかったのに、薬を作るのに忙しくて行けなかった。
ユリオス様からお出掛けを誘われないかと期待したけれど、あれから機会はなく、……結局、行けず仕舞い。
今からでも、まだ、行ける気がするけど無理だろうか。
そのときだ。従者たちが、廊下をバタバタと騒がしく走っている音が聞こえてきた。おそらく、ユリオス様が帰ってくるのだろう。
ユリオス様の遠征の帰りを出迎えるのは、今日が最初で最後。私も従者たちに混ざって出迎えをして、頼んでみよう。
私の最後のお願い、「カフェに行きたい」それくらい叶えてもらっても、いいはずだ。
エントランスに集まった従者たち。彼女たちのお仕着せの方が、私よりよっぽど輝いて見える。
何てことだろう。久しぶりにユリオス様とお会いするのに、作業服のまま来てしまった。せめてワンピースに着替えていればよかったと、悔やまれるが、それはカフェに行く約束を取り付けてからでも十分だろう。
重い扉を従者が開くと、その中央にユリオス様が立っている。お姿を拝見すれば、考える間もなく言葉を発した。
「ユリオス様、お疲れさまでした――……」
……まだ、言いたいことは残っていたが、言葉を失った。
私の立場も弁えず、浮かれ気分でカフェなんかに行きたがった、自分が馬鹿だった。
優しいユリオス様は私に気遣ってだろう、満面の笑顔を向けてくれた。でも、それを素直に喜べずにいる。
「マーガレットが遠征の帰りを出迎えをしてくれるのは、初めてだな、変わったことはなかったか」
「はい……特には。でも、どうしてリリーが一緒に……」
分かり切ったことを聞く必要もないのに、思わず口をついた。
なんて間抜け質問だろうと、言った自分に呆れてしまう。
「屋敷の門番と話しているリリーを見つけたから、連れてきた」
「お姉さま、お久しぶりです。お元気そうですね」
できれば会いたくなかった妹が、ニコニコ笑っているが、その妹の姿に、私は息をのむ。
妹の着ている豪奢なドレス。全面に緻密な刺繍が施されて、幾重にも重なったオーガンジーの生地が目を見張るものだ。
どうやったらそんな素晴らしいドレスを着こなせるのか。自分の妹ながらに感心してしまう。
相変わらず綺麗な妹が来ると、私の地味さが更に目立つようだ。目を惹き付けて魅了するリリー、そして野暮ったいマーガレット、一緒には並びたくなかったのに。
「俺とマーガレットに会いにきたそうだ。俺は着替えてくるから、2人は応接室で話しをしていてくれ。後から向かう」
そう言うと、ユリオス様は走り去るように、いなくなってしまった。
そうなれば、姉としてリリーを放っておくこともできず、妹へ顔を向けた。
「お姉さま、案内してくれますか? それにしても、お姉さまったら結婚して半年も経つのに、ちっとも変わっていなくって、少し驚きました。もっと、妻らしく威厳があるかと思ったけど、以前と変わらず子どもみたいで、かわいいままなんですもの」
「そっ、そうかしら。リリーも変わっていないわね」
「ふふっ。お姉さまのその様子だと、ブランドン辺境伯様から少しも愛されなかったのね。そんな汚い格好しているからじゃないですか」
ユリオス様は至って普通にリリーを招き入れているのだ。リリーが今日来るのは以前から決まっていたのだろう。
どうやら手違いの妻も、待ったなしで終わりのようだ。
****
※ユリオス・ブランドン視点
門でリリーを見掛け、頭に血が上りかけた。また、ニールが適当な仕事をやらかしている、そう思ったからだ。
俺はマーガレットとリリーの前では、適当に着替えと誤魔化し、急いでニールの元へ向かった。
「ニール! リリーが屋敷へ来たが、また、お前が勝手なことをしたんだろう? 俺の不在中に受け取った手紙を全て出せ。マーガレットに話があるだけならともかく、俺に会うためなどと、ふざけたことを言っている。リリーの訪問をニールが許可したのかっ! あーっ、もうっ。いつも大目に見ていれば調子に乗って、どんどんエスカレートしやがって、いい加減にしてくれ!」
「ごっ、誤解ですって。僕は何もしていないですよ。ヘンビット子爵家からは何の手紙も届いていません。ご不在中に特に変わったこともなければ、こちらに置いた手紙が全てですから確認してください」
そう言い切ったニールから、平たい木箱の中に何通か重ねられた手紙を渡された。
それを乱暴に取り上げると、ざっと差出人を確認した。
どうやら、本当にヘンビット子爵家の名前は見当たらない。
……ということはニールが、リリーの件を承諾していないってことか。
いつも勝手なことをしているニールが、とんでもない依頼を受けたのかと肝を冷やした。だが、俺の完全な思い違いだったようだ。
まあ、当然と言えば当然だ。ヘンビット子爵家の当主は、リリーが俺との結婚を嫌がったと正直に伝えてきたのだ。今更、俺がリリーとの結婚を望むわけがない。それは、双方の共通認識だろう。
……となれば、リリー……。
当主から手紙がないということは、リリーの単独行動なのか?
だとすれば、俺の身分を舐めているだろう。
事前の約束もなしに、我が家へやって来るなど非常識もいいところだ。
その辺の貴族達と担う役割が全く違うブランドン辺境伯の立場は、この国でそう気安く関われる家ではない。それも分からんのか。全く呆れるな。
ニールが勝手に招待したと思い込んでいたため、マーガレットとリリーを2人にしてきたが、大丈夫だろうか。
リリーの企みが分からない以上、2人の元へ急いで戻るべきだな。
マーガレットが、リリーから何か変なことでも言われている気がしてならない。
少しでも先が気になる、面白いなど、気に入っていただけましたら、ブックマーク登録や☆評価等でお知らせいただけると嬉しいです。読者様の温かい応援が、執筆活動の励みになります。
誤字報告を送っていただきました読者様ありがとうございます。誤字ではなくても、置き換えた方がいい、その様な報告も大変ありがたく受け取っております。
読みにくかった読者様申し訳ありません。