手違いの夫婦! 半年後の離婚まで、お前は好きに過ごせ。
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「私はリリーの姉、マーガレットです」
殺気立つブランドン辺境伯様の気迫に押された私。震えて声も出ないかと思ったが、意外に何とかなるようでリリーとの関係を伝えてみた。
日頃、我が道を貫いている自分の図太さのお陰だろうか?
いや違う。私以上にオロオロしている人が目の前にいるためだ、と断言出来る。
……凍てつく空気を放つ辺境伯様からは、返答もない
「……私は父に命じられ、ユリオス・ブランドン辺境伯様の元へ嫁ぐために、こちらへ来ました。以前、我が家に届いていた結婚誓約書へ、私の名前を書いて、辺境伯様へお届けしているはずですが、ご覧になっていませんか?」
それは、父に命じられたとおりに署名した結婚誓約書のことだ。
今、私がそのことを、ぬけぬけと伝えたせいで、ブランドン辺境伯様の眼光に鋭さが増した。
……しまった、と後悔しても既に遅い。
もう駄目だ。私が何か口にする度に、彼の気持ちを逆なでる。
もっと、他に言いようがあったのかもしれないが、私にはこれが限界。
私だって分かっている。どこの社交界でも人気のない私が、気の利いたことを言えるわけもない。
……そうだ、……そうなのだ。
冷静に考えれば考える程、この縁談はおかし過ぎた。
私の中ではずっと、ブランドン辺境伯様がどうして私との結婚を望んだのか、理由が分からなかった。
私はブランドン辺境伯様とは、全く面識がなかったし、取り分け目立つことのない私のことを、辺境伯様がどこで知ったのか? 不思議で仕方がなかったのだ。
でも、妹の企みだと思えば、全てが腑に落ちる。
「おい、ニールっ! 俺が遠征する直前に渡した、あの結婚誓約書を見せろっ!」
辺境伯様は私を直視したまま怒鳴り声を上げると、執事服を纏った男性が、まるで肩で返事をするように、ビックッと大きく跳ね上がった。
その反応のお陰で、彼がニールさんだと私でも承知した。
……いや。その前から彼の様子が明らかに変だったし、そのせいで、既に私まで変な汗が出ているのだ。
私が瞬時に名付けた「仮称オロオロの人」は、ニールさんで間違いなく、しどろもどろに口を開く。
「もっ、申し訳ありませんユリオス様。あの結婚誓約書は、本日、大聖堂へ提出して参りました。たっ、確かに、女性の欄には『マーガレット様』のお名前が署名されておりました。ユリオス様が『今日屋敷へ到着するまでに提出するように』とご指示をされていたので、先ほど済ませた次第ですが、……まずかったですよね」
「ヒッ!!」
……言葉の破壊力が大きく、ここにいる人たちの呼吸が一斉に止まった。
この場の空気が、より一層凍り付き、薄々気付いていた私でさえ、プルプルと身震いする。
「はぁー、この馬鹿者がっ! 俺が伝えていた妻の名前と違うと分かって提出したということかっ!」
「すっ、すみません。僕の聞き間違いかと思いまして」
辺境伯様が苦悶の表情を浮かべている。
私のことで、いや我が家の不祥事で、……まさかの大問題発生だ。
「……信じられん。何てことだ……。あの日、急な遠征のせいで、碌に確認しなかった俺も悪かった。が、しかしだ――……、大聖堂に出したとなると、マーガレットを追い返せないだろう」
私のことを、睨んでいたブランドン辺境伯様の目。
それが私を上から下まで品定めをするように見ている。
まるで、獲物を狙う肉食獣のようだ。
そのせいで、私の足は慣れないハイヒールがタップ音を鳴らす程、ガクガクと震えている。
私が何も知らずに署名した結婚誓約書のことで、大それた2つ名をお持ちの辺境伯様にご迷惑をお掛けしたなんて大失態だ……。
「マーガレット。どうやら双方の手違いで、大聖堂では俺たちは夫婦と登録されたようだ。だが、俺はお前を妻にする気はないから誤解するな。この結婚はただの間違いだからな。離婚可能な時期となる半年後までの手違いの夫婦だ。それまでは、お前はこの屋敷で好きに過ごせ。だが、俺には一切構うな。この屋敷は自分の家だと思って自由に過ごしてくれて構わないが、俺の部屋には近づくな。どちらにしろ、俺は遠征に出ていて、ほとんど屋敷にいない。……ニール、マーガレットに客間を用意しろ」
「はっ、はい」
私よりオロオロしていた人が走っていなくなり、おかげで私の恐怖が増幅している。
私は元凶にしかならない自分の口を閉じたまま、ただひたすら、首をウンウンと縦に振ることに専念する。
……今、私は手違いの妻で構いませんと辺境伯様へ承諾の返答をしたのだ。
その心の中で、私はそっと誓いを立てた。
本日、私、マーガレットは、一生を添い遂げる覚悟でユリオス・ブランドン辺境伯様の屋敷へやって来ましたが、半年間の手違いの妻になりました。
ふつつか者ですが、めでたく離婚できるまで、辺境伯様にはご迷惑をお掛けしません。
辺境伯様のご不興を買わないよう、隠れて暮らしますので、ご安心ください。
少し前まで浮かれていた気持ちは、本当に夢だった……。
これが、哀れな私の現実だ……。
幸せの絶頂へ登り詰めていた階段が、一気に崩れ落ちた。
祝福溢れる教会でするはずだった夫婦の誓い。
それが叶わない今、瓦礫に埋もれた私の心の中で、独りきりの結婚宣言をさせてもらったのだから。
辺境伯様は、私の趣味に興味を持ってくれたのかと期待していたが、私の思い違いだった。
私を陥れた妹のリリーを恨むより、……私は誰からも必要とされない。
そんな現実が今一番辛かった。
自分の横にチラリと見えるのは、私の嫁入り道具。
ドレスの類は全て置き去り、辺境伯領のために役立つだろうと用意した薬。
それを、カバンに詰められるだけ、目いっぱいに持ってきた。
辺境伯様を思って用意した私の努力は、この屋敷の扉を開けたと同時に、日の目を浴びないことが決まってしまった。
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