なりたい
死神とは死の概念が擬人化されたものだ。アニメや漫画で動物や固形物が擬人化されるものを好む人は少なからずいるだろう。その擬人化の対象が犬や猫ではなく「死」というだけだ。冥府、あの世において魂の管理者とされ、「死を迎える予定の生き物が魂の姿で現世に彷徨い悪霊化するのを防ぐため、冥府へ導」といった働きをするとされている。ファンタジックで憧れる人もいるだろう、「かっこいい」と。しかし本当にかっこいいだけなのだろうか?イメージのように魂は大鎌を一回振りかざすだけで簡単に獲れてしまうのだろうか?結論から言ってしまおう。普通の死神なら魂を獲るのに一時間以上は絶対にかかるし、体力がかなり消耗される。加えて一日に世界で何人が死者となっているか、死神の数も限られている。となると相当なブラック企業であることが想像できる。実際そうだ。それでも君は死神を「かっこいい」「なってみたい」と思うかな?
おっと.......。どうやら人間から憧れて死神になったやつがブラック企業で社畜となっているじゃないか。本来の姿に落胆しているようだが出世を狙っているらしいね。少し覗いてみようか。
早いもので夏休みは八月に入っていた。「課題?八月から本気出す」などと逃げていた七月が遠い昔のようで懐かしい。網戸にとまった蝉を鬱陶しく思いながら、問題集を開くまで行っても動こうとしないシャーペンを分解する。進まない課題が夏休み中に終わるのだろうかという心配が、心配性の自分の夏休み後半を憂鬱なものとさせていく。だったら真面目に課題すればいい話なのだがやる気が出ないのが問題だ。更には夏休み明けには長期休みに怠けて学力が落ちていないかを確認するための必須科目のテストもある。これら全てが夏の暑さとともに気力を奪っていった。
「来世.........死神になりたいな。うん、なんかかっこよさそう、というかかっこいいやつ。そんで魂獲って収入もらって自由に暮らしたい。勉強なんかしたくないぃ......あの課題増やしやがったハゲのかろうじて残っている少ない毛根を根こそぎ鎌で引き抜くんだ.....!」
考えても思い出せない公式の前にして考えることを諦めた先月十四歳になったばかりの女子中学生____赤井文月は現実逃避に走り出した。
「因数分解の公式思い出せそ?いい加減教科書頼ったらー?勉強会なのに時間の無駄」
「いや、教科書開いたらなんか負けた気がするじゃん。というか勉強会でスマホ触ってる人に言われたくないわ」
いつものように軽く中二病じみた発言を右から左へ受け流す友はスマホを触っていた。これでも一応勉強会ではある。
「将来の夢死神にしようかな。あ、いや、頭も悪く運動音痴の私はもう今世に期待は抱けない。来世は死神希望で!」
「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!神絵師様が我ら愚民どもに新たな癒やしを投げてくださったッッッ」
お互い話を聞いていないし聞いてほしわけではない。これが通常だ。
「あ、もしかしてうみ。さん!?ファンタジーイラスト描いてる人よね?見せてー」
「ほれ見ろ愚民ども」
「うみ。」というのはSNSで活動している絵師で、主にファンタジー系統のイラストを投稿している。中二病には嬉しい内容だ。
「えっ!待って死神じゃんえ、女の子じゃん!え、かわよ、かっこよ、え、うみ。さん神」
「ハハッ!崇めるんだうみ。様を!!」
「うみ。様ぁ!!」
そんなくだらないやり取りの間も刻々と時間は規則的に過ぎてゆく。