従者たちに守られて、隠れ続ける妻
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※ユリオス・ブランドン視点
毎朝日課にしている剣の素振り。
ビュン――、ビュン――……。と風を切る音はいつも以上に小さく、ここまで集中できない稽古は初めてだ。
窓辺に見える、マーガレットの姿が気になって仕方ない。
既に着替えを終えた彼女が、じーっと俺を見ている。
それも、俺がここで稽古を始める前から、まるで待っていたように、妻の姿があった。
俺があの客間へ視線を向けず気付かない振りをしていれば、マーガレットは俺の稽古をずっと覗いているようだ。
だが、マーガレットの方へ、ゆっくりと顔を動かすとハッとした様子で急いで身を隠している。
そうであれば彼女は、ぼんやりと外を見ているわけではない。
間違いなく、俺の動きを追って注視しているのだろう。
視線を向ければ隠れてしまうから、このまま気付かない振りをしているが、もう、1時間以上経つ。
マーガレットが俺の姿を見飽きるのはいつなのか? と、試しているが、これだけ俺に見入っているんだ。
これは、俺に興味があると思ってもいいだろう。
マーガレットも本心では俺との関係を変えて、夫婦として共に歩みたいと考えているはずだ。
この状況、既に俺たち2人に何の問題もない。
そもそも俺たちは、2人の署名が書かれた結婚誓約書を大聖堂に提出した、正真正銘、正式な夫婦なんだ。
しっかりしているようで、どこか抜けている彼女のことだ、俺に気持ちを言い出せないだけなんだろう。
だから、俺から動き出すべきだと分かっている。
……それなのに何故だ。
マーガレットを見つけた早々、俺が追いかければ、彼女の姿が消えている。
いつも決まってこの屋敷の従者たちしかいない。
俺が彼女の姿に気付いていないと油断して、あんなに堂々と1時間以上こちらを見ているマーガレットに、そんな小細工はできそうにない。
……にもかかかわらず、マーガレットを捕まえることが出来ないでいる。
従者たちにマーガレットの話を聞いても、どいつもこいつも信用のならないことしか言わない。
……やばい、マーガレットのことを考えれば考える程、ますます集中できなくなる。
従者のやつらと話しているマーガレットを見る度に、嫉妬する俺は心が狭すぎるだろう。
初めは叔父上とイーノックだけかと思ったが、意識して彼女を陰から見ていれば、馬丁たちに御者までマーガレットと楽しそうに話をしてやがる。
夫の俺は、結婚初日に交わした会話以降、陰から見るだけで話もできないのに。
夫の俺が、妻を陰から覗いている時点で、唯の不審者だろう。
この屋敷の中で、俺以外は彼女と普通に関わっている上、彼女が若い馬丁にベタベタと触っていた。その姿を見て、頭に血が上り、彼女を叱り付けそうな感情が湧いた。
流石に、あの感情のまま彼女へ近づくわけにはいかず、その場は引いたが次は無理だ。
明日から、しばらく長期の遠征に出て屋敷を空けるというのに、俺とマーガレットの関係を少しも縮められないままだ。
あー畜生。
何としてもこの関係を打破したいんだ。マーガレット頼むから逃げないでくれ。
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※マーガレット視点
朝の空気が清々しい、晴れた日。
こんな日は、窓に雨の雫もなく、より一層観察に適している。
朝は彼の鍛錬を見るのが、もうすっかり日課になっていた。
ブランドン辺境伯様が怖いはずなのに、いつも真剣な彼に見入ってしまうのだ。
もちろん、彼がこちらを見るときには、瞬時に身を隠すのは怠っていない。
だから、彼は私が見ていることに気付くわけもない。
「あら?」
今日のブランドン辺境伯様は、いつも以上に熱が入った稽古をなさっているようだ。脇目もふらず、稽古に集中なさっている。
明日から長期の遠征に行くと兵士さん達が言っていたから、そのためかもしれないわね。
「うーん」
思わず唸り声が出た。
彼の剣の鍛錬を見ていると、このまま放っておけない感情が湧き起こる。
やはり、辺境伯様は長時間剣を振ると、ますます左肩の動きが悪くなるようだ。
あれでは、長時間にも及ぶ隣国との戦いに出れば危険だろう。
離婚までの時間の使い方、そろそろ真面目に考えるべきかもしれない。
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