夫は、手違いの妻には別に好きな人がいると分かり、身を引く
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次話からは、マーガレット視点に戻ります。
※ユリオス・ブランドン視点
雨をしのぐために入った洞窟。思いのほか小さく、入って直ぐに行き止まった。となれば、奥から獣が出てくる心配もない。
高さはマーガレットの背丈程度で、俺が立つには低すぎるが、雨風をしのぐには十分と言える。
この場所であれば、一晩過ごしても問題はない。
雨の勢いは更に増し、静まり返る洞窟の中にも、その音が響いてくる。
これでは日が落ちるまで、降り続けるだろう。
俺がマーガレットに何かすればする程、全て裏目に出た。その結果がこれだ。俺は、肩を落とすのと同時に、全ての気力が抜けた。
片道だけで2時間。
それだけあれば十分に下山できる目算だったが、大きな間違いだった。
今日のうちに下山するのは、どうやっても無理だろう。
隣にいる俯いたままのマーガレットは、ずっと何かを考えているようだし、顔も俺から背けたままだ。
「マーガレット。この雨の中で下山は無理だ。今晩は、ここで過ごす。座って休むぞ、疲れただろう」
洞窟を少し奥まで入り、乾いた地面を見つけると、2人で腰を下ろした。
それから少しして、俺に顔を向けたマーガレットが言葉を発した。
だが、相変わらず表情は硬く、引きつったままだ。
彼女に、こんな暗い顔をさせるために、連れ出したわけではなかった。気が付くと口の中に血の味がした。
あまりに自分が情けなくなり、噛みしめた唇が僅かに切れるほど、力が入ってしまった。
「私のせいで、ごめんなさい」
「マーガレットが謝ることは何もないだろう。マーガレットの欲しいものを採りに行くと、言ったのは俺だからな」
「迷惑ばかりかけていたのに、こうして山頂まで連れてきていただき、ありがとうございました。私と一緒に山へ登って嫌な顔をしない人は、ユリオス様が初めてでした」
「迷惑など被っていないが、どこかで何かに気付くべきだったのか?」
「いや、ユリオス様がそうおっしゃるならいいんです。実家の従者たちは、私が薬草を採りに行きたいと言うと、全員逃げていましたから。あっっ、みんなが悪いわけじゃないんです。私がドンくさいせいで、同行してくれる人に迷惑を掛けてしまうから」
「他の奴らにとって、何が嫌なのか俺には分からんが、ここへ一緒に来たのが俺で良かったと思ってる」
カイルの手を握るマーガレットを、今は想像したくない。
「ユリオス様は私が勝手に従者たちに薬を配って、怒っていますよね?」
「俺は相当鈍いようだ。怒る理由が分からん。むしろ、兵士たちを気遣って貰い、ありがたいと思っているが、普通はそうではないのか?」
マーガレットが恐る恐る尋ねる質問の意図さえ、俺は汲み取ってやることもできず、間抜けな返答をした。
不思議そうな顔のマーガレットが、首を傾げた。
「あれっ、そうですか。実家では、私が勝手に教会で薬を配れば『領地の薬が売れなくなる』と、お父様に叱られたから。でも、おかしな話ですよね。素人の私が作る、お金のない人のための薬を、裕福な人たちが欲しがるわけないのに」
どうして薬を売らないのか謎だったが、彼女の気持ち、それが少しだけ見えた気がした。
「まあ、マーガレットの薬を貰えるなら、大して効かない薬を、誰も高い金を払って買わないだろう。だが、この領に限っては問題ない。もし、領内の薬師から声が上がれば、奴らが困らないように対処するだけだ。そんなくだらんことは、マーガレットが気にしなくていい。兵士たちが喜んでいるようだし、マーガレットの好きにすればいいさ」
「……えっ……」
マーガレットは、まるで信じられないと言う目で、俺を見ている。
俺の、あの噂のせいだろう。
本国の領地が隣国に占領され、その土地を奪還するために我が軍が動いている。そのせいで、『地を求める辺境伯』などと、俺が欲深い人間のように、言われているからな。
リリーもこんな俺を嫌がり、申し出を拒んだのかもしれない。
唇を震わすマーガレットを見て、思わず抱き寄せた。
夏とは言え、ひんやりとした洞窟の中。雨で濡れた体でこのままではまずい。
それまで話をしていたマーガレットが、何も言わなくなった。
俺に触れられるのが嫌なのは分かっている。だが、体を冷やさないためには、悪いがこのまま一晩過ごすべきだ。
黙り込んだマーガレットは、目をきつく閉じてしまった。
……そうだよな、雨除けのマントでさえ拒む程、俺は嫌いなんだろう。
少しすると、腕の中のマーガレットが、微かに震えているのを感じた。
「震えているが寒いのか?」
「いえ、寒くはないです。ユリオス様が寄り添ってくれているので……」
……寒くない。そうなれば、マーガレットは俺が怖いのか。当然か。
「そういえば理由を聞いてなかったが、わざわざ山奥まで山茸を採りにきて、何の薬を作りたかったんだ?」
「ここで、お世話になった方に渡そうと思って」
苦労まで買って、何の薬かと思えば「世話になった奴のため」とはな……。
そうなれば、カイルのことだろう。
頼む、これだけは否定してくれ。そう強く願いながら問いかけた。
「心中では聞きたくないが、そいつを好きになったのか?」
「……はい。あっ、でも、そっ、それは今って言いますか。……極々最近と言いますか……。ずっと、気持ち悪く陰から想いを寄せていた、……わけではなくて」
マーガレットは素直に「はい」と答えた。
それなのに何故か、真っ赤になったマーガレットは、くどくどと言い訳をする。
……慌ててカイルへの想いを否定しなくても、俺がマーガレットを責めることはないのに。
俺がマーガレットへ言ったんだ、「離婚まで、好きに過ごせ」と。その俺が、妻の恋を責められるわけがない。
……もしかして、カイルを守っているのだろうか?
そんなことをしなくても、カイルを不当に扱うことはないのに。
以前、カイルと2人でいる姿を見ていれば、マーガレットがカイルに気を許しているのは知っている。
どうやっても、もう、俺の出る幕はない……か。
悔しいが、妻を笑顔にできない俺の横にいるより、カイルの横にいる方が、断然幸せだろう。
マーガレットが唯一欲しいと願った山茸。それは、俺との離婚祝いか、お前たちの結婚祝いか知らないが、マーガレットへの最初で最後の俺からの贈り物だな。
明日の朝、カイルのための山茸を、抱えきれない程採ってやるとするか。
「マーガレット……。こんな遠くまで嫁いできてくれて、感謝している……」
「……」
寝てしまったのか。
そうだよな、俺とは違うんだ。マーガレットは、慣れない山を登って疲れているよな。
マーガレットの寝顔を見るのも、彼女の体温を感じるのも、最初で最後だな。
もっと、違う出会い方をしていたら、俺たちの関係は違ったのかもしれない。
いや、初めて屋敷へやって来た日に、彼女の話をちゃんと聞いていれば違っただけだ。
単に、俺が悪いわけか。……振り回してごめんな、マーガレット。
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