優等生の本性
先生にみっちりしごかれ、ふらふらになりながら部室にを後にする。俺普通に頭いいから別にそこまでガチらなくてもいいのに…。ちなみに先輩達は途中で帰ってしまった。薄情者め!
勉強が終わったときに見たら時計は6時05分を指していた。
日は既に傾き始め、教室がない方の壁の窓から、オレンジ色に光った雲と水色と青が入り混じった空が見える。
夕日が射し込むので少し眩しかった。
今日はバイトだったがこれは完璧に遅刻だ。
今日は入部届だけ書いてすぐ帰ると思ってたから5時半には行くと言ってしまっていた。
前に遅れたときに美玲さんから「別に遅れても休んでもいいよ〜。あ、連絡だけはしてね〜」と言われただけだった。
まさにあんなに客がいないからこそ言える発言だ。
普通こういうことは店長から言われることな気がするが実は俺は店長に会ったことがない。
しかし店長についての話題が出たことが全く無いので特に気にしていなかった。
初めて給料をもらったとき美玲さんが「はい、店長から〜」と行っていたので存在はしているのだろう。
それにしても店長は美玲さんに仕事を任せすぎだ。
聞いた話、料理をつくるのは美玲さんらしい。そして俺に仕事を教えてくれたのも給料渡してくれたのも美玲さん。
いや、店長、なんで店開いたんだ?
まぁ、気になる点は少々あるがこのバイトは他の場所と比べると遥かに条件がいいので、これから長い間お世話になるだろう。
例を挙げると
○先程言ったとおり休むのも遅れるのも連絡すれば自由。
○時給1500円。
○シフトとか関係なしに店に行ったらバイトできる。
明らかに好条件すぎる。改めて考えるとに怖くなってくる。
あれ?俺もしかしてやばい店で働いてる?
でもまさかそんなことって無いだろう。
………これってフラグ?
俺は4階の階段前でスマホを取り出す。美玲さんに遅れると、連絡するためだ。遅れる前に連絡すべきだが新見先生が全く隙を与えてくれなかったのでしょうがない。
画面をつけると恐ろしいほどの通知が来てた。え、48件の着信?よく見ると全て美玲さんからだ。俺いつもサイレントモード派の人だから気づかないんだよな…。
恐る恐る電話をかけると5秒くらいで繋がった。いや早。
「もし…」
『もしもし!誠くん!?大丈夫!?事故ってない?なんで連絡してこなかったの!?心配したよ!』
いきなり大声だったので耳がキーンとなる。電話越しだと相手の感情はわかないがそれでも聞いただけでわかるくらいの焦りようだ。特に俺の呼び方が『まこっちゃん』でなくなってる点が、一番焦っていることがわかる。
流石に心配しすぎじゃ…。
「ごめんなさい、連絡遅れて。なんか例の部活行ったら色々あって補習されられたんですよ」
「そうなの?良かった〜」
心から安堵したような声が聞こえてくる。けれど美玲さんは今度は怒った様子で話し始めた。
「でもちゃんと連絡してよ!誠くんがなにかに巻き込まれたんじゃないかと心配したんだから…」
怒り出したと思ったら今度は泣きそうな声になり、電話から鼻をすするような音が聞こえてくる。
すこし大袈裟な気もするがどうしたのだろうか。顔が見えないので分かりづらい。こんなに情緒不安定な人だったか?
「ごめんなさい、本当に僕が悪かったです…。だから泣かないでくださいよ…。」
「………………………………………えっ、え、いや泣いてない泣いてない。……………そう!花粉症だよ、花粉症」
……………恥っずぅぅぅぅぅぅ!!え、めっちゃ恥ずかしい。
まじ、めちゃくちゃキメてたのに。ちょっと今のかっこ良かったなとか自分で思っちゃうくらいにぃぃ!
するとその機会を逃すまいと、すかさず美玲さんが話し始める。
「え、え?もしかして泣いてると思っちゃった?可愛そうだと思っちゃった?『だから泣かないでくださいよ』(イケヴォ)」
「元気そうで良かったです。さよなら」
「あ、ちょ
ブツッと通話を切る。ふぅ。もう今日バイト行くのやめようかな。
再び電話がかかってきたので一応出る。
「酷いよ〜いくらなんでもいきなり切るなんて〜」
「酷いのはそっちでしょう!もうめちゃくちゃ恥ずかしいのに傷口にデスソース塗り込むようなことして!」
「まぁまぁ、そうは言ってても自分でもかっこ良かったなとか、キマったなとか思ってたんでしょ?」
「思いましたけど?文句あります?」
「あははっ、はぁ〜正直で本当に面白いね」
はぁ最悪だ…多分これずっとイジられるんだろうな…。
しかし、顔が見えなくても美玲さんの最初の心配している様子は本物だった。断言できる。それなら俺が恥をかくだけで美玲さんが元気になれたんだから良かったと思うべきだ。結果オーライ!
だけど、空元気だったような…まぁ気のせいか。
「あと、今日は遅れるだけでバイトに行くんでよろしくお願いします」
「は〜い。何時くらいになりそう?」
え〜っと、家に一旦帰って荷物置いていくから…
「45分くらいに行けると思います」
「は〜い了解〜」
通話を切り、スマホを鞄にしまい、階段を降りる。
3階ですれ違った人達に好奇の目で見られた。ほぼ人が行かない場所から来たのだから当然の反応だ。
その後も一段とばしでタッタッと降りていく。
今日はとても恥ずかしかったが1つ学ぶことができた。
社会人のほうれんそうって大事だな。
・ ・ ・ ・ ・
校門を出たときそこには思わぬ人がいた。
桐原先輩だ。セミロングで艶のある黒髪をなびかせて道の端に鞄を両手で前に持ちぴしっと姿勢良く立っている。
さっきから通行人や、学校から出てきた生徒がチラチラと見ている。普通こんな美少女が立ってたら気になるよな…
けれど部室での出来事があるし、今もまだオーラが変わっていない。怖ぁ…
さっと通り過ぎようとしたがやはり声を掛けられた。
「あら、神崎くんじゃない。偶然ね」
桐原先輩がお嬢様を連想させるようなお淑やかな笑みを見せる。めっちゃ綺麗で直視できない…
「いや、偶然じゃないでしょう。どう考えても待ってましたよね?」
「偶然よ。美優とは帰る方向が別だから誰か同じ部活の一緒に帰れる人がいないか待っていただけよ」
「辻本先輩除いたら俺しか部員いませんけどね…」
「細かいことは置いておきましょ。それで神崎くん、今日は、私と帰りましょう」
恐れていたことが起きた。やっぱり桐原先輩は部室での俺の態度に気づいていた。だからそれを問い詰めるつもりだろう。
けれど同じ部活になるのだ。しっかり話し合っておくに越したことはないだろう。
とはいっても桐原先輩…打つ手が早すぎませんかね…
「…………わかりました。いいですよ」
「あら、理解が早くて助かるわ。いえ、『鋭い』といったほうが正しいかしら?」
先程とは違った笑みでこちらを見てくる。目だけ笑っていないその笑みで。
普通は学校のアイドルと制服デートイベントなんで嬉しくてドキドキだろうが、今は動悸の意味でドキドキだ。
かなり歩いて周りに生徒がいなくなった頃。先輩の笑みがすっと消え、話し出す。
「神崎くん、あなた、やっぱり私の本性に気づいているわよね」
先輩はもう取り繕ったりせず、冷徹な声になっている
「えぇ、あんなにイライラしてたら嫌でも気づきますよ。それに怪我したとか辞めることになって残念とか嘘ついて。」
そう、先輩がずっと出していたオーラ。それは不快感だ。俺が部室入ってきたときから一度も変わっていない。
「あら…おかしいわね。いつもどおり完璧に隠していたつもりなのだけど。見破るとは褒めてあげたいわね」
「…ありがとうございます」
「皮肉よ」
桐原先輩はまたニッコリと笑う。今度は完璧な笑顔だが、後ろの不快感のオーラが全く消えていない。けれど少しだけその中に喜びのオーラが出ている。本音を言えるのが嬉しいのかな?
「そう、もうわかっているだろうけど私は完璧超人でもなんでもない。それをただ演じてるだけなのよ。……………求められるがままにね」
最後のほうがなんと言っていたか聞き取れなかったが先輩は悲しそうな顔をしていた。しかしすぐにもとの顔に戻った。
「今はそんな話をしてる場合じゃないわ」
そして立ち止まるとこちらを指差し、
「貴方、どうやって私の本性を見抜いたの?それに嘘にまで気づくなんて。いままで一度も私の本性に気づいた人はいないわ。例外なくね。なのに出会って1日で貴方は気づいた。一体どんなトリックを使ったって言うの?」
そう言われてもこの能力のことは言わないほうがいい気がする。てか言っても信じてもらえないよな。
黙秘権はつかえないよね…
しかし嘘だけはつかない。そう嘘だけは
「言っても参考にならないと思いますよ。できる人なんて俺以外にいないと思うので」
「御託は結構よ。早く話しなさい。でないと貴方の悪評を言いふらすわよ」
「残念ですが僕にその攻撃は効きませんよ。なぜなら失うものは既にないからです!」
「…はぁ、これだから最下層の住民は」
先輩やれやれといった感じでこちらを見てくる。
てか本性を隠す必要なくなったからって躊躇しなさすぎじゃない?嘘じゃないってわかるから余計辛いんだけど。
「じゃあ言いますよ。実は俺、相手の感情とか嘘をついているかとかわかるんですよ」
あぁ、『馬鹿じゃないの?』とか、『中二病引きずりすぎ』とか言われるんだろうな…
「…………そう、そういうことね」
あっさりと納得された。逆に怖い。
「信じるんですか?」
「当然よ、でないと私の完璧な演技がバレるはずないもの」
「傲慢ですね…」
「傲慢でいいのよ、力を持つものは相手を見下す権利があるわ」
随分とエグい考えをお持ちだな…
「そしたら私がいい顔してあげてるだけなのにその優しさに漬け込んで、面倒事をあれやこれやと……。第一に私は…」
そこからは愚痴大会になっていた。
あの先生がめんどくさいとか、完璧だからこそされた嫌がらせとか、先輩の愚痴は絶えることがなかった。
途中で教えてくれたのだが弓道部をやめた理由は人付き合いに疲れたらしい。桐原先輩が居るせいで大量に新入部員が来て、ずっと完璧を演じないといけないのが面倒で人が全く居ないこの部活に入ったそうだ。
だから俺が来たときにイラついていたのか。
俺は何をしていたかというと先輩の話にたまにツッコみ、そして手痛いしっぺ返しを食らうということだ。
全く隙きのないつまらない人だと思っていたが、そんな人とこんな下らない話をしあえるというのが、先輩の人間味がある姿を見ることができて嬉しかった。
あ、別に罵倒されて喜んでるわけじゃないよ。
それに16年間誰にも弱みを見せず耐えてきたのだ。たまにはめちゃくちゃ暴言を吐く日があってもいいだろう。
それに途中から先輩の不快感のオーラも消え、愚痴を話すことができる喜びをオーラ全開で楽しげにはなしていた。
「先輩、これからはみんなの前でも演技したりするのは辞めません?そうじゃないとずっと距離ができたままじゃないですか。俺は飾らない感じがあって今のほうが好きですよ」
「そう?嬉しいことを言ってくれるわね。私は今の貴方のほうが嫌いよ」
いきなりとんでもない事を言ってくる。
「俺は最初から変わってないんですけどね…」
「あら、そうだった?忘れてしまったわ」
「それは覚える気がないだけでしょうに」
キレのある暴言でグサグサと刺してくる。うぅ…つらい
そして俺の反応を聞いて笑っていた先輩だが突然真面目な顔になる。
「さっき言ってくれたことだけど、私のことを考えてくれたのだろうけどそれは無理よ。私の演技には美優にだってバレていないのだもの。それに生徒会長もやっているし、優秀というイメージは当分崩すことはないわ。それに今更イメージを崩したら普通に嫌われて終わりよ。自分でも性格悪いって自覚しているし。だから…」
そういうと桐原先輩はこちらにぐいっと顔を近づけると
「本音を見せるのは貴方だけよ、神崎くん。今話したことはナイショだから」
と言い、口に指を当てナイショのポーズをとる。
その時の先輩の笑顔は演技などではなく喜びのオーラとしっかり一致していた。
その姿がなんとも蠱惑的で動悸の意味ではなく不覚にもドキッとしてしまった。
その後「もちろん貴方の力についてもね」と補足すると、先輩は呆けている俺を後目に走っていってしまった。
先輩が俺を脅さなかったのは俺が先輩の本性について話しても誰も信じないことを考慮した上だろう。
確かにとても性格が悪い。だが
派遣部。なんとも面白い部活になりそうだ。
いや〜、随分と話し込んじゃったな〜。
あれ?俺急いでた気が………
あ、バイト!!
スマホをみると7:02の表示と11件の着信。
俺は先輩を追いかける形で無我夢中に走り出した。
あぁ、もうサイレントモード辞めよ!