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私、だけの

作者: マオ

私、灰賀 梨央の実家は旧華族の家柄である。とは言っても私は分家の中の一人でしかないけど。


四年前本家に生まれた次男の遊び相手を求めてお声がかかったのは偶々だったと思う。

先に教えられてたけど、凄く無口で無表情、何なら動くことも言われないとしないような子供だと。


普通の子供であれば怖がって遊び相手どころの話じゃないだろう。だから年上から選んだのかもしれない。


教わっていた通り無口で何か話しかけても無視されて、整いすぎなくらい整った顔には表情なんて浮かばない。


それでも私はめげずに三歳年下の幼児に話しかけ続けた。拒否されないから、っていうのを理由にして。


その内に、喋らない上反応もほとんど返さない彼のことが何となくわかるようになったのは大きな成長である。



雷が嫌いで晴れた日に陽当たりが良い場所で本を読むことが好き。読み聞かせは割と反応が良い。


初めて会った時から三年が経って小学校に上がった彼は相変わらず喋らなかったけど、自分から私に近寄ってくるようになった。部屋に行くとちょこちょこと駆け寄ってきて、座る私の膝の上に無言で腰を下ろすのだ。身内の欲目とかそういうのなしに、控えめに言っても可愛過ぎる。無表情な彼の機嫌の良さなんかが、わかるようになっていた。


とはいえこんなんで学校でどうしてるのかは気になったけど……このままで通しているらしい。大丈夫だろうか。


「あはは、心配しなくても大丈夫だよ。前よりは感情表現もほんのちょっとだけ豊かになったし」

「治人……それはちょっと無責任じゃない?」

「だって僕はまだ小学四年生だよ?何に責任を背負えって言うのさ。っていうかあの子を矯正できるのは多分梨央だけだと思うなぁ。最近じゃ梨央が来たよって伝えに行く度ちょっと嬉しそうなのわかるくらいだし」


ん、その反応は私としても嬉しい限りだけど、治人もわかるんだ、そういうの。


一応兄だからね、と告げて……なら同じ学校通ってるんだから矯正頑張ろうよって言ったら、目を逸らされた。

そこは突っ込んでほしくないゾーンだったらしい。本家の跡取り息子、しっかりしてくれ。


「これでも僕、神童って言われてるくらいなんだけど?君が相手してるのがちょっとおかしいんだよ」

確かに齢五才にしてハードカバーの本普通に一人で読んでたのはちょっとおかしかったけど、読み聞かせと自分で分厚い本を読むのとだったら読み聞かせされる方をとるし、あの子に懐かれないのは熱意が足りないからでは?


「じゃあ君はあるの?熱意」


「あるよ、可愛いもん。そっと味を主張するピーマン避けてるのとかブラックコーヒー飲めなくてお砂糖とミルク欲しいっていうの無言で表そうとしてカップを私の方に寄せるのとか、ちょっと言い表せないくらいに可愛いよ?」

「何それ可愛い見たことないんだけど」

「だから懐かれてないんでしょ」


「ちょっと羨ましくなってきた」


懐いてもらえるように頑張れば?そうなったら私が独り占めできなくてちょっと寂しいけど。

家族と仲良くなるのはいいことだと思うから邪魔をするつもりはない。


その日から彼と過ごしている時に治人が何回か混ざってきたけど、毎回当事者が治人を警戒して私の背中に隠れようとするから無駄っぽいことを悟って、今度は可愛かったところを教えてと私に頼み込みにきた。

私としても全然デレない猫が徐々に徐々に懐いてくれるような感覚を誰かに話したかったので快諾した。


けど、彼からすれば治人との談義の時間で私との時間が減るのは不満だったらしい。



治人と可愛かったとこ報告会議をするようになってから二年目、私が彼と会ってから五年目に入っていた。


いつもと同じように一定の時間になったから治人のところに行こうと立ち上がりかけて。


不意に服の裾がつんと引かれて、つんのめって危うく倒れかけた。転ばなくてよかったと、安堵しながら振り返る。

そうして、そこに見えた今まで見たことがないくらい崩れた表情に目を見開く。




「……彼奴のとこ、行っちゃ駄目。ここにいて」


初めて喋ってくれたこと、拗ねたような、怒ったような、悲しそうな表情と、噛み締められた唇。

我儘を言っているようで嫌なのか俯いて今まで膝の上に乗せていた本を抱きしめた彼を、思いっきり抱きしめた。



本気で言葉も出せなくなるくらいに可愛過ぎた。今までが比じゃないくらいに。悶えて死ぬかと思った。



さて、ここまでくれば誰しもわかることだろう。

私は彼のファン、というやつだ。それは治人も同じで、私達二人は可愛い彼を愛でるファンクラブなのである。


そんな私が初めて彼に中性的な少し拗ねた声を出して懇願されて、それでも治人の元に行ける訳がない。無理。


戸惑ったように彷徨っていた両手がおずおずと自分の背中に回された時には本気で今日死ぬかもしれないと思った。

……実際多分、その日死んだところで悔いることはなかったと思う。そうなったら彼が一人になるからしないけど。



治人への定例報告は、それから彼の側で行われることになった。

彼としては自分のことを話されるのはどうでもいいらしくただ私が側にいれば満足なようなので解決は簡単だった。


「ええ……君ら本当にそれでいいの?」

「私はいいけど」


「………………」


私以外の前ではぶれることなく何も話さない彼に残念そうな顔をする治人に、話をしてもらえるようになったこととか引き止められたことを散々自慢して、ついでに抱きしめても全然拒否されないのも実演してみせた。

すっごく羨ましそうな顔された。「代わりたい」って言ってたけど……この特権を手放す訳ないのにねぇ。


ちなみに治人が抱きしめるのに挑戦しようとしたら、無言でとても冷たい目をされて諦めていた。可哀想に。


「だけど正直最近調子に乗って遊んでる治人ざまぁと思ったよ」

「仕方ないじゃん!中学生男子の宿命だよ」


そう、治人が言った通り、治人と同年齢の私は中学生になっていた。


いつの間にか彼も小学校高学年に上がっていて、更に更に……いつの間にか私は彼の婚約者になっていた。



これは流石になぜ故案件である。



「婚約者なら、一緒にいれる」


中学生になってからそれなりに成長した、窒息とかは無理な程度の私の胸の間に顔を埋めて位置を確保しながらいつもと同じように難しい本を読む彼は、無表情の中にどこか満足そうな空気を纏っていた。


とりあえず、彼が満足しているらしいのでそれならもうそれでいいかなぁと思ってみたり。




彼が精通を迎えたのは、十二才の冬だった。その時に私は、彼が人間じゃないってことを知った。




いつも学校が終わったらほとんどの時間をそこで過ごす彼の部屋の中で、うちにあるのとは段違いに柔らかいソファに押し倒されて。肌蹴られた制服と、荒い吐息の中、首筋に鋭利な牙が突き立てられる感覚が、妙に頭に残っている。


初めて触れた柔らかい唇と牙を突き立てられた部分から流れ落ちた自分の血液の味。不思議と気持ち悪くはなかった。


梨央、って辛そうに熱を帯びた声で名前を呼ばれる度に心の中で彼への愛しさが募っていく。


貧血になる寸前まで血を吸われたのはその時だけで、話によると精通を迎えて制御が効かなくなっていたらしい。


彼が吸血鬼だということは本家の家族の中では公然の秘密的な扱いだったらしい。

制服の一部に少しだけ血がついたままになってたっぽくて、食事の席に出た時に全力で心配された。



「っまさか梨央、血を吸われたんじゃ……!」



「おやおやぁ?どうやらきっちりお話をする必要があるみたいだねぇ、治人クン?」


失言に気づいてただでさえ青かった顔が真っ青な顔になった治人に詰め寄って、色々と説明してもらった。


本家の家族からすれば、これで私が彼に恐れをなして婚約も解消するかもしれないって心算だったらしいけど。


「いや、しないよ?別に血〜吸われたって死ぬ訳じゃないんだし。むしろ蚊に吸われるより安全安心、痒くもならないし牙突き立てられてもちくってするだけでそこまで痛くないし、吸血鬼って便利だねぇ。あ、制服の血落とせる?」


流石に制服に血がついたままで家に帰ると心配されそうなんだよ。しかも首元、傷痕もあるし。


説明すると、覚悟したいた分の緊張が一気に解れたのか本家のご当主夫妻も治人も凄く脱力していた。

その中で私に拒否されることがないとわかって嬉しかったらしい彼だけが私を抱きしめてきたけど、あとは動かず。


ちょっとした混沌になりそうなその場をとにかく正気を取り戻せと収めて、家に帰った。


ブラウスの襟元に付着した血液は何とかなったものの首元の牙の痕は隠せないからどうしようかと。



悩んでいたら、その週末に彼があまり目立たない、シンプルながらもセンスの良さを感じるチョーカーをくれた。

丁度牙の痕も隠せたので一安心である。っていうか普通にプレゼントが嬉しいです。


「妖しい吸血鬼モードもかっこよかったけど普段は普段で激可愛い」


「何故そこで普通に話題として出せるのかが不思議でならないよ。君本当に人間なの?」

「人間以外の何に見えるというのか。ぬらりひょん?」

「そういえば一緒に食卓を囲むのがいつの間にか普通になっているような気がするね」


じゃあやっぱり私はぬらりひょんなのかもしれない。あんまり嬉しくない、おじいちゃんの妖怪。

まあ、彼からすればどんな私でも好きだとのことなので気にしないでおきましょう。ぬらりひょん上等である。


「そういえば、梨央は婚約者なのにこの子の名前を呼ばないよね」

「ん?ああ……うん、そういえばそうだったね」



呼んだことはないかもしれない。



何となく私の中で彼は彼、という位置付けだったので。それにいつも二人きりだから、名前を呼ばなくたって話しかける時はお互いだけだし。


「呼ばないの?」


「う〜ん……呼んでみる?」


無言で頷いた彼の瞳の中に少し期待するような色を見つけて、笑った。

治人に見られる中で呼ぶのはちょっと恥ずかしかったので部屋から追い出して、彼の耳元に囁く。




「愛してるよ、……治馬」



いつか治人が言っていたような、乙女ゲームが〜とか吸血鬼がど〜たらとか、どうでもよくて。


ただ私は彼のことが好きだから、今日も彼の隣にいる。


……治人が言っていた乙女ゲームのヒロインになんかくれてやるものかと、静かな決意を胸に宿して。


可愛い、かっこいい、綺麗、優しい。無口で無表情で、私以外に絶対懐こうとしない。ヒロインのものなんかじゃない





「私だけの、治馬」



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