妻が抱いた恋心は、なかったことにする
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※マーガレット視点
ユリオス様が見つけてくれた洞窟。ここで一晩過ごすつもりでいる私たちは、壁を背にすると、そのまま並んで腰を下ろした。
座った直後。ユリオス様は濡れた上着を脱ぐと、薄いシャツ1枚になった。乾いた見た目のそれに、私は少しだけ安堵した。
だが、ユリオス様のホワイトブロンドの美しい髪から、雫がぽたりと落ちる姿に、やはり心が痛む。
私は雨に打たれることもなかったが、常に気遣ってくれたユリオス様から、この期に及んで顔を背けたままでいる。
あまりにも失礼な態度だ。どのみち、明日の朝までここで2人きりであれば、しっかりと向き合うべきだろう。
「私のせいで、ごめんなさい」
この山を登る直前。不安気なユリオス様から、気に掛けて貰ったにもかかわらず、私が「行きましょう」と無茶なことを言ってしまった。
「マーガレットが謝ることは何もないだろう。マーガレットの欲しいものを採りに行くと、言ったのは俺だからな」
「迷惑ばかりかけていたのに、こうして山頂まで連れてきていただき、ありがとうございました。私と一緒に山へ登って嫌な顔をしない人は、ユリオス様が初めてでした」
「迷惑など被っていないが、どこかで何かに気付くべきだったのか?」
どう考えてみても、危なっかしい私のペースに合わせたせいで、ユリオス様が濡れる羽目になったのだ。それを、軽く受け流す紳士的な姿。その見事な心術に、私は感銘を受けると同時に心臓がキュッとした。
お優しいユリオス様に、詫びもせずにいる自分が情けなくなり、罪悪感が込み上げる。
「ユリオス様は私が勝手に従者たちに薬を配って、怒っていますよね?」
「俺は相当鈍いようだ。怒る理由が分からん。むしろ、兵士たちを気遣って貰い、ありがたいと思っているが、普通はそうではないのか?」
全く怒っていない。その上、私の趣味を自由に好きにしていいとまで言ってくれたのだ。こんな人も、夢のような場所も他にはないだろう。
この幸せな環境にずっと暮らすことの出来る、妹のリリーが羨ましい。
僻む私は手違いの妻で、本物の妻に望んでいるのは、リリーだと頭では理解しているつもりだ。
けれど、リリーがユリオス様の横にいるのは、相応しくないと思う自分がいる。
だからと言ってそれは、選ばれなかった女の妬みでしかない。
ユリオス様は、私の実家に花嫁の変更を願い出ているだろうし、きっと、もうすぐ妹がやって来くる。
そうすれば、私は入れ替わるように、この屋敷を追い出される予定だ。
でも、この洞窟の中にいる間。この時間だけ、彼は私だけのもの。
ユリオス様から腕を回され、彼の胸に抱き寄せられた。伝わってくる彼の温もりが、私の寂しさを癒してくれる気がする。
いや、しっかりと、自分の都合の良い勘違いというのは分かっている。彼が心からそうしたい相手は、リリーなのだから。
……それを想うと、悔しさが込み上げてきて、私の肩が微かに震えだす。
「震えているが寒いのか?」
「いえ、寒くはないです。ユリオス様が寄り添ってくれているので……」
……むしろ、込み上げる感情で、胸が熱いくらいだ。
「そういえば理由を聞いてなかったが、わざわざ山奥まで山茸を採りにきて、何の薬を作りたかったんだ?」
「ここで、お世話になった方に渡そうと思って」
半年間、この領地でお世話になったお礼。それと、この国に尽くされているユリオス様への応援。
カイルと山に登る計画を立てたときまでは、それだけだったのに、今の私は、笑いながらユリオス様に渡せる自信がない。
おかしいな……、こんなはずじゃなかったのに。
目頭が熱くなるのを感じた私は、涙がこぼれてしまわないように、瞳を閉じた。
ユリオス様に身を預けて密着する私の耳に、ユリオス様のゆっくりと拍動する心臓の音が伝わってくる。
規則的なその音が、まるで私を眠りへ誘うように、安心を与えてくれるのだ。
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