夫の不安、逃げ惑う妻
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※ユリオス・ブランドン辺境伯視点
叔父上が、マーガレットは厨房へ行ったと言うから、後を追って来たはずだ。
だが、どこをどう見ても、本人の姿もなければ、持たせた野菜とやらも、見当たらない。
俺は走ってここまできたのに、どうしてだ?
悠長なマーガレットの歩調であれば、途中で追いついてもおかしくなかっただろう。
……本当にマーガレットは、ここに来たのか?
このまま黙ってマーガレットを待つより、使用人に聞く方が早い……。
だが……、よりによって、人に興味のないイーノックしかいないのか。
「俺の妻が、野菜を持ってここへ来なかったか?」
当てにならぬと分かりつつも、冷めた目で俺を見てくる、奴へ問いかけた。
「…………。来たはずだけど、いちいち、いつ来たか覚えていないですよ」
そう言い終われば、ふいッと離れていった。
分かりきったことだが、イーノックが、料理以外に気を向けるわけがない。当主の俺にだって、この態度の男だ。
半年後にいなくなる辺境伯夫人に、関心を持つわけがないな。
どちらにしろ、マーガレットに他の行き先もないはずだ。彼女は自分の部屋へ行ったのだろう。
そちらを訪ねる方が早い。
マーガレットが使っている客間の場所は、ニールから聞いていない。
だが、毎朝、彼女の姿が窓辺に見えているのだ、間違えようがない。
1階の奥の角部屋だろう。
「マーガレット。話があるんだが――……」
静まった廊下に、俺の声がこだまするも、何の応答もない。
中から人の気配も感じない。
……部屋にいないのか? どこへ行ったんだ?
買い物だって商人を呼び出すだけでいいんだ。この屋敷の中で全てこと済むだろう。
そもそもマーガレットに、欲しい物や行きたい場所なんてあるのか……?
彼女のために護衛も付けていないのに、大丈夫だろうか。
まぁ今日は諦めて、明日出直すか。
****
早朝。日が昇って直ぐにもかかわらず、マーガレットの姿が窓辺にあった。
以前も俺を見ていたが、今日もチラチラと窓から俺のことを気にしているようだ。
かれこれ1時間経つ。今日の練習は、早々に切り上げ話をしに行くか。
今すぐ彼女の部屋へ向かえば、マーガレットに会えるのは間違いないだろう。
剣を鞘に戻すと同時。足早にマーガレットの姿のある部屋を目指した。
ゴンゴンゴンゴン――。
早く開けろと急かす気持ちが、思いのほか、ノックに込める音が大きくなった。
まるで、こちらを窺うように、そろりそろりと扉が開いた。
『やっと妻に会えた』と気持ちが高ぶったが、その姿がメイドの1人だったせいでガクッと肩を落とす。
「マーガレットに話がある」
語気を強め、早く出せと急かした。
「マーガレット様は、今、この部屋にはいませんよ。私共が掃除をするとお伝えしたら、出ていきましたから」
「嘘だろう。今の今までいたのにか?」
「タッチの差ですから、悪しからず」
相変わらず強気なメイドが、きつい口調で言い切り、扉が閉められた。
……信じられない。
急いで来たのに少しの差で、マーガレットを逃してしまったのか。
立ち去ろうと振り返れば、気配もなく後ろに立っていた人物と、ドンッとぶつかった。
――っ!
「おっとすまん」
この人通りのない客間の前に人が立っているとは、油断した。
いや、それよりも、こんなところに厨房から抜けてきたイーノックがいるって、どういうことだ!
「どうしたイーノック、食事に問題でもあったのか?」
「あれ、ご当主、こんなところにいるなんて珍しいですね。問題なんて何もありませんよ。マーガレット様の好きなクッキーを持ってきただけですから」
「今、部屋にマーガレットはいなかったぞ」
「そうですかい? じゃあ、部屋の中にいるメイドたちにでも渡しておきますからお構いなく、ほんじゃ」
あいつは腕だけはいいが、人と関わるのが苦手な、根っからの職人だっただろう。
そんなやつが、わざわざマーガレットの好きなものを、部屋まで届けるって、何が起きている……。
マーガレットは俺の不在中に、一体何をしているんだ?
それにしても…………。
イーノックとマーガレットで、何もあるわけがないと分かっていてもだ。
マーガレットの好きなものを俺は知らないが、他の男が知っているのは、……気分が悪い。
何故イーノックは、彼女の部屋にメイドがいることまで知っているんだ?
屋敷の中で、俺の知らないことが増えているが、全部マーガレットの影響なのか……。
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