焦る夫は、関係を打破するためのデートに誘う
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※ユリオス・ブランドン視点
2か月にも渡る遠征から帰った俺は、着替えを済ませ、マーガレットの部屋を訪ねた。
マーガレットが使用人部屋に移った初日。あの日は、急な部屋替えの直後で居場所が分からないと、ニールから言われた。
だが、あれから2か月。もう知らないとは言わせなかった。
いい加減、俺たちの関係を修復しなければ、彼女を手放すはめになる。
女性棟に入り込んだ異質な俺の存在に気付いた従者から、突き刺さる視線をまざまざと向けられる。
まるで不審者を見るような目つきだが、何もやましいことはない、妻の部屋しか興味はないのだ。
居心地の悪い俺は、そんなことを自分に言い聞かせながら、2階の妻の部屋を目指した。
コンコン、コンコン――。気まずいせいで、ノックも自然と小さくなった。
すると少しも待たないうちに、何のためらいもなく扉が開いたが、マーガレットは、俺の姿を見て仰け反った。
「ブッ、ブランドン辺境伯様、どっどうしたのですか?」
俺の姿を見た彼女が表情を強張らせたのを、俺は見逃していない。
彼女の中で、俺は警戒対象だと実感し、弱気になる自分がいる。
2か月ぶりに会うマーガレットは、相変わらず少女のような雰囲気。これで21歳だというのだから、俄かには信じられない。純朴な少女そのものだ。
「マーガレット、久しぶりだが元気そうで良かった…………」
「えっ、そんなことを言いに、わざわざこちらまでいらっしゃったのですか? ブランドン辺境伯様も無事のお戻り何よりです」
それを言い終えると同時に、マーガレットは扉を閉めようとしたのだ。
……やばい、形式的な挨拶だけで、マーガレットは終える気だ。
引き下がるはずのない俺は、ガッと扉に足を差し込み、それを回避した。
これはどう捉えても、俺は、彼女から全く相手にされていないだろう。
「いや、それだけではない。話は山ほどあるが、他の兵士たちとは名前で呼び合っているのだろう。まずは、そのー、あれだ、俺をユリオスと名前で呼んで欲しい」
「とっ、突然どうしたのですか? 大聖堂の方たちが、偽装夫婦の調査にお見えになるのでしょうか?」
目をパチクリさせ、驚きの感情をそのままぶつけてくるマーガレットは、俺の意図とは全く次元の違う話をしている。
「違うから聞いてくれ。俺はマーガレットとの関係しっかりと考えたくてお前と話をしたいんだ」
「2人の離婚の件ですか? 安心してください、離婚に応じないとか、私はそんな我儘を言いません。お屋敷の方たちから、とても良くしてもらい、これまで快適に過ごせましたから。では――」
「ぁあーもう! ここで話していても埒が明かない。マーガレットは何か欲しいものはないか? 今から一緒に買い物へ行くぞ」
……相当にまずい。全く会話が成り立たない。
これでは駄目だ。何とか、ふたりの関係を打破しなくては、マーガレットを失う未来しか見えてこない。
カイルと一緒にいたときは、楽しそうに笑っていたにもかかわらず、俺の前では怯えた顔しか見せないのだ。
離婚届を出さなければ、形式上は妻のままだろうが、それで無理やり妻においても、彼女は俺の前では笑ってくれないだろう。
この関係そのものを変えなければ、彼女のためにならない。
「ユリオス様、私は欲しいものはありません。だから、私のために気を遣わなくて大丈夫です」
よし、マーガレットが何の抵抗もなく俺の名前を呼んだ。
取りあえず一歩前に進んだか。
だが、俺との外出をここまで嫌がるとは。
世の男どもはデートというものに、どうやって誘い出しているのだ。あーっ、俺に分かるかよ!
「あっ、あるだろう。何でもいいんだ。宝石とか、ドレスとか、遠慮はいらない。何か欲しいものの1つくらい思いつかないか?」
「あぁー、確かにありました。でも、それはカイルが一緒に採りに行ってくれるので……、ユリオス様にお願いしなくても大丈夫です。そうなると、やっぱり今、欲しいものはありません」
上を向いて少し考え込む仕草があったものの、きっぱりと言い切られ、俺は白目を剥いて、卒倒しそうになった。
やはり、あいつだ……。
今、一番聞きたくない名前を、マーガレットはサラリと言いやがった。
カイルと出掛けるのを、「あーそうですか」と、認められるわけがないだろう。
「カイルには後から断りを入れろ。今から、俺と行くぞ。直ぐに支度をしてくれ」
「やっ、あっ、いっ今からですか? それは止めた方がいいです」
青くなったマーガレットは、両手を振って俺に断りを入れている。
……信じられない。
俺がカイルの代わりに行くと言えば、焦って拒否するというのか。それも全力で!
だが、俺も譲るわけにはいかない。一刻も早く、マーガレットとの関係を何とかしたいのだ。のほほんと後日にできるわけがない。
「今すぐだ!」
「分かりました。それでは着替えてきますので、少し時間をもらってもいいですか?」
「ああ、もちろんだ」
さっきから、通りかかる使用人たちが不審な顔で俺を見ている。
妻の部屋の前で立ち尽くす俺は、相当に怪しいだろうな。
だが、ここを離れては、また逃がしてしまう気がしてならないんだ。
そうされないように、マーガレットを待ち伏せするなんて、俺は最低だな。
そういえば、カイルの名前を聞いてカッとしたせいで、彼女が採りに行きたいものを聞いていなかった。
どこへ行くつもりだったのだ? 今から向かって、大丈夫な場所だろうか。
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