お前は誰だ! 待っていた花嫁とは違う女の登場
☆本作品の書籍版第2巻が2024年10月15日に一二三書房サーガフォレスト様から発売されます!☆
◇書籍タイトル
妹に結婚を押し付けられた手違いの妻ですが、いつの間にか辺境伯に溺愛されてました~半年後の離婚までひっそり過ごすつもりが、趣味の薬作りがきっかけで従者や兵士と仲良くなって毎日が楽しいです~【第2巻】
こちらについても、ぜひよろしくお願いします!
「うっわあぁー!」
嫁ぎ先にたった今到着した私は、本当にここが一貴族のお屋敷なのか? と、絶賛仰天中だ。次から次へと呆気に取られてしまい、まともな言葉も出てこない。
1つ目の門をくぐった後も、建物が見えてこない広大な敷地。
2つ目の門をくぐれば、いくつもの屋敷が建ち並ぶ姿。
それはもう圧巻だった。
何故なら、その一軒一軒が、今まで大きいと思っていた子爵家の実家よりも、はるかに立派なのだ。それだけは、はっきりと言える。
その中でとびきり豪華なお屋敷の扉を、従者たちに恭しく開けてもらった私は、まるで、一国のお姫様になった気分。
「私のために…………。す、すごい」
夢に見ていた、お嫁さん。
まさか……、よりによって!
ここに暮らしているご当主様が、地味な私に結婚を願い出てくるなんて、誰が想像できると言うのだろう。
結婚適齢期を過ぎた21歳。
野山を駆け回る私の顔は、いつだって日に焼けて健康そのもの。
その上、平凡を絵に描いた茶色の瞳。色気も足りず、いつまでも垢抜けないままだ。
まさに自身の名前である、マーガレットの花のように小さくて、どこの夜会でも目立つことはない。
華のある美しい妹とは対照的に地味過ぎる私。もう幸せな結婚は無縁なんだと諦めていた。
……それなのに、奇跡が起きた。
ゆっくりと開けられた扉の先には、お屋敷で働く従者たちが、一堂に私を出迎えている。
パッと見たくらいでは、何人いるかなんて到底数えられない。
圧倒される私は、落ち着け自分と言い聞かせるように、ゴクリと唾を飲む。
いや、全然無理だ。自分とは無縁の世界を目の当たりにして、落ち着けるわけがない。
目の前に広がる夢のような光景に、乙女の鼓動がさらに加速していくのが分かる。
私1人のために、彼らは仕事の手を止めて、わざわざやって来たのだ。
「うぅー……こんなことって……」
感極まりボソッと呟いた。
けれど、この広いエントランスでは、誰の耳にも届かないだろう。
嬉し過ぎて舞い上がる私は、当の旦那様を探す前から胸が熱くなっている。
私なんかのために、お忙しい皆さんの貴重な時間を使わせて、申し訳ないです。と、心の中で感謝を伝えた。
私の実家では、従者たちから愛想を尽かされていたせいで、心からそう思ってしまうのだ。
――次の瞬間、私の心臓がドクンと跳ねた。
中央にホワイトブロンドの髪に、青い瞳の端正な貴公子様が見えたんですもの。
大勢の人の中で、この方だけがマントを着けている。
……それを見て、彼が私の旦那様だと分かった。
私を見つめている彼は、さすが「軍の隊長様」と、ほれぼれする体躯だ。
見間違うことなく、この屋敷の当主が、私を待ち切れなかったと、言わんばかりのキラキラの表情で歓迎してくれている。
笑顔が眩し過ぎる凛々しいお顔の旦那様と、今、初めて対面したのだ。
嬉し涙が溢れそうなほど、激しい感動が私の胸に押し寄せる。
この敷地に入ってからというもの、心がせわしなくて、既にどうかしそうだ。
辺境伯様が軍を率いる隊長様だと知っていた私は、旦那様には失礼だけど熊のような迫力のある方を想像していた。
それがなんと、まるで本に出てくる王子様のような容姿とは、嬉し過ぎる誤算だった。
おかげで、辺境伯様に会うと同時に舞い上がった乙女心。
「初めてお目にかかります、ヘンビット子爵家のマーガレットと申します」
き、決まったわ。よろつくことなく言い終えれば、微笑むのも忘れていない。
夫となるブランドン辺境伯様にカーテシーをして、自己紹介をするまでは、私は幸福の絶頂へ登っていく途中だった。
今の挨拶は、私にとって、これまでの人生で1番の出来と言える、渾身のものだ。
……だが突然、この場の空気が冷たく変わった。
……辺境伯様から一切の笑顔が消え去ったのだ。
これは全部夢だったのか……。
調子に乗っていた私を嘲笑うように、あっと言う間に現実へ引き戻されてしまった。
「マっ、マーガレットだって! 本当だ、顔を見れば茶色の髪以外リリーと全然違う、別人だ。リリーは透き通った肌に緑色のつぶらな瞳の美女だった。俺が結婚を申し込んだのは、リリー・ヘンビットだ。今日、この屋敷へ来る花嫁はリリーのはずだ。お前……、まさかとは思うがリリーからこの縁談を奪ってやって来たのか?」
浮かれていた私は、貴公子様の美しい笑顔が一気に戦場を指揮する軍の隊長様に変化する瞬間を目の当たりにした。
さっきまでのまぶしい人はどこへ行ったのだろう? と、頭の中に疑問符が浮かぶ。
鬼のような目の前の人物と、その直前まで私を出迎えてくれた貴公子は、全くの別人にしか見えない。
少し前までこぼれていた優しい彼の笑顔も、空気も消え去り、別の人種に変わり果てたブランドン辺境伯様。彼が私を冷酷なまでに睨みつけている。
戦場を知らず、平穏な暮らしをしている私でさえ肌で感じる殺気。
彼がその殺気を向ける先は、……間違いなく私だ。
私が名乗っただけで、「血を求める辺境伯」と、二つ名のある彼の逆鱗に触れてしまった。
ここで殺される……、かもしれない。
こうなれば、わたしのことを待ち構えていた従者の皆さんが、私の処刑を見守る観衆に見えてきた。
「…………あ、そうか……」
今、私は全てを理解した。
あー、やられた。
また、あの子だ。
それに気付いた私は目が泳ぐ。先ほどまで、自信満々に胸を張っていた気持ちは、完全に消え失せた。
自信も、喜びも消え去り、ガックシと肩を落とし、うなだれてしまう。
まるで自分はしおれた花のようだ。
間違いなく妹リリーのわがまま。それで、自分は窮地に立たされた。
それも、これまでリリーから被った私の損害なんて、瑣末なものだと笑えてしまえるくらいの最大級の奴だ。
いつも「リリーの姉」と呼ばれている私。
それなのに、この結婚は私である「マーガレット」を指名する、奇特な男性が登場したと聞いていたのだ。
それも、5歳しか年の違わない辺境伯領のご当主様。
彼に女狂いの噂もなければ、死に別れた奥様の後妻でもないというのだから、私にはもったいないくらいの好条件の男性だ。
私にとっては信じられない奇跡だった!
私は、この結婚の申し出を信じ込み、沸き起こる嬉しさのあまり、途中何度も喜びの声を上げるのを堪えながら、このブランドン辺境伯様の屋敷へやって来たのだ。
にわかには信じられない縁談にもかかわらず、私が自信満々やって来たのには、ちゃんと理由があった。
私は2週間以上も前に、彼から届いた結婚誓約書に、自分の名前を、ユリオス・ブランドン様の下にしっかりと書いたのだ。
初めは何かの冗談ではないかと思ったけれど、それを返送しても、辺境伯様からは何も言ってこなかった。
その、結婚誓約書を今すぐ、この場で確認してくれれば、私が妹リリーの縁談を無理やり奪い、勝手にやって来たのではないと証明されるはずだ。
「…………」
だけど……、私は嫌な予感しかしない。
不審な従者を見て、私の手にじわりと汗がにじむ。
少し前から、ブランドン辺境伯様の右側に立っている執事服の男性が、オロオロと汗をぬぐっている姿。それが、見たくもないのに目に入ってくるのだ。
あれは、絶対に何かある……。
単純な私でさえ、それくらい分かる。
事実を確認すべきなのは理解しているが、それを確定されるのが怖くてたまらない。
仮称オロオロの彼が、もし、その結婚誓約書を大聖堂に提出したとなれば、冗談では済まされない、一大事なのだ。
嫁ぎ先に到着した途端、どうしてこんなことになっているの! この先、私は、どうしたらいいのよ!
現在のWEB公開版は、約11万2千文字で完結している作品ですが、書籍版の第2巻は、ほぼ全編書き下ろしとなっております。
楠なわて先生が描いてくださった、とっても美麗な書影をみていただきたく、下に貼っておりますのでぜひご覧ください!