兵士たちに潜む、妻を略奪する気配
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※ユリオス・ブランドン視点
副隊長のギャビン。奴は今、マーガレットへ小さな会釈を送り、彼女の横を通り過ぎた。
やはり、ギャビンもマーガレットを知っていたようだ。
……3か月前。
俺の手違いの妻について、ギャビンに全ての経緯を聞かせた。
不審な妻は敵の間者の可能性を否めず、警戒を怠らないようにと指示を出したのだ。
それにもかかわらず、ギャビンは俺に報告をしなかったのか。
だがしかし、それに不満を言っている場合ではない。
当てにならない我が家の従者より、ギャビンは遥かに真面目で常識人だ。
俺が1人で、うだうだ悩まず、素直に奴を頼るしかない。
俺はギャビンへ視線を送り、顔を動かすだけで「こっちへ来い」と呼び出した。
俺の顔を見ると同時にハッとしたギャビンは、慌ただしく俺の元まで走ってきた。
俺は不機嫌な感情を、そのまま顔に出している自覚はある。
だとしても、そんなことを取り繕う余裕など、あるわけない。
今の俺が置かれた状況。俺は、恥ずかしい勘違いをしていた可能性が大浮上した。
毎朝マーガレットが俺を見ていたのは、唯の剣技の鑑賞じゃないのか。
どう見ても、マーガレットが俺に好意があるわけないだろう。
俺に関心があると信じていたのは、俺の自惚れだった気がしてならない。
想定外の衝撃を受け、額を冷たい汗が伝う。
「隊長、何かありましたか? 一般兵たちも遠征前の準備に余念がないようですよ」
「兵士たちのことはいい! ギャビン。マーガレットが宿舎に頻繁に出入りしているだろう。お前はいつから知っていたんだ」
「やっと気がついたんですか? むしろ、今日までブランドン隊長から、それを聞かれなかった方が驚きですが。マーガレットさんは2か月以上、毎日来ていますよ」
「まっ、毎日! それも2か月だって? 妻は、この宿舎で何をしているんだ、男しかいないだろう……」
予期せぬギャビンの返答に、調子のはずれた声を出した。
「奥様は、自分で作った薬を兵士たちに持ってきているんです。それも、その辺の薬とは違って、何倍も効果のある、とびっきりのやつです」
「ああ……、そういうことか。彼女は兵士たちにも薬を配っていたのか……」
「隊長。素直なマーガレットさんは何も隠さず教えてくれますよ。隊長から以前聞いたマーガレットさんの話と、これまで見てきた彼女の姿が違いすぎます。ちゃんとマーガレットさんと話をした方が良いですよ。あの方がいなくなったら大損失です」
「そうしたくて屋敷を探し回っていたが、まさか宿舎にいたのか」
「他の兵士たちは彼女の素性は知りません。でも、彼女が3か月後にいなくなるのは、皆知っています。旅立つ理由が彼女の結婚でないなら、自分の嫁にと願い出る兵士が何人もいます」
「馬鹿を言うなっ! マーガレットを嫁になんかできるかっ!」
ギャビンに怒鳴ったところで意味もない。だが、マーガレットが奪われると焦った俺は、自分でも驚くほど大きな声が出てしまった。
俺の声に驚いた兵士たちが一斉に静まった。
奴らが俺に視線を向けるのを察し、バツの悪い俺は、眼球だけを動かし周囲を確認した。
何事かと、皆、じろじろと俺を見ている。
余裕もなく、気が立った自分が恥ずかしい。
「……マーガレットは俺の妻だぞ。彼女を手放す気はない」
ボソッとギャビンに伝えた。
「そうでしたら、隊長の気持ちをマーガレットさんへ伝えた方が良いですよ。隊長に嫌われていると思い込むマーガレットさんが、あまりに不憫です」
初日に彼女を怒鳴りつけたせいで、彼女は俺が嫌っていると思い込んだままなのか。
違う。俺は嫌っているわけではない。
早く誤解を解かなければ、この状況、とんでもないことになりそうだ。
彼女が周囲の人間から、これほど信頼を得ているとは。
ふとマーガレットに視線を戻す。
「……あれ」
周囲を見渡すがマーガレットの姿が、忽然と消えた。
どこに行った?
周囲を窺うが全くマーガレットの姿が見えない。
「おい、マーガレットは何処へ行った?」
「少し前に、隊長の後ろを通って屋敷へ戻って行きましたよ」
その衝撃に、俺は膝から崩れ落ちた。
あー畜生!
マーガレットが屋敷へ帰るのであれば、一緒に帰ろうと思っていた。
それなのに、ギャビンと話している間に見失ってしまったのか。
何てタイミングが悪いんだ。
だが、今なら部屋にいるはずだ。
午後のこの時間。食えないメイドたちの掃除も、とっくに終わっているだろう。
彼女は1人でいるだろう。絶対に会える。
今すぐ部屋を訪ね、俺の気持ちを伝えるべきだ。
彼女にいつまでも客間を使わせておくわけにいかない。
早急に、俺の妻の部屋に移ってもらう。
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