夫が渡した結婚支度金の行方
ブックマークと評価、いいね! を頂き、ありがとうございます。
最後まで、よろしくお願いします。
※ユリオス・ブランドン視点
俺が兵士たちの宿舎から屋敷へ帰れば、出迎えのために待つニールと共に、マーガレットもエントランスに立っていた。
彼女は服装に無頓着なのだろう。いつも、質素なワンピースか年季の入ったズボン姿。そのどちらかで、全く派手な印象はない。むしろ、それを好ましく思う俺にとっては、可愛く見えて仕方ないが、今更ながらに伝える機会を逃してしまった。
あと2週間もすれば、離婚の誓約書を大聖堂に提出できるが、彼女から申し出がなければ、俺からマーガレットに、それを切り出すつもりはない。
屋敷の奴らもマーガレットが居るだけで、喜んで仕事をしているようだし、俺は屋敷で彼女の顔を見られるだけで、幸せだ。
何よりも。彼女以上に気持ちを揺さぶる女性は見つかるわけもなく、マーガレットとカイルの結婚を見届けた後に、頭を冷やしてからでなければ、俺は次の結婚へ動きだせる気がしない。
嬉しいのか、悲しいのか複雑な心境だが、離婚が差し迫る今頃になり、俺たち夫婦の関係が変化している。
山へ一緒に登った日以降、マーガレットと何処で会っても、彼女から話しかけてくるのだ。
今まで、俺がマーガレットを追いかけていたのが、嘘に思えてくる。
今だって、彼女が少し憂いを帯びた雰囲気で、俺に話しかけようとしている。
「ユリオス様……、明日から、また出陣なさると聞きましたが……」
いつも笑顔でいることの多いマーガレットだが、神妙な面持ちを見せた。
おそらく彼女の不安は、カイルを案じてのことだろう。
「ああ。そうは言っても、ここから一番近い基地へ行ってくるだけだ。兵の奴らもみんな、2週間もすれば戻ってくる」
明日から出発する遠征の予定を伝えると、マーガレットは打って変わって笑顔になった。
途端に花が咲いたような反応を見せる理由が、俺であったなら、と心の中でそっと、願ってしまう。
「良かった。また、長期で不在になるのかと心配していたんです。あの~、ユリオス様には必要ないと思いますけど、私に何か出来ることはありませんか?」
にこにこと頬笑むマーガレットに見つめられ、断る理由もない。
マーガレットの薬。俺にとっては、別になくても困るものではないが、他の奴が持っていれば、妬む気がしてならない。以前の遠征では、俺だけが貰えなかった彼女の優しさだ。
俺も、彼女に甘えたい。
「以前、渡してくれた疲れを取る薬。せっかくだから、それを持っていきたいが……」
「ふふっ。分かりました。では、後からお部屋に持っていきますね。その後は、兵士の宿舎の中を回りますね。最近、忙しくて足を運べていないんですよね」
「マーガレット。宿舎の中を1人で歩くのは危ないから、カイルから離れるなよ」
「こう見えても大人ですから、心配し過ぎですよ。どんくさい私でも、流石に宿舎の中で迷子になりません。でも、荷物持ちがいてくれると助かるので、そうしますね」
真面目な顔のマーガレットは、自信気な口調で話し終えた。
迷子……。おいおい、問題は別だ。兵士の宿舎は、マーガレットを狙う奴らの巣窟だろう。
大丈夫か……。相当に腕の立つ薬草師の一面があるから惑わされてしまうが、マーガレットは、一見しっかりしているようで、まるで子どものようだ。
それに、人が好過ぎるところも危なっかしい。
彼女との関係も、そろそろ最後だろう。結婚以来、気になっていたことを後で聞いてみるか。
****
※マーガレット視点
ユリオス様のお帰りは、2週間後と聞いて、ホッとした。
2人で採りに行った山茸の乾燥に時間が掛かり、まだ、ユリオス様にお渡しする薬ができていない。なのに、また、2か月もいないとなれば、薬を直接お渡しできなくなるもの。
最後のお礼くらい、自分でしっかりすべきだと思うから。
ユリオス様が遠征からお戻りの頃には、ちゃんと完成するはず。これで、ユリオス様へ想い残すことなく、実家へ帰れる。
もうそろそろ、帰る用意を始めなくてはいけない。とは言っても私の荷物は薬ばかりで、適当な普段着を鞄に詰め込めば直ぐに終わる。
住めば都。まさにそのとおりで、使用人の宿舎があまりにも居心地が良かった。
毎晩、お姉様たちが、この部屋を訪ねてきて楽しかったし、荷物になる薬は、全て置いていっていいと、親切にしてくれる。
本邸までの移動中、私の姿を見つけたベンさんが、駆け寄ってきた。
「マーガレット、お前さん本当にここを離れるのか?」
「そうですよ。初めからその予定ですから」
「カイルの嫁になるのは、そんなに嫌か?」
「ふふっ。もうベンさんってば。絵に描いた紳士のカイルに、私のような地味な女は釣り合いませんよ。ちゃんと身の程はわきまえていますから」
「それなら、儂と結婚したらいいんじゃないか。実家に帰っても、何の当てもないんだろう。お前さんがいなくなったら、儂の話し相手がいなくなるからな」
「う~ん。ベンさんのことは嫌いじゃないし、嬉しいけど。駄目ですよ、そんなことを簡単に言ったら。私、急ぐのでもう行きますね」
モテない私にとっては、大変ありがたい申し出。でも、これに食いついてはいけないことくらい分かる。
だって、庭師のベンさんに、息子がいる時点で既婚者。問答無用に論外だ。
ユリオス様の部屋の前。
扉をノックした後から、乙女の妄想が始まった。
……アレのせいだ。
以前見てしまったユリオス様の、逞しいお胸――。
見れば恥ずかしいくせに、引き締まった体を拝見したくて、あの姿で、また現れないかと期待をしているのだ。
「待たせたな、マーガレット。ん、顔が赤いが熱でもあるんじゃないのか?」
「部屋から走ってきたせいなので、気にしないでください」
軍服を着たままの真面目なユリオス様に、まさか裸で出て来て欲しかった、なんて言えるわけない。
「そんなに急がなくても良かったのに、気を遣わせて悪いな。それと、俺からも聞きたいことがあるんだが、いいか?」
「構いませんけど」
「マーガレットが俺の屋敷へ来ることが決まって、お前のために何か買ってきたものはあるのか?」
「……申し訳ありません、質問の意味がちゃんと分からないのですが、半年くらい前に何か買ったか? と言うことですか」
「ああ、そうだ」
「それなら、えっと……。確か、父からユリオス様の元へ行くのに必要なものを聞かれたので、買って貰ったものがありましたけど」
「嫌じゃないなら、何を買ったか教えてくれ」
「薬を入れるために使う瓶や袋をいっぱい買っていただきました」
「本当に、それだけか?」
「はい。他に必要なものは思いつきませんし。それが何か?」
頭の中で問われた理由を考えてみたが、私には見当もつかない。
「いや、こちらの話だ。この薬はありがたく受け取っておく。俺は明日早いから、マーガレットが起きたときには、いないだろう。留守を頼む」
「あ、はい。お気をつけて」
どういうこと?
わざわざ聞くようなことかと、腑に落ちないながらも、ユリオス様の部屋を後にした。
少しでも先が気になる、面白いなど、気に入っていただけましたら、ブックマーク登録や☆評価等でお知らせいただけると嬉しいです。読者様の温かい応援が、執筆活動の励みになります。
誤字報告を送っていただきました読者様、ありがとうございます。






