夫を好きなったことを自覚する妻
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※マーガレット視点
閉めた扉が、カチャッ、と静かな音を立てた。
その瞬間、緊張がほどけた私は、その場で四つ這いになって崩れ落ちてしまった。
体の力は抜けたものの、身の危険と隣り合わせの私は、頭をフル回転させた。
突然やって来たユリオス様。どうしてまた、嵐が迫りつつある雲行きの中、ユリオス様と山に行かねばならないのか?
今の自分の置かれた状況。それが全く掴めない私に、その答えが見つかるわけもなく、時間だけが刻一刻と過ぎる。
何か手掛かりを求め、過去のユリオス様とのやり取りを思い返してみた。
だが、そうしてみたところで、ユリオス様との絡みは過去に2回しかない。
結婚初日、それと、私に部屋を変われと言った日だけだ。
……そうだった。まずい。
こんなところで呑気にしていては、勝手にユリオス様が入ってきてしまう。
サァァーッと血の気が引いた私は、背後を確認する。
すると、扉から、ただならぬ気配が漂う。彼が来る。そう思った私は、クローゼットの中から、慌てて着替えを探し出した。
山に登るときは、動きやすさが最優先となる。私が手に取った穴の開いたズボン。斜面をしばしば転げ落ちるせいで、もうボロボロだが、これしかないから仕方ない。
あとは、汚れても気にならない、父のお古のシャツを着れば、問題ないだろう。
彼の突入は免れた。だが、唯でさえ肩身の狭い私が、ユリオス様を相当に待たせているのだ。ここは潔く、怒鳴られる覚悟で扉を開く。
すると、目尻を下げ、嬉しそうに頬笑むユリオス様が、少し恥ずかし気に立っていた。
その予期せぬ表情を見せるユリオス様に、思わずドキッとしてしまう。
日頃、鬼のような形相を見せるユリオス様も、笑えば可愛い顔をされる方だ。
だがしかし、彼の笑う基準、それが私には全く分からないから困りようである。
馬車に乗り込む直前。ピタリと動きの止まったユリオス様が、私の顔を見てきた。
「ところで行先を聞いていなかったが、何処へ行きたいんだ?」
その言葉に拍子抜けしてしまう。
私は、てっきり彼に伝えたつもりだったが、どうやら違ったようだ。
待てよ。もしかして、ユリオス様は本当に何処かへ出掛けたいだけなのか?
そうであれば、私としては違う所でよかったのに。「欲しいものはないか」と聞かれれば、山茸しかないだけだ。
今さら過ぎるが、メイドたちが話す「流行のカフェに行きたい」と言いかけた、そのとき。
……艶々と輝く黒い車体に、自分の格好が映る。
薬草採りに重宝しているボロボロの格好。
こんな服装で、おしゃれなお店に入れるわけもない。それに今から、また着替える、なんて言い出せない。
カフェに行き、領主の妻が正気ではない、と思われるくらいなら……、うん、山でいいです。
馬舎を見やれば、私を熱心に乗馬へ誘う馬丁さんの姿。
鈍くさい私が乗馬なんてすれば、落馬するのは目に見えた話。何度も無理だと断り続けているところだ。
それなのに、本日のお出掛けは、馬をお使いになるのですか......?
山と聞いて、馬を選んだのであれば、今日でなくとも、いつかは腹をくくる問題。
こうなれば、もう、なるようにしかならないだろうと諦めの境地に入った。
手際よく馬の準備を終えたユリオス様に抱きあげられ、心の準備を整えたばかりの私は馬に跨った。
それでもやっぱり、怖いものは怖い。
揺れる馬の背は思った以上に視線が高いし、振り落とされる恐怖が襲い掛かり、内心泣き叫ぶ私は、ドキドキが止まらない。
けれど、走り始めて10分もすれば、馬の背に慣れてきて、風が気持ち良く感じられる。
「……あら。意外にイケるものね」
景色を楽しむ余裕さえ出てきた。
そんな私は既に安心しているにもかかわらず、心臓のドキドキは、一向に止む気配はない。
もしかして……、もしかするとだ。
ユリオス様に抱えられ、私は彼を意識しているのだろうか?
まさか、私を手違いの妻だと、どやすユリオス様に、私が恋するなんて思い違いだろう。
いや、何事にも実験が肝心だ。
手始めに、ユリオス様に寄り掛かり、実証を試みた。
私の頭をぴったりと彼の胸に触れ、少しすると、ユリオス様から頭をなでられたのだ。
……噓でしょう。どうなっているの?
私の想定を、大きく振り切った出来事に、ますます鼓動が早くなる。
あぁぁーっ。これでは余計に自分の感情が、分からなくなってしまった。
私って、馬にドキドキしているの? それともユリオス様? どっちなんだろう。
……結局。
何にも分からないまま、山の麓に着いてしまった。
山頂を見上げると同時に空の色をみる。
私のペースで登れば、天候が崩れる前に戻って来られるか、自信がない。
けれど、どうしても、ザワザワする自分の気持ち。その意味を確かめたくて、しょうがない。
私が出直したいなら、と判断をゆだねられた。だけど、ユリオス様と2人で過ごす時間は、2度とないはずだ。
そう思えば、ユリオス様を危険に晒すと分かっていながら、自分の気持ちを優先させてしまった。そんな自分が情けない。
ユリオス様にとっては、こんな山道、私のことを気にしなければ、ドンドン登っていけるはずだ。
だけど、そうもいかない私は、登り始めて早々に息が上がり、「手を貸して欲しい」とユリオス様に声を掛けるのも億劫だ。
そんな気持ちを察してなのか、何も言わなくても、ユリオス様は私にすっと手を差し伸べてくれる。
そうかと思えば、所々にある段差も、難なく私を持ち上げてくれるのだから、何ともありがたい。
お陰で、私にとっては予想よりも遥かに順調なペースで山を登ってきている。
周囲に黒い雲が迫り、暗くなってきた。鈍臭い私のことなんて、本当は置いていきたいはずだ。
少しもそんな素振りも見せないユリオス様は、むしろ、常に私を気遣ってくれているのが伝わる。
一緒にいると凄い安心できる。
初めて副隊長のギャビンさんに会ったときもそうだけど、他の兵士の皆さんが、ユリオス様へ絶対の信頼を寄せていた理由が、見えてきた。
これが最初で最後で、手違いで夫婦になった私たちの関係は、あと少しだけ。
そう思うと、泣きだしそうな自分がいる。
そっか。やっと自分の気持ちが分かったわ。
自分では気付いていなかったけど、窓からユリオス様を見ていたいと望んだのは、この方が好きだったからだ……。
でも、ユリオス様が、少しだけ意地悪に思えてくる。
1か月後に離婚する身。ユリオス様を愛しく思う気持ちに、気付かせないでいてくれればよかったのに。
「あー、とうとう……」
……ポツポツと雨が降ってきた。
私がまごついていなければ、もっと早くに山頂に着いていたはずなのに、ユリオス様は、私を責めることなく、ご自分のマントを掛けてくれた。
ユリオス様が濡れているのに、何度断っても私に使えと差し出される。
……悪いのは自分。そのユリオス様の心遣いが申し訳なくて、顔を見ることも出来ずにいる。
私に優しくしなくていいのに。
それもこれも、私が山茸を欲しがったせい。それに、引き返そうと、麓で言わなかった私が悪い。
そもそも自分可愛さに、山は止めてカフェにしましょうと、言えなかったのは、私だから。
期限付きの夫婦。
時期が来れば、傍に居られない方だと分かっているのに、私、ユリオス様の傍にいたくてしかたない……。
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