なつまつり
なつまつり。
なつまつり、と聞いて、たくさんの人は『夏祭り』を思い浮かべるんだろう。
だけど、ボクと、ボクの周りの大人の人たちは違う。なつまつりは、なつまつりだ。
お盆の前くらい、太陽がこれでもかと照りつけて、ニュースで「連日猛暑が続き〜」なんていう日が、なつまつりにはピッタリらしい。この日ばかりは子供だけじゃなくて大人の人も朝からソワソワするのがハッキリ分かる。
ボクのお父さんも、近所のおじさんも仕事を休んでなつまつりに参加する。いつも行く駄菓子屋のお婆ちゃんなんか一ヶ月も前から準備してて、凄い気合の入れようだってお母さんが笑っていた。
ボクは友達を誘って神社へと向かう。ボクの歳だとまだなつまつりには参加できないけれど、見学は自由だ。ジリジリと肌を焼く日差しを避けて、境内でも一番大きなケヤキの木の下でボクたちはなつまつりが始まるまで時間を潰すことにした。
新しく出るゲームソフトのどれを買うかや、最近始まったマンガでどれが面白いかに白熱していると、いつの間にか境内のあちこちに人が集まってきていた。そろそろ、なつまつりの開始だ。
この神社の神主さんがやってきて、なつまつりに参加する人たちに向かってオジギをする。みんな、なんだか緊張しているような、今にも走り出したい気持ちを抑えるような、不思議な感じがする。そしてボクたちはそんな空気に当てられてじっとその光景をケヤキの下から見守るだけだ。
「〜〜〜」
すると神主さんがよく聞き取れない言葉で変な歌みたいなのを歌い出す。たしか、ノリトって言うんだっけ。それが5分くらい?続いた。本当はもっと長かったかもしれないけれど、時計を持ってないからよく分からなかった。
そしたら、なつまつりに参加する大人たちは一人ずつ神主さんから長い棒を渡される。よく撓ってて、磯釣りの竿みたいだけれど、糸もリールもついていない。その代わり、先っぽに小さな鈴と紙で出来たヒラヒラが赤い糸で結んであるだけだ。ボクも早くあれを持てるようになりたいな。
「ほいじゃあ、なつまつり、はじめるけぇの!」
近所の声が大きいおじさんが音頭を取る。大人たちは大きな円になって、その真ん中に向かって棒をビュンビュンと振りだす。
棒を振る人と、周りから挙がる声が無茶苦茶に重なって聞こえる。ボクたちも大人に負けないような声を出す。
「ヤーレ! ソーレ!」
「なつまはおるかー!」
「なつまはおらんー!」
「ヤーレ! ソーレ!」
「そっちにおるかー!」
「こっちにおらんー!」
太陽が真上から降り注ぐ。雲はほとんど無くて、汗がダラダラと止まらない。でもなつまつりはどんどん盛り上がっていく。
ボクのお父さんも、近所のおじさんも、みんな一生懸命に棒をブンブンと振っている。それに合わせて鈴がチリチリ鳴って、紙のヒラヒラが千切れそうになっている。
「ヤーレ! ソーレ!」
「なつまはおるかー!」
「なつまはおらんー!」
「ヤーレ! ソーレ!」
「そっちにおるかー!」
「こっちにおらんー!」
突然、みんなの棒が変な動きをしだした。棒の細い先が円の中心に引っ張られているみたいに。
「かかったァー!」
「なつまがかかったどー!」
「なつまじゃ、なつまがおったどー!」
糸も、何も無い。でも、見えない糸で紙のヒラヒラがピンと円の中心に向かって引っ張られているみたい。チリチリ、チリチリと鳴っていた鈴がチリンチリンというリズムに変わりだす。
「こりゃあ大物じゃ!」
「気ィつけぇよ! よっぽど引っ張られようど!」
周りの人たちが口々に叫ぶ。今年のはいつもより大きい、これは大物だぞ、そんな感じのことみたいだ。いつも行く駄菓子屋のお婆ちゃんが数珠を取り出して何かモゴモゴ言っているのが見えた。
棒を持つ大人たちは歯を食いしばって踏ん張る。みんな、服の上からでも分かるくらい力こぶが盛り上がっていた。
「ヤーレ! ソーレ!」
「なつまはおるかー!」
「なつまはおるどー!」
「ヤーレ! ソーレ!」
「そっちにおるかー!」
「こっちにおるどー!」
棒の先っぽが折れそうなくらい撓りだし、向こうの方で見ていた神主さんがゆっくりと近づいてきた。そろそろなつまつりのクライマックスだ。
「〜〜〜」
さっきとは違う、別のノリトを口ずさみつつ、神主さんは不思議な舞みたいなのを踊りだす。そしたら急に辺りが暗くなってきて、道路が湿ったような匂いがして、頭にポタリ、ポタリと何かが落ちてきたのが分かった。
空を見上げなくても分かる。いつの間にか真っ黒な雨雲が広がってて、ニュースでやってるゲリラ豪雨みたいな物凄い雨が一気に降り出したんだ。
「ヤーレ! ソーレ!」
「なつまはおるかー!」
「なつまはおるどー!」
「ヤーレ! ソーレ!」
「そっちにおるかー!」
「こっちにおるどー!」
グイグイと引っ張られる棒に負けないよう、大人達は声を張り上げる。すると、少しずつだけどなつまの頭が視えてきた。確かに、去年視たやつよりも今年のはずっと大きそうだ。それくらい、頭が視えただけでも大きいのが分かった。
「ヤーレ! ソーレ!」
「ヤーレ! ソーレ!」
雨の音で鈴の音が聴こえない。紙のヒラヒラは濡れてベショベショなのにまだ強く引っ張られている。ぬかるんだ地面で踏ん張りが利かず、滑って転びそうになってる人もいた。
「なつまじゃー!」
「なつまが釣れたどー!」
ふっ、と急に力が抜けたように棒が跳ねた。すごい勢いだったけど、鈴は全然鳴らなかったように思う。棒を持った大人達は釣り上げたなつまへと一目散に走り出した。
暴れるなつまはすごい力と大きさだけど、何人もの大人が上から重なるように抑え込む。でも、今年はそれでも抑えきれなくて結局観客の大人たちまで泥だらけになりながらなつまを捕まえた。
「皆様、大変ご苦労様でした。今年のなつまは例年よりもずっと大きく、これほど立派ななつまは私がこの職に就いてから初めてです」
あれだけ降っていた雨と雲は嘘みたいに消えてて、でも大人達はみんな泥だらけで、神主さんも服の裾がベチョベチョになってる。ケヤキの下にいたボクたちもみんなサンダルがジャリジャリする。
あの後、釣れたなつまを大人達がどうするのかはまだ教えてもらっていない。なつまつりに参加できるようになってからだとお母さんに教えてもらった。たぶんだけど、まつったりするのかな。それとも、もといた所に返すのかな。
「スゲーかったな! なつまつり!」
「うちのじいちゃんも喜んでたぜ! あんなにデカいなつまだったら今年の水不足は心配ないって!」
「あー、早くオレもなつまつりしてーなー!」
「でもさ……? あんなに大きいなつま、大丈夫なのかな? いつもより大きいってことはさ、それだけ大雨になったりしないのかな?」
「なんだよおまえ、でっかいなつま視てビビってんのか〜! ビビリ〜!」
「ち、違うよ!」
「えー本当かよ〜?」
ボクたちはその後、いつも行く駄菓子屋へアイスを買いに行った。お店の前の泥を掃いていた駄菓子屋のお婆ちゃんはシワだらけの顔がいつもより浮かないのは、気のせいだったのかな。