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四巻発売記念SS:田舎からの便り

 乾いた冷たい風が吹く、冬の東京でのある休日のこと。

 杉山家では子供たちが賑やかに昼ご飯を食べていた。

 今日のメニューは正月に余って冷凍しておいた餅で作った、餅ピザだ。

 余り物を始末するための料理とはいえ、チーズとケチャップが掛かってるものは正義、という子供たちにいつでも大人気の品だった。

「お代わり!」

「あ、おにいちゃんまたおっきいのとった! ずるいー!」

「りくも、もういっこたべる!」

「ハイハイ、ケンカしないの。小雪もずるいなんて言って、まだお皿に残ってるじゃない。お代わりも今焼いてるからそれ食べてからね」

「陸、今日はいっぱい食べるな。はい、お代わりだよ」

「ぱぱありがとー!」

 自分たちの食事は後回しで、紗雪と隆之はせっせと子供たちのために親鳥よろしく世話をする。

 フライパンで焼いている餅の様子を見ながら、紗雪はその賑やかさを楽しいと思うと同時に、一人少ないことを寂しく感じた。

 紗雪の視線の先で、薄く切られた餅がジリジリと焼けて膨らみ、上にかけたチーズが溶けていく。空はお餅が好きだったな、と考えながら紗雪は横に置いてあった金色の小さな物を手に取った。

 四角いそれは、先日田舎から送られてきた年神様のお下がりの餅の欠片だ。

 紗雪はそれをチーズなどを削る道具にあて、ゴリゴリと力強く削りだした。

 手を動かす度に金の粉が手元からパラパラと散り、餅ピザの上にキラキラと振りまかれて行く。

 紗雪が考え出した、年神様のお餅を安全に日常的に摂取する方法だ。

 この方法で日常的に少しずつ使うと、夜に光ることもなく消費しやすいのだ。

 出来上がった餅ピザは金色の粉を纏って光り輝いているが、すっかり慣れた杉山家の皆はもはや気にしなかった。

「はい、新しいの出来たわよ。隆之も食べちゃって」

「うん、ありがとう。ほら、小雪、お代わり来たよ。熱いから気をつけるんだよ」

「わーい、ありがとうパパ!」

 焼きたてのピザを貰った小雪が、ふぅふぅと吹きながら美味しそうに齧り付く。

 それを見ながら、隆之と紗雪もようやく自分たちの分を食べ始めた。

 餅がカリッと焼けて、とろけたチーズやソースが美味しい。上に散らしてあるソーセージやタマネギとも良く合った。

 金色の光は味にさほど影響を与えないので気にしてはいけない。

「うん、美味しい。今度母さんにも、残ったお餅料理としてお勧めしようかな」

「空も好きそうだし、良いんじゃないかな」

「あ、でも田舎だとケチャップとかチーズが手に入りづらいかも……せっかくだから今度送ろうかしら」

 紗雪はそう呟いたが、残念ながらそれ以前の問題として、米田家では餅が余るということは全くありはしない。

 自分の息子が飲み物のように餅を消費していることを、紗雪はまだ知らなかった。


 やがて昼食も終わり、子供たちはまた賑やかに遊びだした。

 絵本を読んだりテレビを見たりしていたかと思えば、誰かが玩具箱をひっくり返して大騒ぎだ。

 その監督を隆之に頼んで紗雪が後片付けをしていると、ピンポーンと玄関のインターホンが音を立てた。

「はーい」

 紗雪はパタパタと玄関に向かい、外の気配を確認して迷いなく扉を開ける。

 そこにいるのがどんな存在なのか、扉を開ける前から紗雪にはわかっていた。

「あら、今日は狐さんね」

 扉の外にちんまりと座っていたのは、一匹の狐だった。毛並みや尻尾がふかりとして可愛らしい。

 首に矢文のマークが書かれた木札を掛けたこの動物は、手紙や荷物を運んでくれる使い魔便だ。

 その荷物の種別で運ぶ動物が違っていて、遠い田舎からでも荷物を運んでくれるのだが、送料はなかなかにお高い。

 しかし雪乃はいつも気にせず荷物や手紙をこれで送ってくれるのだ。

『杉山紗雪さんでお間違えないでしょうか』

「ええ、間違いないです」

『米田雪乃様より、ご自宅配達指定の冷凍荷物が届いております』

「冷凍……それで狐さんなのかしら」

『この便は特殊貨物用となっております。ご利用ありがとうございました』

 狐はそう言うとゆるりと解けるように姿を変え、あとに段ボール箱を残して消え去った。

 見慣れた光景に紗雪は微笑み、箱を手に取る。

「冷凍って、何を送ってくれたのかしら?」

 箱を持った感覚はとても軽い。

 中身を予想しながら紗雪が家に入ると、陸が玄関で待ち構えていた。

「まま! そらのおてがみ?」

「そうよ。陸は勘が良いわねぇ」

 紗雪は笑って陸を促し、台所へと向かう。

 陸は紗雪の足下に纏わり付くようにぐるぐるとはしゃいで走り回った。

「はやく、はやく!」

「はいはい」

 陸の様子を見た樹や小雪、隆之も台所にやってくる。

 皆の視線を受けながら紗雪が箱を開けると、中には一回り小さい木の箱が入っていた。

「また箱だね」

「何かしらね」

 木箱の上には手紙が載っている。

 紗雪は先に手紙を開いてサッと目を通し、そしてにこりと笑顔を見せた。

「これね、空が皆にどうしても見せたいって母さんにお願いした贈り物だって」

「空が? えー、なんだろ?」

「なになに? ね、ママ早く開けて!」

「まま、はやくー!」

 子供たちに急かされ紗雪は段ボール箱から木箱を取り出した。

 白木の箱はきっちりと隙間なく仕立てられた物で、蓋を開けようとするとそのきちんとした作りが伝わってくる。

「こんなキレイな箱、誰に頼んだのかしら?」

 そう呟いて蓋をパカリと開けると、途端に中からヒヤリと冷気が吹き出した。

「これは……氷、いや、雪?」

 中を覗き込んだ隆之が目を見開く。

 木箱の中は真っ白くふわふわした物で隙間なく覆われていた。

 口いっぱいまで白い物が詰まっていて、手を近づければ冷たいことがすぐわかる。

「当たりよ。これね、母さんが作ってくれた雪だって!」

「えー、雪ってこんなんだっけ?」

「ゆきって、おそらからふるあれ?」

「ゆき、しらない! まま、みたい!」

 箱の中が見えない陸がピョンピョンと跳びはねる。

 紗雪は陸に頷くと、真っ白い雪を一掬い手に取ってそれをさっと上に向かって投げた。

 雪乃の魔法で出来た雪はまるで今降ってきたかのようにふわりと細かく散らばり、ひらひらと部屋に落ちてゆく。

「わ、冷て!」

「ひゃぁ!」

「ゆき、ゆき!」

 雪を頭や顔に浴びた子供たちがキャーキャーと大喜びで声を上げた。

 スッと溶けて水になってしまうことすら子供たちには面白いようで、テーブルや床に落ちたものを追いかけては残った水を不思議そうに見つめている。

「この雪は箱に入れてる限り溶けずにこのままだから、良かったらかき氷みたいにして食べたり、雪だるまを作ったりして遊んでねって」

 紗雪が手紙に書いてあったことを伝えると、陸がふと顔を上げた。

「ゆき……そらもあそんだ?」

「ええ。空は雪だるまを作ったり、カマクラ……雪で作ったおうちみたいなので遊んだりしたって。だから皆にも見せたかったんだって」

「ゆきだるまって、どんなの?」

「雪で作ったお人形みたいなものよ。あとで小さいの作りましょうね」

「うん! ね、まま、もっかいぱってして!」

 陸の願いに紗雪は笑顔で頷き、もう一度雪を上から散らす。

 キラキラと舞い散る白い欠片に手を伸ばし、陸はその一片を上手に捕まえた。

 けれど雪は手の中であっという間に溶けて消えてしまう。

 水になったそれを不思議そうに見つめながら、陸はぽつりと呟いた。

「ゆき……そらといっしょに、みたいなぁ」

 思わず零れた言葉に、紗雪がその小さな体を抱きしめる。

「春になったら、会いに行きましょうね。それで、お祖母ちゃんに雪を降らせてもらおうね」

「……うん!」

 再会の春は、きっともうすぐそこだ。



 その後。

 杉山家の皆は暖めた部屋で、ジャムをかけた雪を食べて楽しんだ。

 それから残った雪で小さな雪だるまを作って遊び。

「顔がないと寂しくないかい?」

「顔……うーん、ここは田舎じゃないし大丈夫かしら。じゃあお豆とかでいいかな?」

 子供たちがそれぞれ作った三体の可愛い雪だるまは、溶けないように箱にしまわれたのだが。

 次の日、箱を開けてみると雪だるまは何故か四体に増えていた。

 子供たちは少し首を傾げたものの、これはきっと空の分だね! と納得し、紗雪だけが雪が少なかったから一体しか増えなかったんだな、と密かに胸を撫で下ろしたのだった。

ちょっと時間があったので、今回はお祝いSSが書けました。

読んでくださってありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[一言] 「顔……うーん、ここは田舎じゃないし大丈夫かしら。」 いやいや、その雪は雪乃さんが出したなら、その雪自体に魔素がいっぱいでしょ…
[良い点] わ~い、お祝いSSを書いてくださり、ありがとうございます!! ジジイさん達のお話も豪快で笑えて好きですが、東京家族の少し切なくてくすっと笑えるお話も好物です。 このご家族とかなり(本人…
[気になる点] “田舎落ち”した家族を持つ人々からの需要が高そうな白木の箱 作者は誰か、そして作成依頼で(いつものように)忙しさMaxになる可哀想な人は誰か [一言] 東京組のお話が好きで、書籍以外で…
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