上手くいかないデート
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※ユリオス・ブランドン視点
「おまたせしました」
そう言いながら部屋から出てきたマーガレットは、兵士の宿舎の前で見かけた服装に近い。
所々ほつれた黒いズボンに、何故か男物の白いだぼだぼのシャツ。
子爵家の令嬢で、今は辺境伯夫人が、おしゃれとは無縁な姿で現れドキッとした。
カイルの服なのか? と勘繰りもしたが、「そうだ」と言われるのが怖くて聞けなかった。
「……いや、むしろ急かして申し訳ない」
じろじろと見てくる従者たちの視線が痛い。早急にここから立ち去るべきだろう。
2人で馬車に乗ろうとしたときに思い出した。
俺は要らぬことに気を取られ、行先を知らないことを忘れていたのだ。
「ところで行先を聞いていなかったが、何処へ行きたいんだ?」
「もしかして、伝えてなかったですか? 山ですよ、自生する山茸が欲しくて。生えている木の状況が分かりませんが、結構、時間が掛かるかもしれませんよ」
「山か……」
そうなれば、馬車ではなく彼女抱えて馬で行くしかないだろう。馬車の車体に手を置いたまま、馬舎を見やると、動揺した様子の馬丁が目を逸らし逃げ出した。
マーガレットに馴れ馴れしくするなと、以前、俺が注意したせいか……。
「ユリオス様。山茸は雨上がりに一斉に生えますし、私、カイルと天候を見ながら採りに行く予定なので、無理しなくても大丈夫ですよ」
マーガレットが、一歩後ずさり、既に俺から逃げようとしている。
「無理はしていない。俺が行くと言い出したんだ、マーガレットは気にするな」
ことある度、マーガレットは、カイルの名を出し引き下がる。そんな彼女を説得したものの、もう不安でしかない。
一刻も早く前に進みたい一心で、自ら乗馬の準備を終えると、俺はマーガレットを連れて屋敷を出た。
馬を走らせ、10分もしないうちから、今日は完全に失敗だと確信し、自分の気持ちの折り合いを探し始めた。
強引にマーガレットを連れ出した手前、後に引けなかったが、馬の進路を変えるべきか、突き進むべきかと、心の中で堂々巡りを繰り返す。
遠くの空へ視線を向けると、灰色の重たい雲が目に入る。
その位置からみても、山の天候が崩れるまで、まだ時間はあるはずだ。
例え嵐だろうと俺にとっては何ら問題はない。だが、マーガレットと一緒となれば、山に入るのは危険な気がしてならない。
マーガレットは大丈夫なのか……。
俺の腕の中にいるマーガレットを見ると、もう少しこのまま一緒にいたい自分がいる。
話をするために連れ出したが、馬の上では呑気に喋るわけにもいかず、ましてや、このまま引き返す選択をしては、何をしたいのか分からん。
……これでは、ただの変な夫になるだけだ。
晴れない心情の中、俺を避けているはずのマーガレットが、俺に頭をもたれて寄りかかってきた。
乗り慣れない馬に、マーガレットは疲れたのだろうか?
その様子が心配になり、無意識に彼女の頭を撫でるが、彼女から特に反応はない。
……しまった。嫌いな男に触られたら嫌に決まっているだろう。順番が違う。何やってんだよ俺は。
マーガレットは、今どんな表情をしているのか分からず、彼女の気持ちは伝ってこない。
だが、不快にさせた気がして、俺の沈み続ける心情を更に加速させた。
ここは、一度引き返して、日を改めるのが正しい判断だと分かっている。
彼女が今日行くのを躊躇ったのは、間違いなく今日の天候が理由だろう。
彼女から目的地を聞けば、あの反応は当たり前だったのに、カイルの名前を聞き、判断を確実に誤った。
マーガレットの部屋の薬草も、今の俺みたいにカイルが付き合っていたのか。
そう思うと、何ともいえない敗北感が襲ってくる。
引き返せば、今、腕の中にいるマーガレットとまた距離ができる。そんなくだらない感情を抱いたまま結局山の入り口まで着いてしまった。
何をやっているんだろうか……。
隣にいるマーガレットは、浮かない顔で周囲を見渡すと、そのまま山の上を見上げ始めた。
ここまで来ておきながら、俺から「帰ろう」とは今さら過ぎて言い出せず、俺は馬を木に繋いだ。
後は、天候がこのまま持つのを祈るしかないか。
「マーガレット、山茸はどの辺りにあるか分かるか?」
「山茸が生える木は、この辺にはないですね。途中、遠目で見た限りですと、結構な山頂付近にその木が見えました。もし、今日は都合が悪いということでしたら、後日、出直してもいいと思いますが?」
「俺は気にしないが、マーガレットが出直したいなら、そうするか?」
「あっ、あっユリオス様が気にしないのであれば、私は大丈夫です! 行きましょう」
俺は気にしないの意味は、遠征に慣れている俺は悪天候など、取るに足らないからだ。だが、マーガレットは本当にいいのか?
「そっ、そうか……」
あー馬鹿っ。
今が引き返す好機だった。俺の事情を伝えるより、はっきり帰ろうと言うべきだった。
相変わらず、マーガレットは緊張したままだし、こんな顔をさせる俺は、どうやっても軍の兵士以下だろう…………。
生い茂る木々。足元には石が転がり、中には大きな岩もある。
だが、斜度は緩く、悪路といえど足を取られる程でもない。
正直なところ、話しながらでも行ける。
マーガレットへ、俺の言い訳を含めて話をしたい。
そんな余裕はあるのかと空を見渡せば、灰色の雲が、さっきよりも近づいてきたのが分かる。
そうなれば、手っ取り早く山頂付近へ行くべきだろう。この標高なら1時間もあれば十分に登れる。
やっと山頂に着いたが、かれこれ2時間近く、2人の沈黙が続いている。
それに、少し前からポツポツと降り出した雨が、今では更に激しくなった。
もうこうなれば、マーガレットの目当ての山茸を探すよりも、身を守る場所を探す方が先決だ。
色が失せ、口を固く結んでいるマーガレットを見た俺は、慌てて自分のマントの止め口を外した。
「マーガレット、これを被っておけ」
マーガレットの頭から、俺のマントを被せた。多少の雨は凌げるはずだが、長時間は持たないな。
「いや、困ります。要らないです」
「駄目だ。雨に濡れては体が冷えるだろう」
男物の服を自ら着るマーガレットが、俺のマントは、首を振り全力で拒絶するのだ。
それを見て、俺は確信した。
周囲を見回すと人の背丈ほどの穴、良く見れば洞窟だ。
「マーガレット、あの洞窟で雨が上がるまでしばらく休むぞ」
「あ、はい。分りました」
彼女の手を取り洞窟へ入った。
少し濡れたであろう彼女の体調が気になり、何度も顔を見てしまうが、マーガレットは、自分勝手な俺のことを嫌って、顔を背けたままだ。
あー、女性をこんなに危険に晒すなど、夫以前に男としても最低だな。
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