妻の部屋へ移って欲しい! 良かった~ちゃんと分かってくれた。でも、そんな訳はなかった
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いよいよ、2人の絡みが始まります⁉
※マーガレット視点
私が毎日足を運ぶ兵士たちの宿舎。夫の聖域へ、手違いの妻の分際で軽々しく来る気はない。
けれど、次から次へと寄せられる兵士たちの要望を聞いているうちに、気付けば入り浸っていた。
流石、辺境の地。宿舎の裏側に、手付かずの自然が広がり、薬草が生い茂る。
それを刈って帰れば、メイドたちから懇願される美容系の薬も簡単に作れる。
薬草づくりを趣味として生きる私には、楽しくて仕方のない環境だ。
「マーガレットさん。昨日も言ったけど、他の男には任せられないから、僕が山に一緒に行くよ」
「本当に大丈夫? 一緒に山に登った人たちが、もう2度と一緒に行かないと逃げ出すほど、私はどんくさいわよ」
「問題はないですよ。マーガレットさんは軽いから、僕が抱えても登れるでしょう。それよりも、僕と結っこ……」
カイルとの会話の途中。何やら殺気のような気配を感じ、私は周囲を警戒した。
うっっわっ! その元凶を発見したっ!
その瞬間。カイルとの会話どころでなくなり、屋敷へ帰る手段を模索する。
ブランドン辺境伯様は、道を背にして立っている。
大丈夫だ。今なら人の往来はある。彼の背後を通り過ぎる、出来るだけ大きな兵士の体に隠れて歩けば何とかなるだろう。
兵士の宿舎に頻繁に出入りしたせいで、気が緩んでいた。私なんかが、入り口で世間話をしている場合じゃなかった。
兵士たちに、私の薬を渡していたのが分かれば、どれだけ責められるか分からない。
子爵家の実家でさえ、薬を配ると、こっぴどく叱られた。
今なら、私の手元に薬はないし、気付かれていない。
兵士たちの要望の薬は全て渡し終えた。長居は不要。早急に屋敷へ帰り、私の部屋に引きこもるのが賢明だ。
絶体絶命の私に、救世主が現れた。
動く壁になりえる、丁度いい大きさの人物を発見した。
今まさに、ベンさん似の熊のような兵士が、屋敷へ向かう方向へ歩いていた。
それに気付いた私は、すかさず彼に駆け寄り歩調を合わせた。道をずんずんと突き進む。
一番緊張する瞬間がやってきた。ブランドン辺境伯様の真後ろを通ろうとした、そのときだ。
『マーガレットを嫁になんてできるか! 馬鹿を言うな』
耳をつんざくような大きな声が、私の心をかき乱した。
……それと同時。
私の壁の彼も動揺したように、ピタリと歩みを止めた。もちろん、私も静かに彼に合わせ、立ち止まった。
ブランドン辺境伯様が発する、私を拒絶する言葉が、周囲に響いたのだ……。
いや、知っています。分かっています。正しく理解しています。
……だから。そこまで、はっきりと大きな声で言わなくてもいい。
リリーに比べれば見劣るのは知っている。だけど、改めて聞かされると、……凄く悲しい。
私だって、人形じゃないから傷つくわけだし。
ギャビン副隊長が、ブランドン辺境伯様に何か言ったのか?
余計なことを言わないでと頼んだが、やはり無理だったか……。
辺境伯様。道で絶叫されるくらい、私のことが嫌なんですね……。
……辺境伯様が、改めて、念を押されたのは承知しました。
私は、初日の言いつけどおり、ブランドン辺境伯様と関わらないようにしてきた。
私の顔を見せて、不快にならないよう全力で避けていた。
けれど、それでもまだ、……私が嫌いなんだ。
私の事情を理解したメイドたちのお陰で、辺境伯様が屋敷にいるときは、彼女たちが、抜群のチームワークで匿ってくれた。
だから、面と向かって会わずにいたのに、それでも許されないのか。
本当は、兵士の宿舎へ勝手に来ていたことを、辺境伯様へ謝罪すべきと、分かっていたけど、逃げるように戻ってきた。
何をやっても駄目な私が少しだけ自信が持てたのに、……やっぱり、リリーには敵わない。
部屋に戻ってすぐのことだった。
ゴンゴン、ゴンゴン――、と響く馬鹿でかい音。
「ひゃっ――」
恐怖から声を出しかけたが、慌てて手で口を塞いだ。
そんなに強く扉をノックする人物は、鬼のようなあの方しかいない。
間違いなくブランドン辺境伯様だろう。
音を立てるな。今はメイドたちもいない。ここは居留守が勝ちだ。
そう思った途端、ガチャリと音を立て、何故か扉が開いた。
「ひっぇー」
堪えきれずに声が出た。
嘘でしょう。私がモタモタしている間に、勝手に扉を開けられた。
女性の部屋の扉を勝手に開けるのは、聞いたことがない。
あー、そうか……。わたしのことは、そんな礼儀も必要ない相手だと思っているのだろう……。
「入るぞ」
ブランドン辺境伯様っ!
眉間に皺の寄った厳しい表情。視線だけで人を殺せそうな、鬼気迫るものがある。
この顔は、いつもの剣の素振りと同じくらい真剣そのもの。遂に、この日が来たのか。
緊迫の空気を纏い、断りもなく女性の部屋に入ってくるとは……。
やはり、宿舎にいたのを、相当に怒っているようだ。……私の人生が、終わりを迎えそうだ。
訪問に至った用件は、存じております。
ですが、ここは知らぬ振りを貫かせていただこう。
「ブランドン辺境伯様、どのようなご用件ですか?」
「マーガレットが屋敷に来てからゆっくり話せず、申し訳ないと思っている。だから、2人で話をしたくて来た。だが、この部屋で話すのも落ち着かないな。アレだ。先ずはマーガレットのための部屋へ移って欲しい。話はそれからだ」
そうですか。客間が駄目だということは、別棟の従者用の部屋だろう。
……それくらい、はっきり言われなくても分かる。
来客があるから空けて欲しいという話であれば、事前に話があったはずだ。
それさえもなかった。
私をいよいよ、彼と同じ屋根の下に置きたくないのだろう。
辺境伯様は躊躇いがちに話しているものの、表情はいたって真剣だ。
私は辺境伯様から視線を外すと、窓の外に見える庭へ目を向けた。
リリーを求めているあなたに、失礼だとは分かっていた。
だけど、ここの窓から毎朝、汗を流すあなたの姿を見るのが、私の楽しみだった。
部屋を移ればもう、ブランドン辺境伯様との繋がりは、何もなくなってしまうのか……。
寂しいな……。
いや、そんなことを言っている場合じゃない。
部屋を移れば、命までは取られないようだ。それに頷かない理由はない。私は、精一杯微笑んだ。
「分かりました。直ぐに移ります」
「そうか、分かってくれて良かった」
初めて見る、彼の笑顔。
それは、私を従者棟へ追いやるときに向けられた……。
駄目だ。こんなことに、いちいち反応していたら自分の身が持たない。
私も、ちゃんと笑顔で応えなくてはいけない。
そう、とびきりニッコリと笑わなきゃ。そう思い、目元と口元をほころばせ、嬉しそうな顔を見せた。
……ほら。
私が笑顔を返せたから、辺境伯様がもっと喜んでいる。……良かった。これであの剣での一振りは免れたようだ。
「無理を言って申し訳ないが、なるべく早く、移って欲しい。手伝うか?」
「いえ、問題ありません」
「そうか。……まあ、そうだな」
それを言い終わり、力の抜けたような辺境伯様は、足早に立ち去った。
辺境伯様。私に相応しい使用人部屋へ、ちゃんと移りますから安心してください。
手違いの妻も残すところ、あと3か月。
もう少しの我慢もならないほど、私が嫌いなようだ。
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