夫の仕事先に詰めかける妻
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【SIDE マーガレット】
(ユリオス・ブランドン辺境伯の目撃場面)
私はハチに刺されたベンさんの状態を見てから、本日、遠征から戻ってくる、兵士たちの宿舎へ向かう予定だ。
一晩考えたが、わたしの気持ちは、そこに行くべきか気持ちが定まり切らない。
ベンさんの元へ行く途中、足取りの重い私は、もう何度目になるか分からない程、足がもつれている。……そう、今だって躓いて転びそうになった。
今朝起きてからというもの、ブランドン辺境伯様が鬼の形相で激昂する姿が思い浮かび、身震いが止まらない。
今だって、どこかから、辺境伯様に監視されている気がするのだ。
……私は本当に大丈夫だろうか。
気持ちを逆なでするのが得意な私は、辺境伯様に遭遇したときに少しはマシな言い訳をしなくてはいけない。
見つかったときの言い訳を、今から練習しておこうと思ったものの、全く妙案が思いつかない。
手違いで妻になった女が断りもなく、ブランドン辺境伯様の重要な場所に潜り込むのだ。
それも、怪し気に自前の薬を持って。どっからどう見ても、不審者だろう。
……見つかれば問答無用に殺される。
わたしは辺境伯様の剣を一振りされる未来を存分に想像しながら、ベンさんの待つ庭へ到着した。
すると、私を見つけたベンさんが、鬼気迫る顔で走り近寄ってきた。
「遅い! 待っておったぞマーガレット」
「あはは。女には色々準備が必要なんですよ、ベンさん」
適当な言い訳をした私は、手籠に詰め込んだ薬の瓶を見せた。
実際の薬の準備に要した時間は3分。私の気持ちの整理に30分以上掛かった。
「ほら、見てくれ。ハチに刺されて腫れた手の甲が、あっという間に元どおりになった。しかし驚いた。これまでに傷を負うことは多かったんだが、ここまで効果の高い薬は使ったことはないな」
驚きと喜びを伝えてくるベンさんの姿に、私は胸を熱くし、少しだけ誇らし気になる。
「この屋敷で食べている野菜を育てているのは、ベンさんだって聞きました。そのベンさんのお役に立てたのなら良かったです。ふふっ、いつでも困ったら言ってくださいね」
本物の薬草師ではない私。これはあくまでも趣味の範疇。
その趣味が誰かのためになったと言われれば、大袈裟な話ではなく、心底うれしいものだ。
我儘なリリーに、結婚を押し付けられてここに来た。
花嫁の話はともかく、この辺境伯領に来られたのは、私にとっては悪くなかったかもしれない。
実家の従者たちは、皆冷たかったから、それに比べれば幸せなことだろう。
「この屋敷に半年しか居ないという理由が、マーガレットの結婚でないのなら、儂のせがれの嫁になって、義娘として迎え入れたいくらいだな」
「ははっ。私も考えておきますが、でも、それは息子さんの気持ちもあるので無理でしょうね。ちなみに、まだ、その息子さんの名前を聞いていませんでした」
この類の話は社交界でよく遭遇する。いわゆる社交辞令というやつだ。
実は私、これを交わすのは、思いのほか得意だ。
見た目は普通で輝かしい華のない私に、出会って直ぐ、本気で言い寄る貴公子がいる訳がない。私だって、それぐらい心得ている。
「カイルだ。その辺の若いやつにベンの息子と聞けば、すぐに分かるだろう」
ブランドン辺境伯領は、思った以上に世間が狭いのか? それともベンさんの顔が広いのだろうか。
そんな説明で都合よく、顔も知らないカイルさんが見つかるとは正直考えられない。
「あのー。カイルさんは、どんな方ですか?」
「気にせんでも大丈夫だ。少しでも早く行ってやってくれ!」
……全く会話にならず、私は思わず白目を剥いた。
これでは、何か聞かれても、探し人の特徴も知らないのだ。
まあ、これくらい大雑把な人であれば、こちらも気を遣わなくて済む。
好き放題言ってやることにした。
「ふふっ。もう、ベンさんは適当過ぎますよ。私、相当にどんくさいんですよ。息子さんが見つけられなかったら、ベンさんのせいですからね」
ベンさんの説明が悪いんだ。兵士たちの宿舎で、カイルさんが見つからなければ、帰ってくればいい。
それくらいの気持ちで行くしかないだろう。
何せ、ブランドン辺境伯様の兵士たちの宿舎。
私にとっては、敵地であることは間違いない。
****
ブランドン辺境伯の屋敷の敷地に隣接している、兵士たちの宿舎。
敷地続きの1本道を、10分歩くだけだ。すると一気に視界が開けてくる。同時に大勢の人の姿も見えてきた。
兵士たちの宿舎の壁は緑色だと言っていたが、恐らく目の前にある大きな緑色の建物のことだろう。
訓練ができそうな更地も広がっているから、ここが目的地であることが嫌でも分かる。
屈強な兵士らしき人がいっぱいいるのだ。
誰に当たりを付けるか、冷や汗をかきながら周囲をキョロキョロと見回す。
どう見たって私は、挙動不審人物だろう。
こうなったら摘み出される前に、早く誰かに声を掛けた方が良い。
こういうときの対象は心得ている。なるべく若くて、弱そうな人を選んで声を掛ければ大丈夫なはず。
下級兵であれば隊長である辺境伯様に直接つながることはないのだ。
……見つけた。
私のセンサーに反応した、若くて穏やかそうな、細身の兵士。
彼目掛けて、すかさず駆け寄った。
「あのーすみません。演習から戻ってきた、カイルさんに会いにきたのですが」
「カイル? たくさんいる兵士の中でもよくある名前だ。誰のことか分からないのだが?」
「ブランドン辺境伯様の屋敷で働いている、ベンさんに依頼されてこちらに来た、マーガレットと申します。これ以上の情報はないので、もし分からなければ、無理に探す必要はありません」
及び腰の私。もう帰る準備は出来ている。
「あー、彼のことを言っているのか。それならこっちだ。っていうか、隊長の奥様に遣いをさせるって、あの方は相変わらずですね」
「!!」
嘘でしょう。この人、今、私のことを隊長の奥様って言ったわよ!
ひっそりとやって来たのに、一瞬で身元がバレるなんて、どういうこと……。
私が、職場に押しかけて来たって、辺境伯様にバレてしまうでしょう。
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