夫の気付かないところで、動き回る妻
ブックマークと評価、いいね! を頂き、ありがとうございます。
とても嬉しいです。
引き続き、応援よろしくお願いします。
辺境伯様は、私との結婚を兵士の皆様に話しているのだろうか。
半年後に離婚するのに、わざわざどうして……。
そのモヤモヤとした感情が私の顔に出ていたのだろう。目の前の兵士から、すぐに取り繕うような声を掛けられた。
「あっ、安心してください。ブランドン隊長が結婚したことも、あなたのことを知っているのも、僕だけです。他の一般兵は知りません。僕は隊長といることが多いので、聞かされただけで、そんなに困った顔をしないでください。マーガレットさんでしたよね、僕は副隊長のギャビンです」
「ははは……」
……まさかの副隊長。
ギャビンさんへ挨拶も返せず、空笑いを返すしかない私は、どこまでも人を見る目がない。
『穴があったら入りたい』
その言葉は、こんなときに使うんだと理解した。
私は、一番下級兵士に狙いを定めて声を掛けたつもりだ。
それなのに……。よりによって、唯一私のことを知っている人物に、声を掛けるなんて間抜け過ぎる。
こうなれば、モタモタしている暇はない。
今の私の課題は、副隊長の口封じ。
「ギャビンさん、私がここへ来たことをブランドン辺境伯様には伝えないでください。あと、他の兵士たちにも私が、手違いの妻であることは、内緒にしてくれると助かります」
「それは約束できません。僕は、あなたのことはよく知りませんが、隊長のことは互いに命を預けて仕事をしています。カイルのお父様から何か頼まれた用事だけなら、隊長へ報告する気はありませんが、害になることを企んでいるのなら、容認できませんからね」
口調は至って穏やかな副隊長。
その彼から、ぴしゃりと言われ、適当に誤魔化すことは出来ないと、私も腹をくくる。
ブランドン辺境伯様は、『血を求める辺境伯』と、呼ばれているが、部下にはとても信用されているようだ。
私へ見せるつもりは毛頭ない、ブランドン辺境伯様の本来の姿。もしかして、それは少し違うのかもしれない。
「しっかり考えもせず、自分の都合を押し付けることを言ってしまい、申し訳ありません。ブランドン辺境伯様に報告するかどうかは、ギャビンさんが判断して構いません。私は、ベンさんに頼まれて、傷を負った兵士の皆さんへ薬を持ってきました」
私の顔を、真剣な眼差しで見ているギャビンさんは、まるで私が信用できる人間か? それを確認しているみたいだ。
「確かに薬は十分に足りているとは言えないので助かります。……そのカゴを預かればよろしいですか?」
ギャビンさんが、私が抱えるカゴへ向けて、ひょいッと手を伸ばそうとする。
私はカゴを取られまいと、咄嗟にかわした。
「あっ、駄目です。私が作った薬は、他の方には分かりませんから。症状や傷の状態に合わせて、細かく使い分けるんです。ご迷惑でなければ、薬の必要な方に直接会ってお渡ししたいんですけど」
この薬。市販のものとは違う。作った私にしか見分けられないだろう。
負傷者1人ひとりに私が向き合わなければ、安易に兵士たちに使えないものだ。
「マーガレットさんが薬を作るのは、知りませんでしたが、凄いことをしていますね。それでしたら僕は忙しいので、カイルを連れてきます。少しだけこちらでお待ちいただけますか? 兵士の宿舎を、カイルに案内してもらってください。あの方も、そのつもりだったのでしょうから」
「ありがとうございます! でも、ブランドン辺境伯様が嫌っている私のことを、カイルさんが宿舎へ招き入れても、後で問題になりませんか?」
「それは問題ありませんから、気にしないでください」
副隊長のギャビンさんが立ち去り、独りで立っていれば、往来する兵士たちから怪訝な視線を向けられる。男性の姿しか見えない場所に、ポツンと立っていれば、それは怪しいだろう。
その後、颯爽と登場したのは、ベンさんには似ても似つかない好青年だった。
カイルさんが、私の想像していた人物像と、あまりにもかけ離れており、目を疑った。
「マーガレットさんですね。どうせ僕の父があなたに無理を言ったのでしょうね。父に代わってお詫びしますね。ですが、薬を持ってきていただいたのは、本当に助かります。重いでしょうから、カゴは僕が持ちますよ」
にこっと笑ったカイルさんが、さりげなく私の抱えるカゴの取っ手を持った瞬間、悲鳴を上げていた私の腕は、すっと楽になった。女性の扱いに手慣れた姿。
その彼の容姿だって、引き締まった体に、美しく整った顔立ちだ。
ベンさんが勝手に嫁を探さなくても、引く手あまたの彼には余計なお世話だろう。
……私なんかの出る幕はない。
「カイルさんは、ベンさんに少しも似ていないですね」
「よく言われます。マーガレットさん、僕のことはカイルと呼び捨てで良いですよ。副隊長から聞きました、薬草師の方なんですって。そのような方に気を遣われると、僕の気が引けます」
「薬草師ではないわよ。趣味で林の中に入ったり、山に登ったりして薬草を集めて、薬を作っているだけだもの」
「……趣味? ざっと10種類以上ありますよね、この薬……」
カイルは、カゴの中の瓶を興味深く見ている。ごく僅かにしか違わない色合いが分かるなんて、中々のセンスだ。
「それが違う薬だって、よく分かったわね。……でも、持ってきたのは20種類ね。その場で混ぜ合わせることも出来るし、それだけあれば、大体何とかなると思うわ」
「……凄いですね。父はお代を払ったのでしょうか? これだけの量の薬、僕の給金の何か月分なんだろう……」
「お金? そんなのいらないでしょう。必要な人に分けるために、好きで作っているだけだもの」
「マーガレットさん、恋人はいますか?」
「いないわよ、そんな人は」
手違いの夫ならいる……。そんなことは、言えるわけもない。
「次の薬草採り、僕が一緒にお供しますよ。何でも言ってください」
「本当!? そんなことを言ってくれる人は初めてだわ」
カイルと宿舎内を駈けずり回り、何はともあれ、ブランドン辺境伯様に見つからず、彼の職場を後にしてきた。
そして、子爵家の従者たちでさえ嫌がった私との薬草採りに、名乗りを上げた人物をゲットしたのだ。今日の収穫は大きい。
一仕事終えた私は、思わずほくそ笑む。
この屋敷にやって来た日以降、辺境伯様には会わずに済んでいるのだ。
この調子で行けば、ブランドン辺境伯様とは、会わないまま半年後に離婚できる気がしてならない。
少しでも先が気になる、面白いなど、気に入っていただけましたら、ブックマーク登録や☆評価等でお知らせいただけると嬉しいです。読者様の温かい応援が、執筆活動の励みになります。