顧問登場
桐原先輩から出た爆弾発言。「その新入部員が私なのよ」
悪い冗談だろうか。しかし桐原先輩に角は生えていない。
これから弓道部を引っ張っていくであろう存在がそこを辞めてこんなところに移ろうというのか。部活の人は止めたりしないのか?
ちなみにうちの学校は2つ部活に入ることはできない。
「え、弓道部で活躍してたのにですか?もったいないですね」
「あら、知っていてくれたの?ふふっ、ありがとう」
「風のうわさで聞いただけです」
なんか桐原先輩のことをめっちゃ調べてるやつみたいに思われたくなくて言い訳をする。
ここで会話が止まってもまた気まずくなるので話を続ける。
「でもなんで辞めたんですか?」
「ほら、これをみてくれる」
そう言うと桐原先輩は制服の袖をめくっていく。
するとそこは包帯が巻いてあった。
「お恥ずかしい話なんだけど、2週間くらい前に転んで怪我してしまったのよ。しかも結構複雑に。お医者様にもう弓道はあまりやらないほうがいいと言われてしまってね。残念だけれど弓道部はもう辞めようと思ったのよ。それならと思って時間が余るし他の人の手伝いができるこの部活に入ったのよ」
そして桐原先輩は苦笑いし「部活のみんなを悲しませちゃったけどね」という。それから、悔しそうに包帯のついた右腕を撫でる。
その姿はなんとも儚げで、今にも消えてしまいそうな弱々しさだった。なんとも庇護欲を掻き立てられる姿で男子だったら即落ちだっただろう。
けれど、俺が見たものはそんな感情を全て消し飛ばした。
先輩に角が生えていた。
俺の能力は嘘が入っている内容を喋りだしたら頭に角が生えるという能力なのでどこが嘘なのか判断することはできない。ただ今の内容に嘘があるんだなとわかるだけだ。
例えば、「俺、昨日、東京で買い物したんだよね」と誰かに言われたとする。それで、もしそれが実は東京じゃなくて神奈川だったとしても、『俺』の最初の文字を話しだした途端に角が生えるというわけだ。
なので全部嘘だったとしても俺には区別がつかない。
しかし、俺は先程の会話は全て嘘な気がした。
俺が部室に入ってからずっと変わらず出ているある特定のオーラ。
それなのに優しく話しかけてくるという違和感。
それらを組み合わせると今の会話で本当の事を言ってくれているのか、全然信用することができなかった。
俺にこの相手の感情が分かる能力が無ければ今頃とっくに先輩の事を好きになっていただろう。なんせこの美貌だ
しかし今はその逆だ。誰も好きになることが出来ない。好きだった人も仲が良かった友達もみんな信用できなくなる。
俺は全て見抜いてしまうから。
信用して裏切られるのはとても辛いことだ。
しかし、誰も信用できなくなるというのは、尚の事辛い。
なぜなら信用しないことは自分が相手の事を裏切っていることと違わないからだ。
こんな力が無ければ俺はまともに学校生活を送ることができたのだろうか。
「どうしたの?急にボーっとして」
桐原先輩に呼びかけられる。
「あ、いや、少し考え事をしていたです。それにしても残念でしたね。怪我で辞めざるをえなくなってしまうなんて。」
色々なことを考えてモヤモヤしていたせいか少し敵意の混ざった言い方になってしまった気がする。
気づかないだろうと思っていたが、一瞬桐原先輩の表情が歪んだ気がする。
「………………ええ、本当に」
桐原先輩の声とトーンが先程までの物腰やわらかく、落ち着くような喋り方とは打って変わり、冷たいものとなる。
会話が止まり、また気まずくなる。先輩のオーラは悪化している。話しかけないほうが良かったかな…。
入部届を書く手が止まっているとこを思い出し、シャーペンを走らせる。
もう残り少しというところで後ろで勢いよく扉が開かれた。
「オーイみんなー!顧問連れてきたよー!」
辻本先輩の元気な声が響く。あとこの部活に顧問がいたことに驚いた。だけどナイスタイミング!これ以上このままにされたら俺泣いちゃうところだったよー。
先輩の後に、クール系といった感じの黒髪ボブの女性が入ってくる。
正直、左遷寸前のヨボヨボおじいちゃん先生とかが来ると思っていたのでビビった。そういや、俺が最近話してる人、年上ばっかだな…。辻本先輩は年下みたいなもんか。
見たことない(見たことはあるかもしれないけど覚えてない)人だったので自己紹介はちゃんと聞こうと思っていたら先生と目があった。
するとニヤッと笑うと先生がこちらに向かって歩いてくる。握手かな?
そして、俺の前に立ったと思ったら手に持っていたファイルで俺の頭をぶっ叩いた。
辻本先輩も桐原先輩も呆気にとられている
しかし、その殴りの動きと言ったら予備動作がほぼないと言えるような華麗さ…いやそんなこと言っている場合じゃない、痛い痛い!
それと同時にこの感覚に覚えがあることに気づいた。もしかして…!
「もしかして、数学の先生ですか?」
「あぁそうだ神崎。昨日お前の頭を叩いたのは私だ。」
「誠くん…先生の顔くらい覚えようよ…」
「それに殴られた痛みで人を覚えているって逆にすごいわね…」
先輩達が苦笑いをしている。そう言われたって授業中起きてたことがないのでしょうがない。担任くらいしか先生の顔は覚えてないしな。
そして先生は満面の笑み(こめかみがピクピクとひくついている)を浮かべながら、俺の肩を掴む。
だから痛いって!万力なの?
「今まで私の授業で散々寝てくれたな。いや〜これからは、じっくりと話せるな!」
「すいませーんこの部活、退部しまーす」
「え…誠くん辞めちゃうの……?」
辻本先輩は今にも泣きそうだ。いや悪いのは暴力教師ですよ…。
そうしていると目の前の用紙をさっと先生に取られる。
「おっと、そうはさせないぞ。せっかく沢山会えるようになったんだ。寂しいこと言うなよ〜、ほら辻本も寂しがっているぞ」
先生が俺の方に腕を回してくる。だんだんチョークスリーパーになってる気がするが気の所為だろう。
ちなみに桐原先輩は本を読んでいた。いや、もう少し心配しません?
まぁ参加しなければ先生に会わなくて済むからいいか、もともと名前貸すだけのつもりだったし。
「その顔は別に参加しないしいいやと思っているな?じゃあ2日に1回は参加しないと、次のテストをめちゃくちゃ難しくして神崎誠が私を怒らせたからと学年全員に伝える。」
「は!?ただでさえ俺の居場所ないのにこれ以上オーバーキルしないでくださいよ!」
そんなことをされたらテスト後俺は学年全員から恨まれること間違いなしだ
「いやいや、2日に1回だぞ?毎日じゃないだけ感謝してほしいくらいだ」
「助けてください先輩方ぁ…」
「ごめんね誠くん…普通に君が悪いと思う…」
「神崎くん。大丈夫よ。ホワイトボードがあるからしっかり補習ができるわよ」
はぁ、俺の部活動は補習で終わりそうだな…。ガックリと項垂れていると、先生が俺に耳打ちしてきた。
「といっても神崎、私はそこまで補習をやらせるつもりはない。どちらかと言うとこの部活動を真面目にやってほしいんだ。そしていろいろな人と交流して、自分の世界を広げてほしい。だって君は友達を作れないんじゃなくて自分から関わりを断ち切っているタイプの人間だろう?そんなんじゃいつまで経っても成長できないぞ。」
先生はとても優しい目をしていた。
「どんなに少なくても君を理解してくれる人に必ずこれから出会うことができるはずだ。」
「だから、そんな『誰も信用できない』みたいな目をしないでくれ。」
俺はとても動揺した。この人は1ヶ月くらいでほとんど話したこともないような人のことを全部見抜いていた。
それこそ俺なんかよりずっと正確に。
さっきは暴力教師なんて言ったがこの人はそこら辺にいる教師よりも若いのによっぽど優れていると感じた。
「はい…わかりました…」
俺は小さい声で返事をした。
そして先生は安堵したように笑った。
「うん、今更だが私は、新見咲希だ。これからよろしくな。」
「よろしくお願いします」
俺は中学時代、色々あったせいで先生と言う存在が好きではなかった。
けれどこの人は大丈夫。そう思えた。
「よし、じゃあ早速ノート出せ。今までの授業さっと復習するぞー」
新見先生がホワイトボードと奥から持ってくる。
前言撤回、やっぱり大丈夫じゃない。実は補習させるためにあんな優しいこと言ったんじゃないか?
そう思いつつ、俺はノートを鞄から取り出した。