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すれ違うふたり

ブックマークと評価、いいね! を頂き、ありがとうございます。

最後まで、どうぞよろしくお願いします。

 ※ユリオス・ブランドン視点


 ……マーガレット。

 彼女のことが好きだと気付いた後は、彼女の全てが愛おしく思え、危なっかしい彼女を守りたい一心で山から下りてきた。


 そして、無事に屋敷へ戻れば、それまで張り詰めていた、もろもろの感情が一気に静まった。


 自分の部屋へ戻って直ぐに向かった浴室。シャワーを浴び終えた俺は、タオルを腰に巻き、手足をだらりと伸ばした体勢で、ソファーに体を預ける。

 髪もまだ濡れたままだが、しばらく何もする気になれなかった。


 遠征直後の疲れもあるが、女性を口説くという、やり慣れない高度なことを、もう考える必要がなくなったせいなのか……。

 それとも、自分がもっと早く、彼女への気持ちに気付いていれば、こんな結果にならなかった。悔やんでも悔やみきれない、そんな気持ちからか、湯で温まった体が冷えるのを感じつつも、そのままでいたのだ。



 悶々とする俺が、動けずにいたときだ。

 静まり返るこの部屋の扉を、遠慮がちにノックする音が響き渡る。


 日頃から、俺が部屋にいると知りながら訪ねてくる者は、ニールだけ。


 少々億劫な気持ちを抱きながらも、急に屋敷を空けた俺に急ぎの報告だろうと、勢いよく扉を開けた。


 すると、両手で何かを握るように持ったマーガレットが、部屋の前に立っていた。

 それを見た瞬間、俺の顔を、たらりと冷や汗が流れたのを感じる。


 ……やってしまった。

 ニールだろうと思い込み、自分の格好を気にもせず応対したが、マーガレットだ。


 そうだった。あれは、山を降りる直前のことだ。マーガレットは俺の部屋へ来ると言っていたはずだ。


 ……信じられん。

 気が抜けたせいだろう。油断してしまい、すっかりそれを失念していた。


 マーガレットから「俺の部屋を訪ねてもいいか?」と、問われた直後、俺はマーガレットとの、よからぬことを期待した。彼女の反応から、そうではないのは直ぐに分かったが。


 ……いや、男なら普通だろう。部屋に行くと言われた上、一晩中、マーガレットの温もりを感じていたのだから。


 だが、……この状況はヤバい。

 これではまるで、俺がその気で待っていた男のように見えるだろう。


 決してそうではないが、これでは……、俺は、……ただの変態じゃないか?


 違う! 違うぞ! 部屋を訪ねるマーガレットを、あわよくばと狙っていたわけではない。

 それを否定するのも、もはや不審な言動に過ぎないだろう。


 己の中で、マーガレットへの言い訳を考える事ばかりに集中していたが、焦る俺の心情を余所に、マーガレットは至って淡々と用件を伝えてきた。



「この薬は、体の疲れを取るのと、風邪を予防する効果を合わせたものです。一晩中眠らずに、私を気に掛けていただきありがとうございました。あと、ご自分が濡れるのも構わず、私にマントを掛けていただいて、なんてお礼を言えばいいか。良かったら使って貰いたくて持ってきました」


 彼女に動揺する素振りは全くない。

 もちろんそうだ。彼女はカイルが好きで、下心があるのは俺だけで、マーガレットは、俺のことは眼中にないのだから。 


「俺のために、マーガレットが作った薬を持って来てくれたのか?」

「もし、嫌でなければ、飲んでからお休みになると、体の疲れもよく取れると思います。では、ゆっくり休んでくださいね」


「ああ、感謝する。マーガレットも今日は、ほどほどにして早く寝るんだぞ」

「はい! ふふっ」


 マーガレットは、至って平然とした様子で楽しそうに笑い、立ち去っていった。


 

 だが俺は、マーガレットが作ってくれた薬を、複雑な気持ちで握り締めている。


 先日まで出陣していた遠征で、部下の奴ら全員が持っていたものと同じ瓶。

 別に、薬が欲しいと思ったことはない。ただ、俺だけが持っていなかった。それが悔しくて横目で見ていたのだ。


 長期の遠征中、俺だけが与えられなかった、マーガレットの優しさ。


 それなのに、俺がマーガレットを追いかけるのを辞めた途端、手に入るとは。……滑稽に思える。


 初めてこれを手にしてみると分かったが、マーガレットの中で、この小さな瓶はただの義理なのだろう。

 彼女の人柄を知れば、何となくだが好きな奴には、特別なものを渡す気がする。


 せめて、カイルにそれを渡す時は、俺の見えないところでやってくれ、そう願わずにはいられない。


 ****


 ※マーガレット視点


 目の毒? 目の薬? ナニコレ……。

 ユリオス様の部屋を訪ねると、上半身裸。それも、下は白いタオル1枚で現れた。


 恥ずかしくなり、視線を下に向けようとすれば、その一点で目が止まった。


 大変だ、……これではまるで、タオルの向こう側へ目を凝らしている痴女だ。


 いや、いや、いや。落ち着きなさい私。

 目を逸らせば意識しているみたいだし、真っ直ぐ向けば、逞しい胸板が見えている。

 これはもう、ユリオス様の顔を凝視するしかない。

 

 そう思ってユリオス様の顔を見ているが、これも私の気持ちをくすぐって仕方ない。


 昨日だって、ユリオス様の髪が濡れているのは見たはず。

 でも今は、湯上り直後なのだろう。上気(じょうき)する顔で、髪から水が滴る様子が妙に色っぽい。


 一呼吸置けば、ユリオス様の顔が引きつっているのが分かった。


 そうだった。私が部屋を訪ねると伝えた途端、うろたえたのだ。それくらい、私の訪問が嫌なんだから、当然だ。


 今こそ、あのときのユリオス様を思い出して、気持ちを静める時だろう。


 目を泳がすユリオス様を想像した私は、ユリオス様へ薬の説明を流暢に話し終えた。

 私の唯一の得意分野の話。これだけは、夜会でもベラベラと喋りとおせるのだから、一度落ち着けば問題ない。


 安心した途端、私の緩んだ顔が怪しく思え、声を出して笑って誤魔化した。

 

 でも取りあえず、痴女というレッテルは、貼られずに済んだ気がする。



 乙女の妄想が膨らむ前に、逃げるようにその場を離れて来たけれど、ドキドキする心臓が一向に収まる気配はない。


 初夜。それに関することを、私は知らな過ぎる。そのせいで、ユリオス様のお胸を見たくらいで、子どもみたいな反応をしてしまい、情けない。


 みんな、それなりに恋人を作り、この国の21歳といえば当たり前に、ちゃんと経験していること。



 もちろん私だって、結婚まで乙女で居続けるつもりはなかった。……けど、機会がなかったから仕方ない。


 リリーであれば、もっと卒なくユリオス様と過ごせると思うと、誰からもモテない自分が、悲しくなってしまう。


 リリーは、私の代わりにいつ来るのかしら。

1話前、誤字報告を送っていただきました読者様、本当にありがとうございます。

気付いた方、読みにくくて申し訳ありませんでした。


少しでも先が気になる、面白いなど、気に入っていただけましたら、ブックマーク登録や☆評価等でお知らせいただけると嬉しいです。読者様の温かい応援が、執筆活動の励みになります。

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